表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アキドル!  作者: パンケーキ
1章
2/15

1章①

 アキバのはずれにある老舗喫茶『純風』。

 突然の店長の呼び出しで慌てて店に来た俺と明。店長は「店を閉める」とか言い出した。

 いきなり最終回とか、マジで勘弁してほしいんだけど……。

「―――この店を閉めることにしました」


 たった一言。

 店長が口にしたその一言で、店内の空気が一瞬にして凍りついた。


 よかった……。

 どうやら、メイド服を着る羽目にならずに済みそうだ。

 ……。

 いやいや、そうじゃないだろ俺!

 何だこれは。新手のギャグか?

 それとも悪質なブラックジョークなのか?

 何とも言えない微妙な空気が俺たちの周りを漂う。

 おそらく、みんなは今こう思ってるに違いない。


 ああ……、また(店長の)悪ふざけが始まったよ。


 そうか、わかったぞ!

 店長はきっと、誰かがつっこんでもらいたくて、こんな質の悪い冗談を言ったに違いない。

 ならばこの俺、相模晶がその期待に応えてやる。

 やるぜ、俺!

 周りが止めろと言っても、俺はやるぞ!


「はい店長!」

「なに?」

「いくらなんでも、アキバでメイドカフェをやるのは、今さらって気がするんだけど……」

「晶君、あなた耳鼻科にでも行った方がいいんじゃない?」


 店長、そん哀れむような目で俺を見るのはやめてください。


「もう一度言うわね。この店、閉めることにしたから」


 なんだ、そういうことか。

 店を閉めるというのは、店を畳むという意味だったのか!

 店長も人が悪いな。

 店を畳むなら畳むって言ってくれればいいのに……。

 ……あれ?

 再び、俺たちの周りに何とも言えない微妙な空気が漂い始めた。


「あの、店長。それって、『純風』を辞めるってことでしょうか?」


 沈黙を破り最初に尋ねたのは、隣に座っていた明だ。


「そうよ。この店、辞める、OK?」


 いやいや、ちょっと待て!

 この店、辞める、OK?

 じゃないだろ!

 まるで打ち切り漫画の最終回みたいな展開じゃないか。


「いつもの冗談ではなくて、本当にこの店を辞めるんですか?」


 明の隣に座っていた葉西はさい 灯里あかり先輩が店長に問い質した。


「いつもの冗談じゃなくて、本当にこの店を辞めることにしました」


 俺たちの再三再四に渡る質問に、店長は嫌な顔一つ見せず答える。


「そ、そんなの納得できません!」


 明はテーブルを手で叩きながら、勢いよく立ち上がった。

 心底納得いかない顔をして、明は店長の顔を真っ直ぐに見る。


「どうしてですか?何か理由があるんですか?」

「あるわよ」

「じゃあ、教えてください。私たちには理由を聞く権利があると思います」

「もちろんよ。もっとも、そのためにみんなをここに集めたんだから」


 そう言って、店長は俺たち一望する。

 俺たちは店長の次の言葉を、固唾を飲んで見守った。

 しばらく間を置いた後、店長はゆっくりと口を開いた。


「実は先月の末に、このビルのオーナーが亡くなられたのよ」


 店長の言葉に、俺たち一同に衝撃が走った。


「え、ビルのオーナーが亡くなったんですか?」

「ええ、そうよ」

「このビルのオーナーって、店長じゃなかったんですか?」

「あたしがこのビルのオーナー、だなんて一言も言ってないわよ」


 確かに、俺の知る限り店長は『自分がこのビルのオーナーである』なんてことは一度も言っていない。

 しかし、店長はこのビルの4階に住んでいて、俺はこのビルのオーナーが店長だと一方的に思い込んでいた。

 一条第二ビルは1階が喫茶店『純風』、2階は『純風』の事務所と更衣室が入っている。

 そして、4階は店長の自宅となっているのだ。

 3階にも人が住んでいるようだが、どんな人が住んでいるのか俺も明もよくは知らない。

 以前、興味半分で店長に尋ねたことがあった。

 

――3階の住民?あいつなら、いまは当てのない旅の最中よ。帰ってくるのはいつになるのかしらね――


 どこまでが本当なのかまったくわからない、曖昧な答えが返ってきた。

 店長の口ぶりからして、何年もこのビルに帰ってきていないらしい。

 間違って旅先で不幸な目に遭って帰れなくなったというオチじゃなければいいのだが……。

 って、今は生きてるかどうかすら定かではない3階の住民のことはどうでもいいとする。


「『純風』はね、元々はこのビルのオーナーが経営していたの。それを私がオーナーに代わって引き継いだのよ。

私にとってオーナーは恩人と言ってもいいわね」


 店長はひどく懐かしむような顔で話し続ける。


「そのオーナーが亡くなったとき、あたしは色々と考えたわ。このまま『純風』を続けるべきなのか、それとも辞めるべきなのか……」

「でしたら、亡くなったオーナーのためにも、この店は続けていくべきではないんですか?」

「そうね。確かに、明ちゃんの言う通りだわ……」

「だったら……」

「でもね、もう決めたの。この店は、もう辞めようって……」

「そ、そんな……そんなの一方的です!」


 店長の言葉に、明は振り絞るような声で言った。


「ま、仕方がないんじゃない?純ちゃんがそう決めたんだから」


 テーブルの反対側に座り、黙々とゲームをしていた番田ばんだ 結城ゆうきが、素っ気ない調子で言い放つ。

 そんな番田に明は憤怒の眼差しを向けた。

 こいつ、店を一大事ってときによくゲームなんかできるな。

 思わず感心して……って、するわけないだろ!

 つうかミーティングに参加しろよ。


「結城。あんたなにミーティング中にゲームなんかしてるのよ」

「別にいいじゃん。一応、ミーティングには参加しているわよ」

「結城はこの店で一番の古株でしょ?このまま『純風』が無くなってもいいって言うの?」

「あたしは純ちゃんの決定に従うよ。純ちゃんが考えた末に決めたことなんだし、反対なんて、できるわけないじゃない」


 表情一つ変えず、実に番田らしいドライな答えが返ってきた。


「じゃ、じゃあ小夜はどうなの!」



 明は番田の隣に座っている原垣内はらごうち 小夜さやに問い掛ける。


「……。」


 原垣内は顔を少しだけ傾ける。動きにあわせて、黒髪のツインテ―ルが少しだけ揺れた。

 相変わらず何を考えているのか、まったくわからない奴だ。

 原垣内はさっきから表情一つ変えずに、明と店長のやり取りをじっと見ている。

 番田と違ってミーティングには参加しているらしい。

 こいつも明や番田に負けず劣らず灰汁の強いキャラだよな。


「……困るけど、結城と同じ、かな?」


 原垣内は無表情のまま、小さな口を開いた。


「だって、この店が無くなっちゃうんだよ?!小夜は嫌じゃないの?」

「……嫌だ。でも、新しいバイト、探さないと」


 ……ダメだ、こいつ。

 原垣内の頭の中は、すでに次のバイト探しに移っているようだ。

 というか、明。

 番田と原垣内に同意を求めること自体、間違っていると俺は思うぞ。


「晶、あんたはどうなの?」

「俺?」

「そうよ。あんたはどう思ってるの」

「そうだな……」


 目を細め、両手を組んで考える。

 明には悪いが、俺も原垣内や番田と同じ気持ちだったりする。

 でも、やっぱりこの店が無くなるのは少し淋しいな。

 何だかんだで、俺には小さい頃からこの店で過ごした思い出があるからな……。


「俺は明と同じ気持ちだよ。いくら仕方がないとはいえ、あまりにも急すぎる話だと思う」

「わ、私もです」


 もう一人。

 意見を述べず、俺たちのやり取りをじっと見守っていた灯里先輩が口を開いた。


「私も晶君や明ちゃんと同じ気持ちです。店長、考え直すことはできないですか?」


 さすがは灯里先輩。持つべきものは心優しき先輩である。

 (明と違って)優しいし、(秋星と違って)頭もいいし、(秋星明と違って)包容力があるし……。

 俺、灯里先輩に一生ついていきます!(ヒモ的な意味で)


「別に今すぐ店を閉めるわけじゃないわ。店は8月いっぱいまで営業するつもりよ」


 ということは、夏休みいっぱいはこの店で働けるのか。

 それなら、別に急な話というわけじゃないな。


「でも、店長はもうこの店を続けていく気はなくなったんですか?」

「……まあ、そういうことになるわね。とりあえず、店を閉めて気ままな余生でも送ろうと思ってるわ」

「余生って、店長はまださんじゅ……」

「晶君、その間抜けな顔を潰れたトマトみたいしてほしいの?もし嫌ならでしゃばった口は閉じておいてくれる?」


 ハイ、ワカリマシタ。

 店長は引き裂くような鋭い眼光に、背筋がぞっと震えた。

 これ以上の失言は、俺の生命に関わるので自重しよう。


「こんな大事なこと、みんなに相談せずに決めて申し訳ないと思ってるわ。ごめんなさい」

「それでも、それでもわた――っ!」


 私はこの店を続けてほしいと。

 きっと、明はそう言いたかったに違いない。

 しかし、今の店長を前にして、誰もが言葉を失っていた。

 横暴で、滅茶苦茶で、性悪で、いつも冗談半分で、何を考えているのかわからない、あの店長が俺たちに向かって深々と頭を下げている。

 ゲームに夢中だった番田の手が止まっている。

 いつも無表情の原垣内の顔が、少しだけ驚いているように見える。

 明も、灯里先輩も、そして俺も……。

 店長を前にして、誰も、何も言うことはできなかった。


「でもね、これだけはわかってほしいの」


 店長はゆっくりと顔をあげた。


「もうこれ以上、この『純風』を続けていく意味がない、それが私の気持ちなのよ……」


 その顔はどこか清々しさと悲しさを秘めた顔だった。


「というわけで、あと2か月ぐらいになるけどみんなよろしくね」


 店長はそう言って優しく微笑んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ