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放り出されたセカイの果てで  作者: 暇なる人
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第百三話 狂愛

 ガコン、ガコンと歯車の外れる音がする。ギリギリと歯車が軋む音がする。外れた歯車がバキバキと精密に組まれた歯車を破壊する。

 何時からか、女神の力を制御出来なくなっていた?、いいえ、精密に月の力を操れなくなってしまった。

 何故?如何して?愛しいあの人の力を使えないなんて在り得ないのに、イトシイアノヒトガワタシヲエラバナイナンテアリエナイノニ。



 些末な齟齬が発生した、何時から?一月前からだろうか?。



 主導権の奪い合いが始まる。噛み合い、食べ合ってまた闇の女神(わたし)の勝利に終わる。



 何度も諦めない闇の女神の力は、果てる事の無い持久力と折れない心だ。彼女に勝てる筈は無い。それでも渦巻いて燃え盛る嫉妬の炎が闇の女神への挑戦者として彼女の存在を確固たるものに変貌させる。



 アノヒトガケッコンシテシマウ、ワタシノカラダヲカエシテ。



 頭から咀嚼して味わいながら食べる。サラダを食べる程度の簡単な戦いが続く。

 魔法行使の邪魔は続き、闇の女神は徒歩での移動を強いられる。遠く遠くに来てしまった、歩いて隠れ家に帰るならば、どれだけの時間が掛かるのか判らない。



 既に一万回目の食後の一服を闇の女神は口にしていた。香り高いダージリンを楽しみながら、彼女を膝下に捻じ伏せる。それでも面白い相手である、無かった筈の手足まで獲得して絶叫しながら己を取り戻している。のた打ち回り乍ら自分の肉体を再生させるなどなんと懐かしく美しい姿であろうか。



 似通っている、遥か昔の勇者たちに抗った己自身と似通っている、と、女神は笑った、嗤うのではなく愛でるように微笑う。愛おしいその抗う姿に心の底からエールを贈りたいとすら思う。

 讃えようではないかと、心から謳う。下らない世界を存続させる為だけの贄として幾度地獄の釜で煮られたか知れぬこの身と、彼女は同等の責め苦を味わっている。私がその責め苦を味合わせている。

 その反面で、女神は思うのだ、私を遥に凌駕する(かしづ)いても構わないと思える相手で無ければ負けてやる気は無いと。

 真の勇者は彼女だ、私を封じて責め刻んで挽肉にしたあの下郎共とは雲泥の差だ、私は新世界に旅立って夫と仲良く寄り添う事だけが願いだった。あの日聖剣と言う出鱈目な暴力装置を手にしたセカイの下僕達にその細やかな願いを邪魔されたのだ。



 彼女が思う相手は彼女の方を向いていない。それは余りにも憐れであり、儚くとも美しい純粋なる愛の発露。

 こんな絶望しか存在しない場所から、全てを挽回しようと思う、その気高き女としての輝きを私は美しいと思う。共感できてしまう。私自身も愛を諦めない(サガ)を持つ一人の女としてどうしても目を逸らせない。



 月の雫での攻撃を放ってみたが、同化の水準が高過ぎるのかダメージ一つ入っている手応えが無い。

 月明かり(夫の微笑)など浴びたら再生してしまうのでは無いだろうか?。

 夫の力を奪われるという不安な心に、私は落ち着かなくなったので彼女を闇に閉ざした。


「あら、落ち着いたわ。」


 彼女は夫の力で生き延びていた、まるであの頃の自分のように。私がまだこの世に居るのは夫の愛を確かに感じられるからに他ならない。


「でも涙が出るわ、そう…彼女も悔しくて悲しいのね。」


 良く分かる、本当にその気持ちは数千年経っても忘れられるモノでは無い。力になりたいけれど奪っているのは私の方だ、ジレンマしかない。


「ではローラと言う娘を殺せば落ち着いてくれるかしら。」


 ピクリと、闇の中で蹲る彼女が虚空を引っ掻いて顔を上げた、泣き疲れて赤く染まった目と、枯れてしまった可哀想な声で彼女は訴える。ココニツレテキテと。

 絞り出すように黒い情念を吐き出す彼女に、闇の力は唯々優しい。無作為に暴れるよりも静かに染み込む何かを受け入れた方が確かに存在を補強する力を得られるモノなのだろう。

 それは情念を喰い散らかして怨讐を呼び集めて練り込まれる怨念の様なものへと形を替える。

 それはそれは深い愛、狂えて狂おしい狂気の世界へと至る愛の到達点。


「いいわ…でも、魔法行使は難しそうね、貴方の感情に貴方が耐えきれていないじゃない。」


 愛が満たされないまま放置された心と言う器に愛を流し込めないならば何がその空虚を満たしてくれるというのだろう?。私には夫の愛がある、今もそれは私を満たし私を導く。

 彼女はその(よすが)の糸の一筋すら与えられない愛の迷子なのだろう。

 それは哀れな、憐れな、余りにも可哀想な隣人の姿であった。そんな彼女の為に私が出来そうな事は、せめて彼女の愛しの君の結婚式に、確実に間に合わせる為の歩みを、少しでも早くする事くらいであった。





「イシ、それは何?。」


 魔力を帯びた小さな小石である。


「元々は只の石、それに無理矢理刻印を入れて魔力を通して光を出させてる。」


 しかも、空から落ちた形跡があった。朝には何事も無かったように光は消えるだろう。

 大魔法を行使したのならば辿れるが、この程度の微弱な魔力では足跡すら辿れない。


「魔法のようで魔法じゃないもの?…なんだろう意味わかんないよコレ。」


「エレでもわかんないってお手上げだよそれ。」


 ママの大魔法はパパの力だからママに聞いても多分判らない。完全に手詰まりだった。


「雪の上の石を辿ってみよう、魔力は追えなくても落ちてる石は追えるよ。」


 エレは頭脳派で、何時も助けてくれる。

 石を追いかけ続けて気が付くと王都の門の前まで来た。


「外かぁ…。」


「この時間は、出ちゃダメだから戻ろうか。」


 追跡と言う名前のお散歩は終わりだ、お家に戻って眠らなくちゃいけない。

 ママとの約束の時間までもうすぐだった。当然月が見ているのでパパからも見えている。


「帰ろう。パパにも怒られちゃう。」


 ここ最近帰って来ないママの事は心配だけどママを倒せるタケル・ミドウは王都に居ない。

 安心できる要素としては稀薄かもしれないけど(ロード)を通って来るママを狙い撃ちにされたら絶対に勝てない。



 影がゆらりと走る。

 二人の監視は遥か遠くから行われていた。

 マナの圧力も然る事乍ら月の力で阻まれる事が多く追跡も難しい。



 推測して追う、人間としての能力が無ければ何時でも見失ってしまう特異な存在が目立たない訳が無い。

 指令は見守る事。不穏なセリフが多い娘たちだが主は笑って見逃している。

 本当の敵は一人、それを見失わない事だ、と。





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