第十一話 早朝、我々は対峙する
ウィリアムは象が嫌いである。
絶滅させたいくらい象が嫌いである。
象は群れで行動する。子象と雌象を守り、近寄るものを怒りに任せて前後不覚になりながら踏み潰して暴れる。
ウィリアム只一人が生き残った象の大暴走で、村は瓦礫の山と化した。圧死した家族や友達や村民などそうそう見たくはないものであったが彼は全てをその目に焼き付けるように全てを見ていた。
象達は木の上に避難したウィリアム以外の全てを踏み殺し、村にあった野菜や果実を食い荒らし、腹立ちまぎれに建築物の全てを倒壊させて去って行った。
その一部始終をウィリアムは見届け、そして慟哭した。
幼い頃に誓った象殺しの誓約は教会で宣誓する事で騎士としての誓いになった。
前代未聞の誓いをもう少し普通のものに直す事を同僚にも薦められたが、彼は頑として曲げようとはしなかった。
「大体俺がこの国で士官したのは象を殺す大義名分があるからだ。」
タキトゥス公国が所属する連合軍では象は神聖視されていたり、保護の機運が高い。
ウィリアムは幼いころの名前を捨てて孤児院でウィリアムと言う名前を貰うまではタキトゥス公国側の名前を持つ、”象を神として崇める”側の人間であった。
神殺しになりたいから国も名前も投げ捨てたのである。
象と初めて対峙したのは改暦を控えた冬の事で、ジュスト暦七十二年十一月のことである。
すり抜けざまに剣で斬る…、堅い鱗に刃が立たない。
魔力を乗せた槍で渾身の一撃を見舞う…、軽く血を飛沫かせる程度で効いているなどとはお世辞にも言えない。
戦象部隊による突撃で砦が文字通り揺らぎ門扉が吹き飛びそうになる。
柵が拉げて曲がって撓み、再突撃を受ければ柵から柵だったものへとランクダウンは避けられない、正に絶体絶命であった。
砦を守護していたトルネオ男爵は自ら砦に火を放ち全将兵と住人を裏門の外に退避させそこに土礫を積み上げさせて退却を命じた。
トルネオ男爵と彼に付き従った数十名は良く凌ぎ、良く守ったが、敵に捕らわれる事を嫌い最期は燃え盛る砦の中で自害して果てた。
可笑しな頑固者ウィリアムの雇い主であるトルネオ男爵の死はウィリアムの中では象に殺された者として明記されている。
「絶対に仇を取る。」
ウィリアムが深酒をすると必ずこの一言が呟かれる。
酔いつぶれると彼は小声で多くの人間の名前を呟くのだが、それを知った同僚はその執念と決意の重さに総毛立つ事となる。
それから三年後、彼はザイニンと出会い象を屠る手段を手にし、仇討ちに邁進する事になる。
敗走した象部隊がタキトゥス公国の本陣と合流するのを見届けたウィリアムはその陣容と数を備に調べ上げメモを始める。飛来してくる矢を無造作に掴み、捨てる。
鞍上の主の安全の為にゆっくり後ろに下がりながら、彼の愛馬は大きなあくびをする。
遠眼鏡を構えて兵科を確認しブツブツとメモ取り終えると懐に仕舞い込み戦斧を天高く掲げる。
「蓄えた全てを吐き出せ、我が名はウィリアム、従う気があるなら答えよ戦斧よ!。」
荒れ狂う雷撃が象が逃げ込んだ本陣で炸裂する。
避雷針の様な落雷対策が施された象に幾度も落雷し猛烈な高電圧が人々を襲い、焼いてゆく。
「貴様らを見て震えていた俺は死んだ、ラーマの名はここに捨てていく、滅びろタキトゥス!死ね!惰弱なる王家サーディヤムよ!。」
馬首を巡らせ戦斧を担いで悠々とウィリアムは歩み去る。
追手があろうとも慌てるつもりは毛頭ない。愛馬も戦斧もそんな事は必要ないと鼻で笑っていた。
ドリンダ暦三年 十月 ラーマと言う男は死んだ。
小さな小屋に一晩干された服が次々と運ばれ何事か作業をしている様だった。
目覚めの体操を行い武具の留め金を叩いて固定し、兜や鎧のつなぎ目の皮の具合を確かめる。
朝食のまえに口磨きと洗顔と身体拭きを済ませなくてはならないのだが、遅く起きてしまったため水場は人でごった返している。
そんな事より簡易素材で組まれた小屋の中で何をしているのか非常に興味が沸いて覗いてみる。
そこは熱気の巷であった。温風魔法の箱が積み上げられ、生乾きの服が温風で乾かされていると云う衣類の拷問小屋であった。
応用と言うものはこんなに素晴らしい結果を生み出すのものなのだなと感心していると、輜重隊のブルネイがチーズの塊を布に包んでそっと差し出してきた。
「少ないがアイディア料だ。」
「ふぉくはふぉんなものでふぁいふーしゃりたりはへんぞ。」
意訳:(僕はこんなもので買収されたりはせんぞ)
もっちゃもっちゃとチーズを味わいながら乾燥室の板の隙間に障壁魔法を掛けて水場へと歩み去る。
こんな事で買収されたりはしないが、もちもちのチーズを味わわない理由にはならないだろう。
実に美味だ、また何か思いついたら優先的に教えてやらんことも無い。
久しぶりの美味なる味わいについつい頬もゆるむ僕なのであった。
身体を拭き、髪を洗い、顔を洗い、口を布で擦りあげて、繊維の多い木切れで歯を磨きながら景色を眺める。
良い天気だ、今日は何処で血の雨が降る事やら。
益体も無い事を考えながら、高らかにうがいを済ませて、テントに戻り防具を身に着ける。
いくらなんでも気付かれているであろうが敵本陣を背後から強襲するピクニック当日であった。
槍兵を先頭に歩兵と弓兵、戦利品回収部隊が先行として進発。
輜重隊の荷造りを手伝い護衛を兼ねて騎馬隊が同道する。
足の遅い隊を先行させて陣張りの出来る場所を確保し、多少なりとも休む事の出来る場所を後方に設えて置きたいところであった。
結果として僕達の接近は気付かれていた。
肉壁隊が両手で盾を構え要所要所に配置されている。その後ろには歩兵と弓兵が督戦隊宜しく肉壁達を操り厚い守りを敷いていた。
辺境七郡の旗の真ん中に御館様の旗を据えて、陣を構築する。馬防柵を提案しほんの少し防御を高め敵側の領域へと進軍し肉壁潰しを図る。
また誤字です…すいません




