第百一話 四次元の住人達
場の空気を丁寧に説明する必要があるだろうか?。
ナイフを振り回し、重心や斬りかかる為の動作確認を一頻りした後可愛いドレスのまま装備しようとした少女がプレゼントに嬉々として燥ぎ喜んでいた矢先、師匠と呼ばれた女性がこの世界の地味な概念を吹き飛ばし、華やかなる魔法を行使してのけた、この場の、空気を、だ。
失礼、取り乱してしまったようだ。周囲からの痛い視線とユリに注がれる羨望と憧れと畏怖と驚愕の視線と囁き声だけで既に軽いパニックだと言えよう。
パッと一枚のカードがテーブルの上で輝き何らかの精が喚び出されて何かを行った様だ。
曖昧な理由は唯一つ、それが行った魔法的な何かが周囲を沈静化させたのだろう。
「よし、それじゃタツヤからのプレゼント行ってみよーかー。」
あー、コイツ酔ってやがんなー。との感想を抱くのに、そう時間を必要とはしなかった。見ての通り酔ってテンション上げ上げだよこの子。
「なんの変哲も無い四次元ポシェットだ。」
「あっぶねぇ、スレッスレのネーミングしてんじゃねぇよ。」
縫製してくれたアイテム職人の功績だが黙って置くことにした。余計な波風は立てないに限る。まぁポケット形式だと魔法式が外にまろび出て使い物にならなくなるから、そんな危険で未完成なものを作る心配は絶無である。未来の秘密道具には、そういう不具合など存在しない、我々の知らない秘密の技術がてんこ盛りに違いないのだ。だからそっちの方向の概念が俺に理解出来ない限り作れる訳が無い。
使用上の注意を色々と説明していると皆、只の便利グッズに興味津々な御様子であった。
「アイテムは大体どの位入るんだ?その、目安とかあるんだろ?。」
タクマからの挙手を受けて質問に答える。
「実験では牛車が楽に入った、限界は知らない。」
残念な事に実験する時間が無かったのだ、其処は謝罪させて頂きたい。
ユリが手を挙げて質問を投げ掛けて来る。
「中のものはどういう状態になるの?生き物は入れるの?。」
「生き物の侵入にははロックが掛けてあるから入れない、死体であるならば問題無く入る。狩りの獲物の鮮度が落ちるのを気にしていて閃いたんだ、ならば時間を停止させればよくね?と。それと、時間を動かして空気を供給出来れば入れるかもしれないが、何処に行くのかは全く保証できない、観察することが不可能で観測するのは中で、となるので外からの補助が無ければ確実に行方不明になれる。」
「死体の出ない完全犯罪が可能だね、それ。」
「そうだな、そいつは不味いな。では、人間は入れないようにして置こう。エセルちゃんがそんなことするわけないだろうけど…。」
微調整を合成精霊に指示する。これで安心だ。
すかさずトモエが俺の胸倉を掴んで詰問してくる。
「えっと、タツヤ、その子は何?。」
「アイテムを管理する、コンシェルジュとして合成した精霊だ。」
「命を玩具にするんじゃなぁぁぁい!。」
結構強力な拳が振ってきた。
痛い、たんこぶが出来てしまったではないか。そうか、この子も命か、勉強になるな。
恐る恐るエセルちゃんが手を挙げて質問してきた、椅子に正座して聞く。今トモエに正座させられたからであるが。
「校長先生の許可が無くちゃ入れない、過去の魔法使いの人達が遺した宝物が仕舞われたお部屋があるのね、それで、そこに置いてあった破れたアイテム袋と同じ物なのかな?これ。」
「どんな逸話が書いてあったのか覚えてるかな?。」
ユリが詳細を尋ねると、似て非なる解説文が添えられていたようだ。
「えっと…旅の荷物を圧縮して保管するマジックバッグって書いてありました。」
それでは只の、省スペース袋だ、布団と衣類の圧縮パックの様なものだな。
「安心して欲しい数倍上位の仕事が出来るアイテムだ。」
時代は進歩する、人も技術も毎日進むのだ。
「どうする?完全にオーバーテクノロジーよ、コレ。」
「私はいいと思うけどなぁ~、セキュリティとか万全だしぃ。」
果実酒なので飲み口は柔らかでスイスイ呑れる酒だがそろそろ止めるべきでは?と思ったがウェイターに指示する余裕が無い。ユリが段々ヘベレケになっていく。
「エセルちゃん、タツヤが作ったこのマジックバッグは戦争にも使える危険なものだ。出来れば人前で使わないように心掛けて欲しい。小銭とかなら大丈夫だと思うけど念のためな。」
「は、はい。」
俺はハッとなり表情が固まる。
「今の今まで気付かなかったって顔だな。」
「これを作れる事を知っている人間、他にいないでしょうね?。」
顔ごと目線を逸らす。二人に包囲されて正座している俺に逃げ場など無かった。
軽い尋問で即刻ゲロって俺に二人は溜息を吐く。
「魔法道具職人かぁ、こりゃ詰んだわねぇ。」
両手を腰に遣り溜息を吐くトモエと、椅子に深く腰かけエールで一息付くタクマ。
「クリスマスに戦争の話はしたくないが、あまり強力なものを創るのは辞めてくれ。」
「そうだよぅ~私みたいに可愛いものを創るなら大丈夫だよぉ。」
「見た目だけが可愛い気がしたわよ、あのマジックロッド。」
「まっさかぁ~♪キラキラッとして、くるくるっとして、どっかーんよ。」
規模がお邪魔な方なのか、キュアな方なのかはさて置き”どっかーん”は気になるワードだった。
「何かあったら私が片付けるから大丈夫!まっかせてー。」
手の中に一際可愛い杖が偉いフリフリなギミック付きで登場した。
「悪い事に使っちゃだめ、あと女の子にこれは持たせらんないよ。」
杖の先がウナギ皮の鞄に当たるとパッと華やいだ色合いの皮に変わり、ハート型の金具による留め具とリボンの装飾と輝くラメが盛られていく、おお、これは俺には無いセンスだ。
更にセキュリティが盛られた様で、合成精霊の横に新たに見た目が縫いぐるみな合成獣魔が浮いている、これも俺の発想には無かった、今夜は反省点が多いな。
「ドラゴン君、警備は任せたぞー。」
ユリの敬礼に合わせて、ドラゴン君はピシッと敬礼して、精霊さんを背中に乗せてふわふわと飛んで鞄に帰って行った。
乙女の秘密を守る最強の護衛が付いたので一件落着だろう。俺の尻ぬぐいをして頂いた御礼は、また別のものでさせて頂かなくてはならんようだ。
「命で遊ぶなとタツヤにも言ったのが、聞こえなかったのかこの子はぁ!。」
「はぅぅ、グリグリは止めて、トモエちゃーん。」
危険物と命の取り扱いには、細心の注意が必要である。メモっとこう。




