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アキドル!  作者: パンケーキ
1章
14/15

1章LAST

 剛で夕食を済ませた後、俺たちはその場で解散となった。

 俺はコンビニで適当に時間を潰してから帰路に向かい、家に着いたときにはすでに21時を過ぎていた。


「ただいま」


 玄関と居間は真っ暗で静寂に包まれている。

 姉ちゃんの部屋を覗くともぬけの殻だった。

 なんだ、まだ帰ってきてないのか……。

 姉ちゃんのことだから、大方、外の仕事が長引いてるのだろう。

 家の中には俺一人だと気づいたところで、俺は自分の部屋へ戻った。

 部屋に入ってから鞄を床に置き、パソコンの電源を入れる。

 ブラウザを起動して「どこアキ放送局」のサイトを開くと、パソコンのスピーカーからBGMと声が流れ始めた。


―みなさん、こんにちは!アキバのホットでスパイスな情報を発信するインターネットラジオ、「どこアキ放送局」の時間がやってきました。DJは私、宮坂と―

―鴨下がお送りいたします♪―


 制服を脱ぎ捨ててからベッドにどっと倒れこむ。

 適度な疲労とひんやりとしたベッドの感触が混じり合って、とても心地よい。

 今日は色々なことがあって疲れた……。

 このまま眠ってしまいそうだ……。


―今日は前回に引き続き、アキバ系アイドルの特集をやっていきたいと思います―

―宮坂さん、今日はなんと素敵なゲストをお招きしました―

―素敵なゲストですか? 一体、誰なのですか?―


 PLLLLL!! PLLLLL!!

 瞳を閉じたままラジオに耳を傾けていると、不意に居間の方から電話の呼出音が鳴り響いてきた。

 こんなに時間に誰だよ……。

 面倒くさいを思いつつ、ゆっくりと体を起こしてから居間に向かい、明かり電話の受話器を取った。


「もしもし?」


―あ、晶君? こんばんは、明の母です―


 電話の相手は明のおばさんからだった。


「あ、おばさんですか? ご無沙汰です」


―夜分遅くにごめんなさいね。晶君、そっちに明が行ってないかしら?―


「明ですか? バイトの帰りにみんなと一緒に食事した後、店の前で別れたのでウチには来てないですよ」


―そうなの?―


「明に何かあったんですか?」


―あの子、まだ家に戻ってきてないのよ。ケータイにも出てくれないし……。晶君、何か心当たりはないかしら?―


「いえ、特に心当たりは……」


―そう。ごめんなさいね、夜分遅くに電話しちゃって―


「いえ、気にしないでください」


―それじゃあ、お姉さんにもよろしくね―


 明のおばさんは申し訳なさそうに言った後、そのまま電話を切った。

 明の奴、家に帰らないで何やってるんだよ……。

 居間の灯りをつけて時計を確認する。

 時計はもう少しで22時に指そうとしている。

 学生が外を出歩くには遅い時間だ。

 下手をすれば警察に補導されてもおかしくはない。

 まったく、おばさんに心配をかけるなよな……。

 やれやれとため息をついてから、自分の部屋に戻り脱ぎ捨てた制服を再び身に着けながら玄関へ向かった。


「ただいまー」


 玄関に腰かけて靴に履きかえたところで、タイミングよく姉ちゃんが帰ってきた。


「晶、こんな時間に外へ行くつもり?」


 ビシッとスーツを着こなした姉ちゃんが眉を寄せながら訊いてきた。


「ちょっとコンビニまで」

「コンビニ? もう遅いんだし、明日にしなさいよ」

「買うもの買ったらすぐに戻るから」


 姉ちゃんが止めるのも聞かずに、俺は家を出て行った。

 外へ出ると生暖かい夜風がさっと頬を撫でる。

 さてと……とりあえず、明の行きそうな場所を片っ端から探してみるかな。

 俺はアキバの駅に向かって歩き始めた。



 ♪ ♪ ♪



「おかしいな……。アイツ、どこ行ったんだよ」


 神田明神を出て本郷通りからお茶の水方面へ向かって歩きながら、俺は途方に暮れていた。

 駅中央改札口近くにあるファーストフードや高架脇の中古本販売店、駅前のゲーセンや中央通りにあるカラオケショップ。

 芳林公園や神田明神まで足を運んでみたけど、明を見つけることはできなかった。

 あと、考えられるとしたら蔵前橋通りの方だな……。

 色々と歩き回ったせいで喉が渇いてきた。

 探しに行く前に、何か冷たい飲み物でも買っていこう。

 本郷通りの坂を上り、湯島聖堂前の交差点にあるコンビニへ入ってスポーツドリンクを購入した。

 コンビニを出た後、公園で一休みしようと、横断歩道を渡りお茶の水公園に入った。

 公園内には灯りが入り口と真ん中の二か所しかないため薄暗かった。

 遠くから総武線か中央線が走る音が微かに聴こえてくる。

 園内の端に設置されているベンチに腰掛けようとしたところで人の気配を感じた。

 目を凝らして人の気配がする方を見る。


 あれ、あの白と赤のラインが入った紺のジャージって……うちの高校のジャージだよな?


 公園内にいたのは、一葉高校のジャージを着た女の子だった。

 こんな時間にうちの高校の生徒がいるなんて……。

 暗くて顔がよく見えないので、見える位置まで近づく。

 ジャージのせいで体つきはよくわからないけど、髪は背中にかかるくらいの長さだ。

 女の子はリズムを取りながらぎこちない足取りでステップを踏んでいる。

 女の子の動きにあわせて長い黒髪が月の灯りに照らされてうっすらと輝いた。


「次に、ここでくるりとターンをしてからかっこよくポーズを……」


 左足を軸にしてターンを決めようとしたところ、


「って、きゃあっ!!」


 足がもつれてしまい、そのままバランスを崩して尻餅をついた。


「イタタタタ……また失敗しちゃった。まだお姉ちゃんみたいにうまく出来ないな……」


 ちょっと待て、その声ってまさか――。


「お、お前、ひょっとして明か?」


 恐る恐る尋ねると、女の子は俺の方を振り向き目を細めた。


「その声、ひょっとして晶?」


 尻餅をついた女の子の正体は明だった。

 いつものおだんご頭ではなく、髪を下ろしてメガネも外していたから、声を聞くまで明だと気付かなかった。


「どうして晶がここにいるの?」

「お前のことを探していたんだよ」


 倒れこんだ明に手を差し伸べる。

 明は俺の手を掴んで立ち上がると、ジャージについた砂埃をぽんぽんと叩いた。


「私を? どうして?」

「おばさんから電話があって、お前が帰ってこないって酷く心配をしてたから」

「心配って……あれ、いま何時?」

「22時だよ」


 今の時間を告げると、明は半信半疑な様子で鞄からケータイを取り出して時間を確認すると、


「ウソ、もうこんな時間なの?」


 しまったという顔をした。


「れ、練習に夢中でこんな時間だったなんて全く気づかなかった」

「練習って、お前まさか……」

「うん。アキドルGPに向けてダンスの練習をしてたの」


 けろっとした表情であっさりと白状した。

 明は鞄からタオルを取り出して水飲みばで顔を洗い始める。


「練習、いつから始めてたんだよ」


 ベンチに座りながら尋ねると、


「アキドルGPに出ようって決めたときからね」


 と明るい声で答えてから、明はタオルで顔を拭きながら俺の隣に腰かけた。

 横目で明の顔をちらりと見る。

 明は瞳を閉じたまま、何かを待っているかのようにじっとしていた。

 人気のない公園の中、俺と明の二人のみ。

 公園内に夜風が吹き抜ける。

 夜風に木々が煽られ、月に照らされた明の髪がさらりとなびいた。

 そういえば、明の素顔を見るのは何年振りだろう……。

 何年かぶりに見る明の素顔は、どことなくゆい姉ちゃんの面影を感じた。


「どうかした?」


 明は俺の視線に気づき、曇りのない真っ直ぐな瞳を向けてきた。

 その真っ直ぐな瞳に、思わず胸に杭を打ち込まれたような鈍い痛みが走る。

 何となく居た堪れなくなった俺は、その痛みを誤魔化そうと口を開いた。

 

「な、なあ、明。一つ訊いてもいいか?」

「何が?」

「お前、何でそこまで必死になって純風を守ろうとするんだよ」


 明は何も答えずに、視線を地面に落とした。

 いや、答えたくなかったのかもしれない。


「ひょっとして、お前が純風に拘るのって……ゆい姉ちゃんのため、だったりするのか?」


 おずおずと俺が口にした瞬間、明の瞳が揺れ動いた。


「……そうかもしれない」


 明は顔を伏せたまま、静かに告げた。

 そうだよな……。

 コイツが懸命になって純風を守ろうとするのは、ゆい姉ちゃんの思い出があるからなんだ。

 でなければ、『アイドルをやろう』なんて、明は絶対に口にはしないはずだ。


「ほら」

「つめたっ!」


 俺は持っていたスポーツドリンクを明の頬にあてると、明は驚いた表情で飛び退く。


「きゅ、急に何するのよ!」


 明は憤った表情で睨みつけてきた。


「汗かいてるんだから、ちゃんと水分補給をしておけ。あと、おばさんには俺から連絡しておくからな」

「う、うん……」


 明は勢いを削がれたような顔をしながら、差し出したペットボトルを受け取った。


「練習が終わるまで、俺はコンビニで時間を潰してるから。終わったらコンビニに来いよ」

「え、いいよ。もう遅いんだし、晶は先に帰っててよ」

「お前一人置いて帰れるわけないだろ? もう遅いんだし、適当なところで練習を切り上げるよ」


 俺は一方的に告げると、踝を返して公園の入り口へと向かった。


「あ、晶!」


 明に呼ばれて肩越しに振り返る。

 明は少し躊躇った表情を見せた後、


「心配かけて、ごめんね……。あと、ジュースありがとう」


 と言って申し訳なさそうな顔をしつつも微笑んで見せた。


「頑張れよ、明」

「うん」


 お茶の水公園を出たところで、何気なく空を見上げる。

 星の少ない東京の空に、僅かに見える小さな星たちが微かな光を放っている。

 その中の星一つが、ほん一瞬だけ強く輝いた気がした。

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