第一章)第三十八話 カブトムシ再び
セレーナが目を醒ましてから、俺達は服屋に向かった。勿論、目が覚めた時のセレーナは《表》人格のほうだ。
「う~ん、これもいいかもしれないな・・・」
・・・もう、かれこれ1時間近くこうしてセレーナは悩んでいる。
女子なんだから、選ぶのに時間がかかるとわかっていても、やはり、待つのは辛い。たまに、
「これ、どう思う?」
などと、試着してきて聞いてくるので、幾分かましなのだろうけど、その度にどこがどう良くてどこがどうダメなのかを細かく指摘してやって疲れる。まあ、セレーナはどんな服を着ても大抵似合うので、ダメなところなんてほとんどというか、皆無といっていいくらいないが。
そんなことをぼんやりと考えながらセレーナの方を見ていると、何やらごつい男がセレーナの方に向かっているのが見えた。よく見てみると、一度新人いびりで俺に絡んできたことのある冒険者だった。勿論締めたが、その後も懲りずに新人いびりを行っていた。まあ、俺が視線を向けるだけで震え上がる程度の三下だけど。
俺は軽くため息をついてから、そのごつい男だけに範囲を限定して、圧縮した殺気をぶつけた。
「ッッッ!!!???」
突然の俺の殺気に、ごつい男は反応し、冷や汗をかきながらまるで機械のようにこっちにギギギギと顔を向ける。そして、その視界に俺を捕らえると、ひぃぃぃぃ、と言いながら逃げて行った。
俺は再度溜息をつき、セレーナの服決めを待った。
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結局、更に30分ほど待たされてからセレーナの服決めは終った。買った服の数は17。余りにも決められないセレーナに俺が「じゃあ、気になるもん全部もってこい」と言って持ってこさせ、全部買ったからだ。合計金額は500G。1G=100円くらいだから、日本円では50000円。こう見ると、めちゃくちゃ高い気がするな。まあ、金に困っていないからこの程度問題ないし、女子なんだからこのくらいは必要なんだろう。ちなみに、セイトは知らないが、この世界の貴族の女子の基準からするとこの量はかなり少ない。しかし、セレーナは下級貴族の下の下なので、この量でも充分多い。したがって、セレーナは、こんなに買っていいの? という顔をしていた。
大量に服を買ったので、俺達は一旦家に戻る事にした。・・・したのだが、それを阻まれた。空から降ってきたカブトムシに。
カブトムシは、怒った様子で(といっても見た目の変化はないが)、声を出す(といっても出してないが)。
『なんで、付いてこないんですかっ!?』
「いや、知りたければ付いて来ればいいといっただけで、別に知りたくなかったら行かなくてもいいんじゃないのかよ?」
『そ、それはそうですが・・・。でも、あのシチュエーションで来ないというのは空気読んでないんじゃないですか!?』
「いや、俺はまあまあ空気が読める」
『返すところ其処ですかっ!?』
「で、何か用か?」
『文の流れ的にわかりますよねっ!?』
「いや、直接言われないとわからないな」
『・・・主のところに来てもらいます』
「だが断る」
『・・・でしょうね』
「ニャーニャーうるせぇんだよ」
『あ、あの、自分、何も言ってませんよ?』
「言ってみただけだ」
『はぁ・・・』
カブトムシは、何やら疲れた様子でため息をつく動作をする。いつも俺がツッコミ側なので、なんとなく新鮮な気がするな。
『・・・もういいです。とりあえず、主に来るつもりはないようですと伝えておきます』
「そうしておいてくれ。あとついでに」
『・・・なんですか?』
「俺達を害さない限り何をしてもいいが―――」
そこで俺は一旦言葉を切り、「でも」と続ける。
「―――俺達に手を出したら遠慮なく潰す。・・・そう伝えておけ」
『・・・分かりました。・・・・・・あなたは、主の正体がわかっているのですね?』
質問ではなく確認。それに対して俺は、
「想像に任せる」
そう言った。
『・・・』
カブトムシは、何とも言えない雰囲気を出しながら、飛び去っていった。それを見た俺は、
「(どうやって屋敷の中に入ってきたのか聞き忘れてたな)」
そう思っていた。
次話投稿は明日か明後日です




