第一章)第二十話 下級魔王
:セレーナ:
目が覚めて、すぐ近くにいた女の子・・・ではなく、男の子。
この人が私をグリフォンから助けてくれたのだろうか?
自己紹介をし、この人が答えてから聞こうと思っていたのだけど、その自己紹介の最中に急に立ち上がった。
なんで急に?
と言おう思って顔を見ると、どうやら何かに警戒しているようだった。
いったん何に警戒しているのだろう?
疑問に思った次の瞬間、凄まじい魔力がこの人の向いている方から感じられた。慌てて立ち上がり、私も同じように警戒する。
そして、およそ10秒後、
「あ゛ぁ゛?あんな巫山戯た魔力、てっきり上位魔王か悪魔かと思ったから、挨拶しとこうと思ったに、来てみればただの人間かよ?つーかさっきの巫山戯た魔力、お前だよなぁ?」
姿を現したのは、見た目だけなら人だった。でも、そんなことはありえない。あんな禍々しい力を纏う者が人のはずがない。
「おい、聞いてんのか?そっちの女だよ」
そう言って、こっちの方を見てくる。いや、元々こっちの方を向いていたようだから見ていた、かな。
でもなんで私の方なんだろ?どう考えても、この人の方が魔力なら上なのに。
「おいおいだんまりかよ。つーか、状況がよくわかってない感じか?魔力はちゃんと感じられているくせに恐怖しないっつーのは大抵、状況がわかっていないか、自分が相手よりも上位の者だと思っているのかのどっちかだしな」
言われてみて気付いた。
私は状況を正しく理解している。
相手は単体で国を滅ぼすという『魔人』の上位種である『魔王』。その異質な魔力が何よりの証拠だ。そして『魔王』や『魔人』というのは、例外もいるが、人を殺すことに躊躇しない。私たちが害虫駆除することと同じ感覚で人を殺す。そこにいるだけで殺される危険性がある。だから、『魔王』と会ったら死を覚悟しなければいけない。
だというのに、何故か、私は恐怖なんて全く感じていなかった。
その時、私は、自分が何か得体の知れないもののように思えて、急に怖くなった。
「やっと、状況が読み込めたってかぁ?」
私の表情を見た魔王が勘違いして、おぞましい笑みを浮かべる。
そして次の瞬間、私は体と心が切り離されるような気にような感覚に襲われた。
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:セイト:
目の前の魔王。
しかし、その目は俺ではなく俺の隣の少女の方に向けられていた。
「おいおいだんまりかよ。つーか、状況がよくわかってない感じか?魔力はちゃんと感じられているくせに恐怖しないっつーのは大抵、状況がわかっていないか、自分が相手よりも上位の者だと思っているのかのどっちかだしな」
いや、違う。恐らく、この少女は無意識のうちに相手が自分よりも下だという事を分かっているから恐怖を感じていないだけだ。事実、単体で上位の魔王と拮抗、場合によっては上級魔王以上の力を持つLランクを倒した奴が、口ぶりからして下位の魔王相手に負けるはずがない。そして、今、顔をこわばらせたのは、恐怖していないことに気ずき、自分自身が何者なのか考えるのが怖くなったからだ。
「やっと、状況が読み込めたってかぁ?」
その表情を見た魔王が見当違いのことを言った。
その直後だった。
少女の目の色が変わった。
雰囲気的にも、物理的にも。
『黙りなさい、下級魔王』
最初、その言葉が隣の少女から放たれたものだとは思えなかった。声色は同じでも、その声の温度が違いすぎた。翡翠を思わせる翠色の瞳を持っていた少女は春のような暖かさと言えばいいのだろうか?そんな感じの声だった。
しかし、翡翠を思わせる瞳を血に濡れたように赤く染めた今の彼女の声色には、真冬の雪山のような冷たさがあった。
「ひ、ひい・・・」
魔王が突然悲鳴を上げた。
理由は単純。
数千を超える氷の槍が、魔力の反応も感じさせずに、出現していたのだ。
俺も驚いた。そして、同時に納得できないことがあった。
魔法感知に対しても結構な腕があると自負できる俺ですら全くわからなかった魔法行使。確かに強力だが、最初に会った時に感じた絶対強者のような力ではない。正直、この程度なら俺でも勝てる。しかし、力を隠しているという感じでもない。
「(なら、あの時に感じた感覚は一体なんだったのだろうな?)」
疑問はあったが、それを考える前に状況が変化した。
「・・・ひゃ、ひゃぁ・・・」
魔王にしては、情けない声を上げてそのまま気を失ってしまった。
それを見た少女は、氷の槍を消してこちらを向いてきた。
『これ、どうすればいいかしら?』
いや、聞かれても困るがな。




