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放り出されたセカイの果てで  作者: 暇なる人
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第百十話 窮女王の試練場

 青竜の文様が彫られた偃月刀(えんげつとう)が穂先に付いた朱槍の使い心地を試すように氷の騎士たちと一騎討ちを繰り返す。名乗りを上げる事もない、静かな凍てついた戦いであったが、ハンマーとハルバートと折れて松明(たいまつ)と化した棒を携えて前進する。

 残念な事にツーハンデッドソードは割れてしまった。斧相手に盾として頑張ってくれたのだが、多勢に無勢というやつであろう。出来る事なら持ち帰って鍛冶屋で生まれ変わらせてやりたいが今は休憩部屋で眠っていて欲しい。(なまく)らロングソードもいるから寂しくはないだろう。



 馬の出足をハンマーで割る作業にも大分慣れたが、そろそろこの狭い通路も見飽きた、数える事十二騎の騎士を葬りモンスターハウス(?)へと再度足を踏み入れる。

 妖精と精霊の亡骸が所々に力無く横たわる。マナが生命を得た姿が此処に居る子達の実態であると知ってはいても気持ちの良いものでは無い。既に灰の様な粉末の塊と化している個体もあるがなるべく踏まないように次の部屋へと向かう。

 兵士たちのお迎えかと思ったが、其処には陣幕が張り巡らされ、見覚えのある甲冑を纏った黒い侍が床几に座り此方を見据えていた。

 時代がかっているなと思いながらも槍とハルバートを携えて正対する。



 討伐ランク不明、フユショウグン。



 さんさ時雨か茅野の雨か、音もせで来て濡れかかる───。

 ───眼光は独つ。

 後ろに控える小姓の持つ刀は二振り。



 吐く息は白く、火魔法を折れた棒切れにかけて地面に置きハルバートと青竜偃月刀を炙る。

 先ずは柄も金属の棒で出来ているこのハルバートで行くしかない。両手で構えて武者への一撃。



 すらり…鯉口を切って抜き放たれた、黒ん坊切景秀と言う銘を持つ一振りが横薙ぎに俺を襲う。

 空気すら切断するその剃刀が如き切れ味は、薄皮を斬って俺に血を流させた。

 本当に冗談じゃない。力でなく技、技でなく業で斬った。流石免許皆伝と唸るべきか平伏すべきかと迷う。

 二の大刀が降りかかる。寸での所で後ろへと飛び退き火元にハルバートを突き立て青竜偃月刀に切り替える。既に踏み込まれての三の大刀は胴を薙ぎに疾り寄る。

 焚火を挟んでの斬撃は冬将軍を炙る。火魔法を礫にして投げつけて青竜偃月刀の突きを捩じり込む。

 飛び退いて避ける伊達藤次郎(フユショ)藤原朝臣政宗(ウグン)に肉迫する。

 黒ん坊切景秀が空気を切り裂き、タクマの左肩を鍔元だが斬撃で抉る。

 タクマの踏み込みのスピードが尋常では無いにせよ、フユショウグンの斬撃もまた尋常では無かった。

 しかし、残念な事にフユショウグンは仮初(かりそめ)の肉体であったようだ。今の激突で体に(ひび)が入っていた。

 それでも手傷は互角。表情の無いフユショウグンも厳めしい顔のタクマも互いにこれで笑顔。

 為らば、とばかりに渾身の膂力(りょりょく)でもって互いの武器が振り回され命を削りに斬撃が繰り出される。

 日本刀は受ければ曲がる、柔軟性の限度を越えれば折れる。大剣に分類されるくらいに重いが、大剣のように盾として使う武器ではない。

 よって刃鳴り散らすような戦いは日本刀では、あってはならない。そうなる前に斬って落とすのが妥当なのだ。

 静謐ともいえるその空間に斬撃の音が、空気を切り裂く音が小さな悲鳴のように散る。

 袈裟には逆袈裟で、突きには払いで、薙ぎには薙ぎで、ミックスマッチか、将又(はたまた)、シンクロか。

 目まぐるしく入れ替わる攻守に稀に掠る斬撃と斬撃。

 手首の返しで柔軟に受けて刃を(こぼ)す事無く場合によっては峰で受け流す。

 目で見て斬撃を見極め、槍を返して青竜偃月刀の峰で日本刀の峰を疾らせる。死地で踊る火花の華が咲く。

 まだまだ日本刀に刃毀れ無し、青竜偃月刀にも刃毀れ無し。

 互いの肉体には幾らかの刺し傷と切り傷が入ってはいるものの問題無く動ける。

 世に云う素手と刀の間には三倍の段位を要すると言う諺のような格言の様なものがある。

 "剣道三倍段"と言う言葉だ、素手で剣道に勝つには三倍の段位を必要とする、目安のようなうろん(・・・)なものだ。

 剣術と槍術ではどうなるのか?。

 スポーツである空手と剣道で三倍段であるから人殺しの業同士ともなれば三倍程度では足りないと言って良いだろう。タクマを槍術初段と仮定してもフユショウグンの強さはタクマと互角かそれ以上である。

 肉体のハンデもあれば生前のケレン(・・・)味も無い状態で、尚且つ得物の有利さがあった上で戦ってこの有様である。

 無様と云う程、無様ではないが、未熟であるという事がこれほどまでに不甲斐無いものなのかと痛感する。


「完成していないもので褒められても、嬉しくもなんともない。」


 タツヤが味醂(みりん)無しのウナギを褒められてもあまり嬉しくなさげであった光景がチラつく。

 成る程、これは嬉しくない。勝ったとしても素直に喜べやしない。

 現状はこのまま押していけば確かに勝てるであろうし、甲冑の向こう側にある魔核を砕けば討伐は確実であるのだ。

 脇腹に切っ先が掠る。天下の大名物の一撃がアッサリと防御の隙間を縫って肉を切り裂く。

 自身の血脂が粗相(そそう)をしてしまったようで気恥ずかしくもある。

 数度突きを入れて間合いを詰めて足先を砕こうとして躱されて頭を狙って後ろに下がられ、飛び込み肉迫して至近距離で逆袈裟をお見舞いされる。

 朱槍で斬撃を受け止め青竜偃月刀をフユショウグンに突き立てた。

 一気呵成に身体を軸に槍を横に薙ぐ。

 バキリと割れて上半身と下半身が別れたフユショウグンに返す刀で脳天唐竹割を狙って青竜偃月刀を降り下ろす。

 筈であった。

 その刹那、天井が崩れ落ち、騎兵達が降って来る。

 主のピンチに参戦とばかりに襲い掛かって来たのだ。殺されてたまるかとばかりに青竜偃月刀を振り回し騎兵達を薙ぎ払うも、体制を崩してモンスターハウス側の狭い通路へと追い落とされる。

 状況判断、逃げ場が無い、ここから先は休憩所と言う名の行き止まりだ。

 疲れ切った身体でハルバートをひっ掴み、扉を開けてモンスターハウスへ飛び込み、迅速に横断して狭い通路に逃げ込んだ。

 追い縋る騎兵の足音を聞きながら、覚悟も決まってないこの心で勝たずに良かったのだと無理矢理己を納得させながら休憩室の扉を開いて(かんぬき)をかける。


 こうしてタクマ・イワオカの迷宮探索初日は幕を閉じた。

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