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二十年後の二十九日午後5

 俺は預金通帳を見ながら、何とも言えない気分に浸っている。今日、古賀から報酬が振り込まれていた。結構、高額の報酬なので嬉しいことは嬉しいのだが、あのあと古賀と藤宮がどうなったのか、気にならないと言えば嘘だ。


 藤宮たち時間飛行士が、帰還飛翔に入ったと言うニュースは聞いた。貴重な実験データを今の時代に残し、そして彼らは因果律を守るために決して目的地にたどり着くことのない旅へ出たのだ。それからどうなったのか、よくわからない。テレビなどではいろいろ騒いでいたようだが、俺と優恵はそのニュースが流れるとテレビを消していた。


「~♪、~♪」

 優恵が居間で寝転がりながら鼻歌を唄う。どうやら、つい最近買ったばかりのポータブルカセットプレーヤで音楽を聴いているようだ。おおっ、あの耳に入るイヤホンって売っているんだな!


 古賀たちの件があった後、優恵はかなり落ち込んでいた。俺はいつも優恵を仕事に巻き込んで、あんな悲しい思いばかりをさせている。古賀たちと会った次の日にデパートへ一緒に行ったが、あの大好きな切手コーナーを眺めても、どこかぼんやりとしている優恵。俺は彼女が元気になればと思い、同じ階にある電気店でカセットプレーヤを買ってあげたのだ。


 カセットプレーヤのおかげだとは思わないが、少しずつ優恵はもとの明るさを取り戻した。俺はそんな優恵を愛おしく見つめる。

「ん? どうしましたか?」優恵がイヤホンを外して、こちらを見つめる。俺は恥ずかしくなり、テレビの電源を入れて誤摩化した。それと同時に、玄関のチャイムが鳴る。


 俺が玄関へ向かおうとすると、誰かがズカズカと入ってきた。伊織だ。

「こんにちはー」


「あっ!」優恵が全身をびくっと震わせ、一瞬で立ち上がる。そして、耳と尻尾の毛を逆立てて警戒のポーズをとる。と、同時に、広げてあった切手のストックブックを慌ててしまう。そんな様子を見て、伊織は少ししょげる。

 俺は優恵の肩をぽんっと叩いてから、伊織に向き合う。

「今日はどうした?」

「遊びにきた。ほら、今日は午前授業だったし。先生に会いたかったから。あ、もちろん優恵ちゃんにも」伊織が僅かに、ほんの僅かに微笑む。


「そうかー、まあ上がって。というか、上がっているな…」俺は、ヒヤヒヤしながら優恵の方を見た。優恵は伊織を苦手に思っている部分がある。きっと何かが起きる…、と思ったら、優恵はテレビに見入っていた。


「どうした優恵?」

「あ、拓人さん! ほら見て、古賀さんが映ってるよ!」優恵が指差す先を見ると、古賀が映っていた。某大学の量子物理学応用センター研究員、と肩書きが画面に映っていた。そして、そのテロップを見ると、『時間飛行士の追跡に成功!』とあった。


 俺と優恵は頬を押し付け合いながら、テレビの前に陣取る。ブラウン管越しにアナウンサーが言っていることが、にわかに信じ難い。なんと、戦後ずっと実現できなかった量子情報追跡に成功し、先日、帰還の途についた時空飛翔機の存在関数を割り出したと言うのだ。


「拓人さん、これ、どう言う意味?」優恵が柔らかい頬を、俺に押し付けながら聞いてくる。

「うん、藤宮さんたちの乗った時空飛翔機は破壊されたり分解されて存在が消えたんじゃなくて、どこかの時空にいるらしい。その存在を確認することが出来たって。もしかしたら救出に行けるかもな」俺がそう答えると、優恵が突然こちらを振り向く。その瞬間、優恵の鼻が俺の頬に当たってしまう。いや、唇までもが当たってしまう。


「あわわ…」優恵は真っ赤になりながら、慌てて俺の側から離れた。少し残念だ。

「ずるい…」真後ろからそんな声が聞こえたので振り返ると、今度はもう片方の頬に何かが当たる。伊織だ。と言うか、伊織が俺の頭を抱えて頬に唇を押し付けてますよ!?


「あー!!!!」優恵が慌てて俺と伊織を引き離す。

「拓人さんに対して何やってるのーー!?」優恵が頬を限界にまで膨らませ、伊織に文句を言う。

「や、だったら、優恵たんも」しれっと伊織が答える。

「優恵たん、言うなーーー」


 局地紛争が起きそうな状況になったので、俺は慌てて二人の間に割って入った。

「はいはい、それまで。で、今日は何の用だ? 質問でもできたかい?」俺のそんな言葉に、ポンと手を打つ伊織。

「優恵ちゃんに謝りに来た…。この前は、ごめんなさい…」尖った銀色の大きな耳と、尻尾を垂れ下げながらしょげる伊織。


「この前って、切手のこと?」と、優恵。

「うん。大切な切手を乱暴に扱っちゃって、ごめんなさい…」ますます、しょげ返る伊織。

「あ、もう別にいいよ? こっちこそ、ごめん」優恵のそんな言葉に、ぱぁっと表情を明るくする伊織。

「よかった! 実はね、私も切手を集めようと思って、ストックブックの使い方を教えてもらいたい…」伊織は、おずおずと紺色の表紙のストックブックを優恵に差し出す。優恵はにっこりと笑って、自分の切手についての知識を伊織に話し始めた。


 俺はそっと二人から離れ、窓辺に寄り、空を見上げた。青空に、微かな光ではあるけれども、月が昇っていた。俺はそれを見ながら、藤宮と古賀の次の再会の日について思いを巡らせた。


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