第百十二話 エルフを狩る覚悟
結果として大剣と鎧は魔法陣に弾かれ、鋼のガントレットだけが届いた。
自作の武装であれば届くのだろうかと、試しに研ぎすぎて短くなった柳葉包丁を送って貰うとそれはすんなりと転送されてきた。
大剣を諦めて毛皮の防刃マントを転送して貰う。こちらは俺達の手製なのでちゃんと届いてくれた。寒さも軽減されるので非常に有り難い。
幾らか制限があるのだろうが取り敢えず軽い攻撃くらいはなんとかいなすことが出来るだろう。
まだ多少、気怠さが残る身体をおして、扉の閂を外して扉前の敵が侵入できない謎のスペースに立ってハルバートを振り回す。
先ずは戦う場所の確保だ。傷口が疼くが筋肉を萎えさせるのは下策。それに幾らか武器を確保しておきたい。
大物が来たら逃げると決めて小物相手に肩慣らし…そのつもりであった。
クラッとふら付く頭をなんとか気力で抑え込み氷の兵士を割り砕く。魔核を仕留め損なって回収されたあたりで無謀を悟りとっとと引き返す。
思った以上に体力が無い。
揺れる身体を引き摺りながら幾らか思うところがある。回復魔法が使えればフユショウグンと取り巻きを倒す事が叶うであろうと。
それは、しかし、無いもの強請りというものであった、だが、この低下した体調でここを脱するのにどれだけの時間を要するのかと考えるとどうにも遣り切れないものがある。
扉に閂を掛けてベッドへと歩んで倒れ込む。
こうして休めるだけでも望外というものだ。焦って抜け出そうと試みて無様に死ぬ方が余程許して貰えない大罪であるだろう。
当然過ぎる話だがユリが居なくなった。
店舗の大テーブルで頭を抱えるトモエを見遣りながら魔道具を幾つか詰めたマジックバッグをポケットに捻じ込んで槍を担いで後ろを通り過ぎようとする。
「探しに行くの?。」
驚きながら此方を振り向くトモエを見て深く溜息を吐く。
「マジックバッグの転送を試みる。そのあとはタクマの飯の確保とファンタジー薬品の制作方法探しだな。」
それでも不安げな目で見上げているのだが、何を心配する必要があるのか解らない、今心配すべき相手はタクマとユリであり俺の事など心配する必要はない。役割を弁えた行動をしなければ全員共倒れだ。
「そんなに心配なら薙刀でも持ってついてくると良い。腹を空かせた相棒に美味い物を用意してやる気があるならだが…。」
慌てて二階に駆けて行くトモエの背を見送りながら、独り思案に耽る。弱った身体で食べて即、力になるファンタジー薬品の精製となるとエルフか精霊か悪魔か天使何でもいいから締めあげなくてはなるまい。
この世界にはファンタジーの基本である飲めば即効回復するポーションなるチート薬品が存在していない。
何故だ?お約束だろう?、剣と魔法のファンタジーでアレがないとか飛んだ片手落ちじゃないか。
「もっと早く気付いて開発するべきだった。」
タクマの窮状を理解して尚の事そう思う。全身十二か所の切り傷と刺し傷、使われた糸の量から全部で七十針以上縫う大怪我だ。ユリが居ても立っても居られなくなるのは判る。放って置けばこの衛生状態では長くは保たない。
ユリの魔法を超えた魔法でも現在地が不明であると云う。ならばそういう場所に居るのだろう。
次元の断層や通常の世界の理の埒外にタクマは飛ばされているということだ。
タクマを召喚した魔法陣を逆探査して居場所を探ろうとしていたユリが呟いた決定的な一言がある。
構成された魔法式が、か細くて弱々しく、無理に負荷を掛ければ簡単に霧散してしまう程度の代物であるという結論だ。
死んで行く魂が浪費された形で作られたものであるらしく魔法として読み解くと常識から外れたものであると聞いて常識が混線する。
色々とツッコミどころがあるが、今は物心両面でサポートしつつなんとか手出しができるように研究を怠らないことであるだろう。
エセルちゃんには無理矢理、寮に戻って貰っているが、心配なのだろう、大精霊が牛舎で魔法陣をずっと見張っている。今もまだ見張っているのだろう小精霊がラボ周辺にずっと集まり続けている。
薙刀と襷掛けでもするつもりなのか一本の長い紐を持ったトモエと連れ立って歩き、城門前で自力で戻ってくれる馬を二頭借りて北の森へと向かう。
第一目標は、エルフに秘薬造りを手伝わせるか秘伝を吐かせる。そのくらいの覚悟を決めて第二目的として森の中の生薬を採取するつもりだ。
雪で真っ白な森を並んで歩く、薄暗くて寒いが魔力感知をずっと働かせて進めばこの暗さもその内に慣れて来る。
「あれ?、この感触何?。」
不意にトモエは気付いたようだ、北の森には幾つかの方向感覚を狂わせる魔法の罠や壁が仕掛けられている。街道に仕掛けてあるものは早く通り過ぎようと思わせる程度の可愛いやつである。
太目の大木を目指して森の中に分け入る、理由は人を寄せ付けないように仕掛けられた魔法障壁があるからだ、馬が嫌がるので槍の鞘を外して空間に突き刺して暫く待つ。
はっきりと見える訳ではないが通れる程度の穴が空いたのであろう、若干温かい空気の流れを感じながら切れ目を通過する。トモエの馬も遅れまいと着いてくる。
ここからはいつも利用する薬草と生薬のゾーンである。
「どう考えても魔術的な結界だね、何時もここから薬草とか調味料盗ってるの?。」
「ああ、採ってるよ。」
馬を細めの木に繋いでマジックバッグから麻の袋を取り出して薬草の物色を開始する。
中和剤用の葉は判り易く群生しているのでトモエに任せる。俺は根の方が重要な生薬を必要な分だけ等間隔で頂いていく。
小一時間程で袋一杯になりマジックバッグへと収納する。
また馬に跨り北の森の奥へと障壁を切り開きながら警戒の強そうな場所へと殺意を漲らせて進む。
何故に殺意が必要なのかと言うと、所々の木の上から弓を構えている何かが居るからだ。
トモエも気付いていて、何度か狙われているのだが彼女の一睨みで照準が鈍るのがわかる。
エア・リーディング能力の高いトモエで助かるが、ユリなら撃ち落としていただろう。さて、エルフの皆さんを屈服させるには何が必要であろうか。
世界樹の槍から伝わる困惑が「やめて、お願いだから。」と聴こえるが気にしない。
交渉が纏まらなければエルフの血を吸う事になるのは、お前だから頑張れよと、心にも無い応援を送る。




