第百十三話 ダメ。ゼッタイ!
危険な薬物が登場しますが気のせいです。
かなり以前から目星を付けていたエルフ族の隠し通路や幻惑の壁を看破してズンズンと奥へ奥へと進む。
警告の矢も叩き落とし、警告の音声魔法も増幅反射で妨害する。
話すなら直接来やがれってなもんだ、最初からエルフ族に対して気が荒い理由は、使われた魔法陣の正体と彼等が自称する大仰な存在証明である。
俺達が誘拐された事は皆も知っているだろう、誘拐犯は世界である。ここまでは大精霊もユリも結論として俺達に話してくれた。そしてエルフはこの世界の一部であると自称している、つまり誘拐犯の一味である。
このまま接触する事なく居てくれれば見逃してやっても良かったのだ。
だが、タクマを再度誘拐するなどと言う宣戦布告をされた以上友好的である必要は無い。
復路は此方で世界をぶち壊してでも作るが、往路は世界の一部を自称する誘拐犯の魂魄で作らなくてはならない。
これが路の正体だ。生き物の魂で通り道をコートして界を渡るのだ。そうすると肉体を持ったまま界層を行き来できる。
俺達が元の世界に帰る方法は今のところ無い、この世界の生き物全ての魂で舗装しても足りないというだけの話で、千年掛けての人口の爆発的増加とか、元の世界の魂も取り込んでの通路延長でも届くかどうか不明だから結局試す価値も無い。
精確には判らないが大精霊曰く、世界は七階層で構築されていてその範囲なら幾つかの手段での行き来が可能という事だ。つまり今回のタクマ誘拐は精霊と妖精の魂で紡がれた路に、タクマが本人の了承も無く招かれたと言う身勝手な理由である。
都合二十七人を拘束して聖域へと入らせていただいた。
開けた空間に先程拘束したはずの雑魚エルフが勢揃いして待ち構えていたが雑魚が幾ら集まっても脅威にはならない。エルダーエルフとか言う老いぼれと話し合いか、力づくで魂を使った通路作りに力を貸して貰うかのどちらかしか求める気は無い。
彼等の守る大樹と槍が鳴動する、だが道を塞ぐ雑魚が煩わしい。
「大人しく交渉に応じてあげて、今彼は全く余裕が無いのよ、…追い込めば貴方たち全員死ぬわよ。」
非常に精確な分析をエルフに伝えるトモエさんもお怒りである。殺さない手加減くらいはしてやれるが怪我をしない手加減は出来そうも無い。エルダーエルフを膝下に捻じ伏せるか、その魂で路を作るかしか今のところ手立てを考える気が無い。
寧ろ相手に知恵があって欲しいものだ。
「一度無様を見せた者と交渉する気は無い、エルダーエルフのところまで行かせて貰う。」
世界樹の槍を振るうと物凄い勢いで世界樹から蔦が伸びてきてエルフたちを拘束する。
此れにはエルフ達が驚愕する。この槍を手にしてから、ここにエルフが居る事は判っていたのだ。世界樹の主は俺なのだから。
邪魔なエルフを全て世界樹で拘束して樹上へと馬を歩ませる。通り辛いところは勝手に広がるし隠れて襲おうと画策しているエルフの動静も丸見えだった。
「快適だね、マイナスイオンって奴かしら。」
「雑魚エルフには勿体ない環境だな、アイツ等追い出してここに住むか?。」
他愛のない戯言を交わしながら安全に世界樹の上層までの旅を満喫する。
世界を見下ろすと城下町の全体像が見えてきた。この世界樹は此処にあって此処に無いものだ、登り始めた場所の上に在るが精確な場所は異次元にある。
七つの界全てに存在するのだから当然といえば当然であり不自然と言えば不自然であった。
エルダーエルフとの境界として据えられている城門みたいなものを吹き飛ばして置く。世界樹に突き刺してあったのでイラッとしたからだ。槍から伝わる感情は「ありがとう」だ、ここに来ると同調率が高くなって困るな。世界を亡ぼしたくなる。
慌てて槍が同調率を下げてくれたので苛々が収まる。
蔦で捕獲したエルダーエルフが次々と運ばれて来る。鞍上からその様子を見下ろしながら拘束土下座状態での整列である。
「世界樹の主タツヤ・クラハシだ、この中で一番の責任者よ、前へ。」
いよいよ交渉のはじまりである。馬から降りる気は無い、対等の立場ではない以上礼を失した相手に下げる頭は無い。
「素直になれる薬を山程持ってきている、廃人になりたくなければ、先ず名乗れ。」
タクマにも送った麻酔軟膏の原液だ、ダメ。ゼッタイである。
「うわぁ…医療以外で使うとか酷いわぁ。」
ドン引きされる。まぁ仕方が無い、相手は人間ではないので致死量が判らない、ならば目一杯打って限界値の平均でもとれば良いだろう、科学に犠牲はつきものだ。
「私の名はヘスロウだ。この世界樹で長をしている。」
「真贋判定機械が赤く光ってる。腹の立つ話だが嘘が混じってるな、死にたいのか?此方は殺す気など無いのだが。」
殺す気は無い、結果として死ぬだけだ。だから真贋判定機は青く輝く。
見た事の無い魔道具に目を白黒させているが構わず続ける。
「先程、世界樹を傷付けていた門を廃棄したが…アレをやった大罪人は誰か?、名乗り出よ。」
罪悪感を煽って行こう。それにしても偉そうなセリフがスラスラと出て来る、槍のせいだけど自分に苛々しそうだ。
「世界樹に勝手に住みついて傷までつけるのってエルフとしてはどうなの?大切な樹なんでしょう?。」
ノッてくれて有難いが、俺よりそこにお怒りですねトモエさん。
多分、森の妖精やら伝承やらに心トキメいた事がおありの御様子。
「この世界の理を馬鹿にする意図でもあるのかしら。」
抉る抉る。エルダーエルフの高いプライドで黙っていられるかどうかと思っていると芋虫が一匹、じゃなく大罪人が蔦に引き摺られて木の下から運ばれて来る。
「抵抗して世界樹に傷をつけるか愚か者。」
槍がお怒りだ。いらんとこで同調するな。まぁ、即座に反省する奴は好きだぞ。
「門は愚かな下位エルフとの境界として作った、悪意は無い。」
蔦が頭を押さえて足元に押し付けている。
「名乗れ。」
簡潔に要件だけ伝える…が、槍が刺そうと動いている。余程痛かったのだとは理解できるが、まぁ落ち着け、俺より落ち着いてない奴とか珍しいぞ世界樹よ。
翻って冷静になれたことは感謝しておく。クレバーな人間には程遠いわ。
「誰が人間如きに…。ぎゃ」
一本の蔦が注射器で静脈注射した。俺の記憶を読んだなコラ。
そう、アレは盲腸で入院した際に新人看護婦さんに物凄く痛い点滴を打たれた、あの所作をトレースしたものだ。打たれる薬剤が違うけどなっ。
素直になったジンドル君に洗い浚い悪行を吐かせる。エルダーエルフとして犯してはならない禁忌である焼き鳥を隠れて食っていた話、など非常に興味深い話を聞かせて貰った。
「ヘスロウ、そろそろ真名を聞かせて貰いたいのだが?。」
蔦が持つ禁断の薬物を見て彼は平伏したまま答える。
「ホスラウで御座います主様。」
素直なのはとても良い事だった。
タクマ、何としてでも助けてやる、店長が居ないと店が開けないからな。




