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放り出されたセカイの果てで  作者: 暇なる人
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第百七話 タクマ・イワオカ

 ドリンダ歴三年の秋に俺達は元居た世界から放り出された。

 俺達は村で、タケルは多分王都で、互いに楽じゃない一年を生きたはずだ。

 ドリンダ暦四年の秋には俺達は狩人としての生活にも慣れていた。言葉も通じず、越冬の支度も村人の好意で何とかギリギリ出来た、あの日と比べると雲泥の差であったように思う。



 逃げ出すための馬車に敷き詰めた毛皮などは本来は越冬の為に用意したものであったが、老人たちの道中の保護に役立っているなら幸いであった。

 最後に見捨てられたが、生活の術を得られる前に捨てられたならもっと目も当てられない事態に陥っていただろう事は想像に難くない。村人には村人の事情があるのだし、俺達には俺達の彼等には明かせない事情があった。明かしたところで信じられる事も無いような荒唐無稽な”真実”なのだが。



 ドリンダ暦五年は何かを祝ったりする以前に落ち着きを獲得する事に終始した一年であった。時が経つのは早いものでこの世界で既に二年過ごした事になる。商売が軌道に乗るまでは狩人仕事の方が多かった。

 尤もそんな地味な話などしたところで意味はない。

 タケルが死山血河を築いている間に俺達はささやかながらの”我が家”を築いていた訳だ。顔を合わせたら殺されるかもしれん。



 トリエール王国国内の新聞やニュースのような街頭勧告、それらの大きな事と些細な事を回し読みする回覧板、町内のブロックごとに街を掃除したり街頭に立って学塾に通う子供達を見守るシステムなど、この世界に放り出された俺達の先輩が伝来させたものの利便性を再確認させて貰った。

 拍子木を打ち鳴らしながら空気が乾燥するこの季節に火事に対する注意喚起を促す声が聞こえる。

 伝来した人間の国籍なぞ調べなくても判る。俺は誰とも知れぬ先輩に手を合わせて再び眠りに就く。



 来年また大きな戦いがあるのだという。冒険者ギルドに溜まりに溜まった毛皮を卸しているとギルド長が寒さで鈍り切ってるから手合わせして欲しいとの要請が来た。

 受付嬢からクエスト依頼書を受け取りサインすると、手解きそのものに報酬が発生する事となる。

 久しぶりに訓練場の鈍ら大剣を手に取って何時も通りの型を一通り繋げて執り行う。

 冒険者の若い子達が物珍しそうに此方を見ているが、何時もの事でしかない。それにしても昔はもっと重かった気もする、我ながら良く成長したものだと思わなくもない。だが慢心は油断を生み、敗北を招き寄せる。雑念を払う様に大振りの縦斬りを一閃させると同じく大剣を携えたギルドマスターが入って来た。



「待たせたな、それじゃあ軽く馴らしていって限界まで合わせて貰えると助かる。」


「判った、最初の一手だけ本気で振るから其処から緊張感高めて行こう。」



 タロウの相手をするよりは慎重にやらないと人間は壊れやすい。グレイトフルバッファローの皮は並みの剣では刃すら立たない。そのつもりで人と戦うと鎧が吹き飛ぶ。弁償が発生すると売り上げからマイナスになるので注意しなくてはならない。

 全力で殺意を籠めて一振りギルドマスターに入れる。当てはしない。命の遣り取りの雰囲気作りだ。

 ギルドマスターが前線に立つことなど殆ど無い。感も鈍るし身体も動かせない、要するに運動不足になるのだ、楽が出来ると喜べるのは最初だけ、その内冒険者に戻りたくなる、社会的地位を放り出すには家族も年齢も赦しを与えては呉れない。

 そんな時に有力者が一人いるとそういった憂さが晴らせるのだ、そういうところはタロウもギルドマスターも変わるところは無い。一つ胸を貸す事で落ち着けるならばそれも人間社会の潤滑剤であるだろう。



 二人の間に一陣の剣風が吹き、大剣同士が火花を散らして激突する。膂力はタクマが勝っている。技量はギルドマスターの長年の経験が勝る。互角になる様に呼吸を合わせて薄皮一枚づつ剥いでいく訓練であると言えるだろう。

 使用している武器が鈍重な大剣であるのに精密な斬撃を交互に併せていく。

 ギルドマスターの軸がブレているので斬撃(カット)ではなく刺突(スラスト)へと切り替える。

 意図を読み合いながら攻守を入れ替える。

 重心のズレが収まったのを見届けると雄叫びと共に袈裟斬りを見舞い、地面に激突する前に剣を止めて逆袈裟斬りに斬り上げる。

 タクマ・イワオカの大剣技の一つ”(あぎと)”である。命名は観客席にいた板長だがタクマは知らない。額に大往生と書いていたかどうかまでは不明である。

 大剣を上下から弄られてギルドマスターは衝撃で柄から手を放しそうになる。


「つっ…、まだまだぁ!!!。」


 気合で柄を握り直し全身の体重を乗せた深めの袈裟斬りをギルドマスターは仕掛ける。

 大剣の面の部分でその一撃を猛烈な金属音と共にガギンと受け止める。渾身の一撃ですら受け止める目の前の男にギルドマスターは一礼するとタクマは姿勢を正して礼を返す。

 時間にしてわずかな時間ではあるが、ギルドマスターの依頼である今の全力を出せる流れは達成したわけだ。

 また仰々しい一文字技名が命名されていないか気が気でないが、今回の対戦に板長は観戦していない。

 一先ずは安心だろう。



 依頼書に完了のサインが書かれている事を確認し報酬となる銅貨二十枚を受け取りその内の一枚をギルド職員の飲み物代として進呈する。

 寒い季節に暖かいお茶は欠かせない。手数料のようなものだ。

 買取受付で毛皮と討伐部位の代金を受け取り、幾つかの狩猟関係の依頼完了書にサインをいれる。

 また冒険者カウンターで報酬を受け取り、事後承諾モノの依頼の束を渡され、発見次第討伐が指定されている魔物を確認する。

 マッシヴデスコング、チャンピオンベアー、マッドネスタイガーなど、力こそパワーな連中が増えているようだ。


「すこし聞きたいのだが、このフユショウグンってのはどんなモンスターなんだ?全然想像つかないのだが?。」


 説明文も曖昧で、本当にこんなものが居るのかと疑いたくなる一体であった。


 三日月をあしらった兜を始め、甲冑、直垂、具足に至るまで黒一色。

 どう見ても侍じゃないかと思う。

 唐突に不思議なモノが見つかる処は異世界ならではの事なんだなと、一つ溜息を吐くタクマであった。



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