六話~醜い記憶~
「ただいまー」
「あら、お帰りな……あれ?紗綾ちゃんじゃない!退院おめでとう。さぁ、上がって上がって」
「お、お邪魔します…」
紗綾が退院してから一週間。
優斗の家で、紗綾の退院パーティーをする事になった。
久しぶりに優斗の家に来た紗綾は、少し緊張していた。
「…さーやー?」
「え!?あ、ごめん、何?」
優斗は少し眉を下げて言った。
「ガチガチ過ぎ。俺の家なんか何時も来てただろ?」
「だ、だって……久々だから…」
優斗は少し目を丸くしたが、もじもじした紗綾を見て可愛いと思っていた。
優斗に案内されて来たのはリビング。
「さぁ麗しのお嬢様。どうぞこの先へ足をお運び下さいませ」
「何それ?」
紗綾が笑みを溢した時、優斗はドアを開けた。
そして次の瞬間。
パーンと大きな音が紗綾を包んだ。
「紗綾、退院おめでとう!」
紗綾は硬直した。
大きな音はクラッカーだ。
紗綾の周りには、親、優斗の親、バンドメンバー、そして友達がいた。
「…あれ、紗綾ー?」
全く動かない紗綾に、優斗は手をヒラヒラと振ってみる。
ポツリ、ポツリと、涙が頬を滑り落ちた。
「うぉ!?紗綾?」
優斗はクラッカーの音で怖がらせたかと心配している。
紗綾は泣きながら言った。
「ち、違うの……嬉しくて……皆、有り難う…!」
泣きながら言う紗綾を見て、皆笑みを溢していた。
――たった一人を除いて――
話をしたり遊んだりしていた頃。
「…先輩、一寸良いですか~?」
「え?」
気だるそうに話しかけて来たのは。
「ゆ、友里亜…!」
優斗の部活の後輩だ。どうも性格が良いとは言えない。
そんな友里亜に優斗の幼馴染みの紗綾が呼ばれた、と言う事は――
紗綾は優斗にトイレに言って来ると伝え、友里亜と共にリビングを抜けた。
紗綾は、大体予想出来ていたが、呼び出された理由を聞いてみた。
「…友里亜、私に何の用?」
「先輩って~、速水先輩と付き合ってるんですか~?」
気だるそうに、だがどこか鋭いものが混じっている気がして。
紗綾は少し怖かった。女の嫉妬は怖いものだと改めて悟った。
「…どうして?友里亜が気にする事じゃ無いんじゃない?」
幼馴染みとして、優斗に被害が行くのだけは怖かった。
だからせめて、被害が来るのは自分だけで良いと心から願った。
だが友里亜には、自分が気にする事では無いと紗綾に言われたのが癇に障ったのか。
「だーかーらー…!」
「っ!」
ドンと。
友里亜が紗綾の両肩を掴み、一気に壁まで押した。
思いきり背中を壁にぶつけ、紗綾は苦痛の表情を浮かべていた。
紗綾の顔の横に勢い良く手が置かれる。
「速水先輩に変なミノムシが付くなって言ってんの。先輩は何時も名前で呼んでますよね…!『優斗』って。皆名前で呼んだら怒られるのに、どうして先輩だけ名前で、しかも呼び捨てなんですか?付き合ってるんですか…?……まぁ、付き合ってたとしても引き離しますけど」
紗綾は唾を飲み込んだ。
「変なミノムシって……優斗はモテるから、多分他の人からは貴方も邪魔なミノムシになるんじゃ……」
「質問に答えろ…!」
「…!」
パン、と。大きな音がした。クラッカーとは違う音。
音の正体は、友里亜が紗綾の頬を思いきり叩いたからだった。
紗綾はまた苦痛の表情を浮かべ、頬を抑えた。力無く崩れていく。
「…っ…」
小さく呻いていた紗綾だったが、今度は髪を思いきり上に引っ張られ、顔を上に向けさせられる。
「…っ!…う…」
「答えて」
何故かだんだんエスカレートしている気がするのだが。
心の奥の方でこんな事を思いながら、紗綾は必死に考えを巡らせた。
勝手に言ってしまっていいのか、そして今友里亜に言うと余計に酷くなるのでは無いか。
こんな事ばかり浮かんできて、解決策が全く出てこない。
目に涙が浮かびそうになった時。
「何……やってんの……?」
「……!」
ドアを開けてこっちに来ようとしていたのは優斗だ。
なかなか帰って来ない紗綾を心配し、優斗は様子を見に来たのだ。
「速水先輩……」
優斗はイマイチ状況が掴めず僅かに混乱していた。
ただ優斗が見たのは、
隠しきれない動揺を見せてこちらを見ている友里亜と、髪を掴みあげられ、上を向かせられて涙を目に浮かべていた紗綾だった。
そして優斗はしばらくして我に帰り、紗綾の所に駆け寄った。
「紗綾!?…っ…友里亜、その手を離せ……離せって言ってるだろ!!」
「先輩……」
友里亜は更に動揺して手を離した。
力無く崩れ落ちる紗綾を、優斗は抱き抱えた。
「紗綾!大丈夫?怪我した所とか無い…?」
「……優斗……うん、大丈夫。有り難う…」
紗綾は心底嬉しかった。
正直どうしようも無かった時に優斗が来てくれて、しかもこんなに心配してくれているからだ。
ただ友里亜はそんな二人を見て叫ぶ様に言った。
「何で……何でその女なんですか…!?その女の何処が良いんですか!!何で先輩は皆に名前で呼ばせてくれなくて、その女は名前で呼ぶ事が許されるんですか!!私の方が、先輩の事よく知ってます!!だって私は……先輩の事が本気で好きなんです!!いつでも側に居ます!!先輩が落ち込んでたら励ますし、先輩が笑ってたら私も一緒に笑います!!私の方が先輩の事、大好きです!!!」
そこまで一気にいい募ると、興奮して少し乱れた呼吸を整えている。
そんな友里亜に対し、優斗は静かに言った。
「…一個ずつ答えていけば良いのかな。何で紗綾かって言うのは、俺が紗綾の事が好きを越えて大好きだから。何処が良いかは、普段は明るく振る舞ってるけど、実は何でも一人で抱え込んじゃう所とか、俺が守ってあげなきゃって思うし。あとたまに焦ったりしてる所とか可愛いし。名前の事は、紗綾は小さい頃からの幼馴染みだし、一生一緒に居たい人にしか呼んで欲しくないし。……友里亜の方が、俺の事を知ってるって事は無いよ。さっきも言ったけど、紗綾は幼馴染みだし、俺が紗綾の事超超大好きって事分かってないしね。あ、あと、俺の事が本気で好きって言うのは有り難う。でも友里亜が俺を想う気持ちと同じくらい、俺は紗綾の事が好きなんだよ。もしかしたらそれ以上かも。俺の側に居るのは紗綾だけで良い。最後に、友里亜の方が俺を好きって言うのは……どうだろ?これは俺が言える事じゃ無いからさ。ね、紗綾」
散々恥ずかしい事を言ってくれた後に自分に振るな!
だがここで誤魔化そうとしても無駄。紗綾は覚悟を決めて、と言うかもう諦めて言った。
「す、好き…だよ。幼馴染みとして、じゃなくて…恋人、として」
優斗は目を軽く見開いた。紗綾はお前が言わせたんだろが、とでも言いそうな視線を送っている。誰になのかは言わずもがな。
友里亜は目を真っ赤にさせていた。決して充血している訳では無い。泣く目だと判断した方が良いだろう。
「もう知らないっ!先輩の馬鹿!!」
そう言って友里亜は帰っていった。
優斗は一つ溜め息を吐くと、
「いや…しかし…自分で言わせといてあれだけど、思った以上に堪えるな……」
紗綾は優斗の言っている意味が分からず、小首を傾げた。
すると伝わったのか、優斗は小さく笑って言った。
「さっき、俺の事好きって言ってくれたでしょ?いざ聞いてみると、嬉しいって言うか、恥ずかしいって言うか…」
「な…!優斗が言わせたんでしょ!?私だって凄く恥ずかしかったんだから!」
「うん、分かってるし伝わってたんだけどさ、何かね…」
「な…!もう!優斗の馬鹿!」
紗綾はもう知らない、と顔をプイッと横に向けた。
相変わらず可愛いな、と思っていた優斗から、紗綾にとってはとんでも発言が出てきた。
「……やっぱり、同じ言葉でも紗綾の方が可愛いな」
「……!?!?!?」




