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放り出されたセカイの果てで  作者: 暇なる人
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第百十一話 転送の魔法陣

 朦朧とする意識の中室内を見渡すと、やけに明るく輝く魔法陣の上に牛乳の入ったタンクが転送されていた。

 パスが通ったままなのかと熱にうなされたままの頭で牛乳の詰まったタンクをベッドの傍に運び、木の器に注いで頂く。

 搾りたてなのかほのかに温かい。



 刀傷で傷ついた身体は発熱し消耗していた。

 そんな衰弱し始めた身体にハナコの牛乳は殊の外染みる。加熱処理を魔法で行っているので腹を壊す恐れはないが、クリームや油脂の分離を行っていないのでトロリと円やかで力強い命の水である。


「有難い。」


 万感の思いを籠めてハナコに感謝しつつ、無理にでもあと二杯は飲まなくてはならない。

 身体を回復させるために眠るには其れなりの体力を要求されるのだから。

 振り返り見渡しても室内に食料らしきものは無い。只、安全に眠れるだけの部屋であったが贅沢は言えない下手をすると終の棲家かもしれない、ならば粗略に扱うのも気が引ける。

 こちら側から魔力を供給出来れば人も喚び出せるのだろうか?、俺を呼び寄せた者達は既に力尽きて灰のようなものになっていたあの子達だろう…と思考が深まると同時に腹も満たされて眠気が襲う。

 ハナコによって繋がれた命に感謝しながら毛布に身体を包んで眠りに就く。寒い。



 尿意で目覚め、用を足してから湧き水で手を洗いハナコの牛乳を飲む。

 魔法陣には今のところ何の変化も無い…が魔力で輝いてはいる。乗り込もうとしてくれているならば有難い事だが、勘は無理だと告げている。何かしらの条件を満たさない限り人は通れないのだろうそんな予感だけはするのだ。

 寒さがドアの向こうから漂ってくるという事は氷の騎士達の冷気が其処にあるという事だ、気にしても仕方が無いので再度眠りに落ちる。



 空になったタンクを魔法陣に乗せて、ふらつく足どりで門の隙間から外を垣間見ると、いるわいるわ…数えられるだけで二十人の兵士が犇めいている。

 万全な体調が欲しい。ユリが持っていたような本やカードがあれば魔法もサマになるのかなと思いながら閂をしっかりと掛けてベッドへと舞い戻る。



 紙とペンと食事、ピッチャーに入ったお茶とタツヤ謹製の幾らかの薬品が転送されていた。


「ハナコの牛乳を飲んだヤツがタクマならば、先ずは生きていた事を素直に喜びたい。そちらの状況を知りたいので紙とペンを添えて置く、欲しい物や食べたいものがあるなら、お前に名付けたニックネームを添えて返信してくれ、本人確認というやつだ、恥ずかしがらずに頼むぞ。」


 書かれている内容は読めるが腹立たしい限りだ、アレを書けと云うのか。

 折りたたまれた紙のスペースに走り書きが追伸されていた。


「此処から先はユリには読ませていない、彼女が取り乱していてトモエが着いていないと、今にもお前を探す為に何処かに飛び出していきそうだ。気をしっかりもって簡単に斃れてくれるな、頼んだぞ。」


 何故に彼女が取り乱しているのか解るようで解らないが、相当心配させている事は確実だろう。

 勿論そう簡単に死んでやるつもりは無い。

 俺は手紙に使い慣れた大剣と皮鎧、タツヤ謹製の鋼のガントレットの転送、布団一枚、密室で使えそうな暖房器具、そしておかゆと解熱剤に針と糸をリクエストした。

 それにしても体調が悪い時におにぎりと味噌汁は有難い、おにぎりは流石に重いがテーブルに暫く置いておく。チビチビ噛みしめて喰うなら此れは最良の食事だろう。

 ピッチャーのお茶とともにタツヤ謹製の滋養強壮の粉薬を飲む。コイツは苦いが効果は俺達二人で実験済みだ、〇ンケルとほぼ同じ材料と聞いたが、アイツよく覚えていたなと関心する。記憶は良い方だと学食での会話で聞いてはいたが、相当なものだと思う。

 取り敢えずこの発熱で喪われていく体力を補うには最適の一包だ、無駄にせず眠る体力として使わせて貰おう。



 尿意で目覚めると、魔法陣には既に針と糸と消毒薬と布と包帯、そして解熱剤と滋養強壮剤に軟膏が乗せられた御盆が届いていた。

 麻酔の軟膏は有難い、どうやって作ったのか聞きたくもあり聞きたくも無しだ、要約しなくとも主原料は麻薬に連なる何かであろう。

 さっそく上着を脱ぎ滋養強壮剤と解熱剤をお茶で飲み、消毒薬で傷口を洗い清める。かなりの痛みを我慢しながら刀創を押して膿を搾り出す。絶叫を押し殺して膿を搾り出し消毒薬を浸した布でよく拭き清める。

 流石に麻酔軟膏を一すじ塗って痛みを誤魔化し、肉を縫い合わせていく。新鮮な血液が染み出しているが血管を傷付けて無かった事だけは幸運に感謝しなくてはならない。傷口を十か所近く縫い終えて精魂尽き果てた俺は道具や血脂で汚れた布を御盆にのせて魔法陣へ置き、包帯を巻いて一息ついてお茶を頂く。

 すっかり冷めたお茶を飲み干すとピッチャーも魔法陣へと置き、倒れ込むように眠った。



 送れるものには定量があるようだった。

 熱の下がった身体で冷めたおにぎりを喰おうとしたが半分凍っておりどうにも食べる気がしないので魔法陣へと返却すると、七輪の上にのった鍋にぐつぐつとおかゆが梅干しを添えられて入れ替わりに転送されてきた。


「おにぎりを喰えなかった事は気にするな、熱い飯に餓えているだろうから魔道具の七輪と共に粥を送る。どこぞのマズそうな煮鶏のスープではないから安心しろ。そして梅干しについては正直スマンかった。布団は今ユリとトモエが縫っている、暫く待て。」


 梅干しを制作する費用が何処から来ているのかは不問だ。御粥と梅干しが相思相愛である事など語るべくもない。紫蘇まで入ってやがる気が効くな。

 アツアツな処をふぅふぅ云いながら食べるのは快感だ、これを五臓六腑に染みると言わずして何というだろうか?。

 独りで食べる侘しさは当然あるが、美味いものは美味い。

 身体も温まり、満腹を迎えて鍋を魔法陣へと返却し食後のお茶を頂く。七輪型魔道具の上にお茶の入った薬缶を乗せて温めて飲めと書いてあった。

 鎮痛と安定効果のある薬湯との事だが、お前は何者だと問い質したくもある。気にしない方が疲れないとは判っては居るのだ。



 そして待望の布団が転送され、早速被って眠りに就こうとして異物感に気付く。

 それはユリからの手紙だった。


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