1章⑫
中央通りの交差点を渡ってから、住吉センタービルの脇を抜けて、ジャンク通りに入る。
ジャンク通りはいつもと変わらぬ賑わいを見せており、パーツショップの前には多くの人が店頭に貼ってあるPOPを見上げている。
バイトまで時間があるので、できれば俺も足を止めて見ていきたい。
「晶、なにダラダラと走ってるのよ。早く純風に行くわよ」
俺の前を走る明が急かしてきた。
「おい、なんでそんなに急いでいるんだよ」
「着いたら教えてあげるから、今は黙ってついて来なさい」
黙ってついて来いって……。
明の奴、いったいどうしたというのだ。
学校が終わった後、何やら慌てた様子で俺の席まで来たと思ったら、今すぐ純風に行こうと言ってきた。
バイトまでジャンク通りで適当に時間を潰そうと考えていたのに、俺の有意義な時間は明によって奪われてしまった。
後ろ髪をひかれる思いでパーツショップの前を足早に通り過ぎ、ジャンク通り抜けて一条第二ビルに辿り着くと、明は純風の入り口のドアを勢いよく開けて店の中へ飛び込んだ。
「いらっしゃいま、って明ちゃんに晶君じゃない」
カウンターの中にいた灯里先輩が目を丸くしながら肩で息をしている俺たちを見た。
学校からここまで走り続けたせいで、全身から汗があふれ出てきそうだ。
「あ、灯里……お、お水、もらえる?」
「う、うん」
明は肩で大きく息をしながら、灯里先輩に水を催促する。
灯里先輩はグラスに水を入れて持ってくると、俺たちは水の入ったグラスを受け取って一気に飲み干した。
「二人とも、そんなに慌ててどうしたの?」
「楓ちゃん、お店に来てない?」
「楓ちゃん? まだお店には来てないけど、明ちゃんは会う約束でもしたの?」
「別に会う約束はしてないけど、楓ちゃんが、来てないかなって」
「楓ちゃんなら、今日はシフトが入ってないから来ないと思うけど……」
「え、そ、そうなの?」
明は勢いを削がれた様に呆然とした。
おいおい……。
いったい俺は何のために走らされたんだよ……。
一条さんが純風に来るのかぐらい、きちんと確認しておけよな。
「まったく、残念で仕方がないよ。せっかく一条さんに会いに来たのに、まさか休みだったとは……」
「でも、多田野君。一条さんには会えなかったのは残念だったけど、ここのコーヒーはなかなかイケると思わない?」
「そうだね、太田君。@M@IDのコーヒーと比べてずっと美味しいね」
カウンター席から聞き覚えのある声が飛んできた。
誰かと思いカウンターの方を振り向く。
「やあ、君たち」
カウンター席に座っていた二人組の客が、カップを片手にこちらへ振り返った。
一条さんを隠し撮りして小遣い稼ぎをしていたあの二人がカウンター席に座っていた。
確か、メガネをかけている方が多田野って名前で、太っちょの方が太田って名前だったはず。
「ちょっと、何であなたたちがこの店に来ているのよ」
明は非難混じりの声を上げながらカウンター席に座っている二人を指差した。
「失礼だな。僕たちがこの店にいたらいけないのかい?」
「そうだよ。僕たちは客だぞ」
「当たり前よ。まさかひょっとして……また一条さんの写真を撮ってアイドルショップに売りつけようとか思っているんじゃないわよね?」
「し、失敬な! 僕たちはただ純粋に一条さんに会いたくてこの店に来たんだよ!」
「そ、そうだよ! 僕たちが客として来たんだからいいじゃないか!」
明の厳しい指摘に対して、二人は苦し紛れの言い訳をする。
「それで、今度は客として堂々と一条さんを撮りたいと?」
「だから、違うと言ってるじゃないか!」
「お願いだから信じてよ!」
「明ちゃん、二人はちゃんとお客さんとして来ているから大丈夫だよ。それに、昨日は店長にあんだけ怒られたんだもん。もう隠し撮りなんてしない絶対にしないと思うよ」
「ま、まあ、灯里がそういうなら……」
明は灯里先輩に宥められると、口を尖らせながらも渋々と納得した。
「ところで、明ちゃん。楓ちゃんがどうかしたの?」
「そうだった。実は私、まだ楓ちゃんにあの話をしてなかったのを思い出したのよ」
明は思い出したように両手をぽんと叩いた。
「あの話、ですか? いったい何のお話でしょう」
今度は俺と明の後ろから声が飛んできた。
後ろを振り返ると、入り口のドアの前に私服姿の一条さんが立っていた。
「みなさん、こんにちは」
「い、一条さんキター!」
「め、女神降臨!」
一条さんがふんわりとした笑顔を向けると、カウンター席に座っていた二人は勢いよく立ち上がると興奮気味に声をあげた。
「あら? 確かあなたたちは……」
「た、多田野です!」
「お、太田です!」
「そうそう、多田野さんと太田さんでしたね」
一条さんは両手をぽんと叩くと、もったいないくらいの笑みを向けながら挨拶を交わした。
「あれ、楓ちゃんはどうしてお店に?」
「私ですか? 実は中央通りにあるアニメショップで読みたかったマンガを購入したのです。それで、お茶でも飲みながら純風で読もうと思って、ここに来ちゃいました」
一条さんは笑みを浮かべながら、中央通りにあるアニメショップのロゴが入った紙袋を見せた。
ああ、なるほど。
マンガを読むついでにお茶でも飲もうと思って、一条さんは純風に来たということか。
「それで、明さん。私に話したいことって何でしょうか?」
「一条さん、グッドタイミングよ!」
何がグッドタイミングなのか知らないが、明は一条さんの肩を逃がさないと言わんばかりにがしっと掴んだ。
「グ、グッドタイミング、なんですか?」
「楓ちゃん!」
「は、はい」
「私と……」
「わ、私と?」
「私と一緒に、アキドルGPに出場しよ!」
一条さんに告げた瞬間、店内は水を打ったように静まり返った。
「ア、アキドルGPに、ですか?」
「うん!」
「お、お前……まさか、それを言うためにわざわざ……」
「だって、まだ一条さんにはアキドルGPの話をしていなかったもん」
いなかったもん、ってお前な……。
そういえば、一条さんは明がアキドルGPに出ようとしていることを知らないんだったな。
「アキドルGPって、確か相模さんのお姉様がおっしゃっていたアキバ系アイドルのグランプリのことですよね?」
「たぶん、そのアキドルGPのことだと思う」
「でも、明さんはどうしてアキドルGPに?」
一条さんは困惑した表情を尋ねると、
「決まってるじゃない。純風を盛り上げるためよ!」
明は真っ直ぐな瞳を向けながらきっぱりと言い放った。
「で、どうかな? 一条さん、可愛いからアイドルに向いてると思う」
「確かに、地味なお前と比べると、一条さんの方が可愛いよな。それに、ルックスだけじゃなくてスタイルも――イデデデデ」
俺の言葉が癪に障ったのか、明は俺の左耳を強く引っ張った。
「聞いたかい、多田野君? あの地味娘ちゃんはアイドルになりたいだけじゃなく、アキドルGPで優勝するって豪語してるよ」
「狂気の沙汰とは、まさにこのことだね。一条さんならともかく、あんな地味な子がアイドルとか……」
「ちょっと、地味娘ちゃんって何よ!」
明はひそひそと話をしている二人に思いっきり睨みつける。
いや、こればかりは二人が言いたくなる気持ちもわからなくないんだけど……。
「一条さん、お願い。私と一緒にアキドルGPに出て!」
一条さんは普段とは打って変わって真剣な表情で耳を傾けた。
あまりに唐突過ぎて、どう答えていいのかわからないようにも見える。
「一条さん、無理なら無理って言った方がいいですよ」
「いいですよ」
「え?」
思わず自分の耳を疑った。
いま、いいですよって言ったよな?
それってつまり――――。
「すごく面白そうじゃないですか。私、ぜひやってみたいです!」
一条さんはやる気満々な表情で言った。
「か、楓ちゃん。本当にいいの?」
「はい。実を言うと私、日曜日のセンタービルで行われた合同ライブを見たときから、アイドルというのをやってみたいなって思ってたんです。こんな機会滅多にないし、純風にお客さんを集めるためならやらない理由なんてないですよ」
どうやら、一条さんは本気でアイドルをやってみたいらしい。
一条さんは明の両手をそっと握りしめると、真っ直ぐな瞳を向けた。
「明さん。私でよろしければ、一緒にアキドルGPに出場しましょう」
「か、楓ちゃん……ありがとう!」
明は嬉しさのあまり、一条さんの体をがしっと抱きしめた。
「め、明さん?!」
いきなり抱き着かれた一条さんは頬を紅く染めた。
「よかったよ。ひょっとしたら、一条さんもダメなんじゃないかなって思ってたから……。だから、凄く嬉しくて」
「訊いたかい、多田野君! 一条さんがアイドルをやるって!」
「一条さんがアイドルをやるなら、僕たちは全力で応援しなければならないね!」
多田野と太田は興奮気味に言った。
「よかったね、明ちゃん」
「うん――ところで灯里、その手に持っているのは何?」
明は灯里先輩の持っているスケッチブック指差した。
「これ? 実は明ちゃんに見てもらいたくて描いてみたんだけど……」
灯里先輩は少し恥ずかしそうな顔をしながら、持っていたスケッチブックを明に手渡した。
明はスケッチブックを受け取ってゆっくりと開いた。
「灯里、これって……」
明はスケッチブックに視線を落としたまま呟く。
俺と一条さんは横からスケッチブックを覗いた。
スケッチブックには色鉛筆で可愛らしい衣装が描かれていた。
何だろう、これ。
次に作るコスプレ衣装か何かかな?
でも、よく見ると純風の制服をアイドルの衣装っぽくアレンジした感じだ。
「純風の制服をね、私なりにアイドルの衣装っぽくアレンジしてみたの。アイドル衣装のデザインなんて初めてだから、可愛く描けてるかどうかわからないけど……」
「でも、どうして灯里が?」
「私もね、アキドルGPに出てみようかなって思って、描いてみたの」
灯里先輩は少し罰が悪そうに苦笑交じり言った。
「で、でも灯里、家の手伝いとかコス作りがあるから、出るのはちょっと難しいって」
「あ、お父さんたちに話したら、お店の宣伝にもなるからやってみろって言ってくれたの。それにね、コス作りもしたいけど、アイドルの衣装作りもやってみたいなって思って、ね。晶君?
何故かわからないけど、灯里先輩は何故か俺の顔を見てウィンクをした。
「というわけで、明ちゃん。私も一条さんと一緒にアキドルGPに出場させてくれるかな?」
「あ、ありがとう、灯里ー!」
明は涙目になりながらも今度は灯里先輩に抱き着いた。
「ありがとう、灯里。持つべきものは親友だよ」
「ちょ、ちょっと明ちゃん。大袈裟だよ」
灯里先輩は戸惑った表情を浮かべた。
「あー、喉が渇いた」
入り口のドアベルが鳴り響くと同時に、番田と原垣内が店にやってきた。
「あ、番田さん、原垣内さん。こんにちは」
一条さんはいつものように二人に向かって頭を下げる。
「一条さんじゃない。あれ、今日ってシフト入ってたっけ?」
「買い物帰りに、遊びに来たところです」
「ふーん。それより、なんで明の奴は灯里に抱き着いているんだ?」
番田は怪訝そうな顔をしながら灯里先輩に抱き着いている明を見た。
「まあ、気にするな。それよりも、原垣内はバイトがあるからいいとして、番田こそどうしたんだよ」
「あたし? あたしは通信広場に行く前に、ここで飲み物を買っておこうと思って寄ったんだよ」
通信広場ってことは、番田の奴、今日は対戦しに行くつもりだったのか。
「ちょっとうるさいわよ。いったい、何があったの?」
番田と原垣内に続いて、今度は店長が顔をしかめながら店の中へ入ってきた。
「こんにちは、店長」
「お疲れ様です」
「あら? 今日は揃いも揃って、何かあったの?」
店長は俺たちの顔を見まわした。
「店長!」
いつの間にか灯里先輩から離れた明は、店長の前に出た。
「明ちゃん、どうかした?」
「店長、アキドルGPに出場するには最低でも3人以上のメンバーを集めろって言いましたよね?」
「ええ、言ったけど……。まさか、本当にメンバーを集めたの?」
「はい!」
店長の問いに、明は力強く頷いた。
「私と灯里、あと楓ちゃんの3人でアキドルGPに出ます。ですから、アキドルGPの出場を認めてくれますか?」
「2人とも、明ちゃんは出るって言ってるけど、それでいいの?」
「はい、もちろんです」
「店長さん、よろしくお願いします」
店長は眉を潜めながら顎に手をあてて考え込む。
しばらくすると、店長はふっと表情を和らげてから、
「わかったわ。メンバーが集まったのなら反対する理由はないわよね」
と笑顔で言った。
「ほ、本当ですか?」
「その代わり、中途半端は絶対に許さないわよ。やるからには悔いの無い様、全力でやりなさい」
「もちろんです!」
「よかったね、明ちゃん」
「うん」
店長は明たちを満足げな表情で見ると、番田と原垣内の方に振り返る。
「ところで、二人は出場しないの?」
「何よ、店長。まさか、明たちと一緒に出場しろって言うつもり?」
番田はあからさまに嫌そうな顔をしながら訊き返すと、
「何か面白くなってきたみたいだし、やってみてもいいんじゃない?」
と言って、店長は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「イヤだよ。アイドルなんて面倒くさいし、あたしの性にあわないでしょうが」
「確かに、結城がアイドルなんてガラじゃないけど、あんただって女の子なんだし、いいんじゃない?」
「そ、そんなくだらない理由で、あたしにアイドルをやらせるつもりなの?!」
番田は心底嫌そうな顔をした。
「じゃあ、店長命令よ。結城、あんたも一緒にアキドルGPに出なさい」
「ず、ずるいぞ店長!」
「別に良いでしょ。それに、結城がアイドルをやってるってアイツが知ったら、戻って来るかもしれないわよ?」
「もう、わかったわよ! 出ればいいんでしょ、出れば!」
番田は諦めて観念したのか、喚き散らすように言った。
「小夜ちゃんも、それでいいかしら?」
原垣内の方へ向き直りながら訊くと、原垣内は口を動かさず静かに頷いた。
「恥ずかしいけど、店長命令なら……」
原垣内は無表情のまま小さく呟いた。
明が何度言っても首を縦に振らなかった二人が、まさか店長の一声で参加することになるとは……。
「というわけで、決まりね」
「結城、小夜ちゃん……」
「言っとくけど、練習は1日1時間のみ。それ以上は絶対に付き合わないからな!」
番田は不機嫌な態度で告げると、ぷいっとそっぽを向いた。
「結城も、小夜ちゃんも、一緒に頑張ろうね」
感極まった明が瞳の端に涙を溜めながらお礼の言葉を口にする。
「多田野君、何か面白いことになってきたと思わないかい?!」
「新しいアイドルの誕生を間近で拝めるなんて、最高じゃないか!」
多田野が興奮気味に言うと、太田は鼻息を鳴らした。
まさか本当にアキドルGPに出場することになるなんてな……。
やれやれとため息をつく。
でも、何故だろう?
いきなりの急展開に呆れつつも、何故か俺は心の奥底から気持ちが高ぶっていくのを感じた。
♪ ♪ ♪
「ここが相模さんがのおっしゃっていた美味しいラーメンのお店なんですね」
一条さんは興味津々な顔をしながら、店内をきょろきょろと見回した。
バイトが終わった後、外で夕食を済ませようと思っていた俺は、明たちを誘って『剛』に来た。
今回は外のカウンター席が空いていたので、俺たちは外のカウンターに並んで座った。
やっぱり、外の方が開放感があっていい。
……冬に座るとすごく寒いけどね。
「私、相模さんが連れて来てくれるのを心待ちにしていたんですよ」
どうやら、以前、俺と交わしたしっかりと覚えていたようだ。
「そういえば、灯里先輩。一緒に夕食を済ませちゃってよかったんですか?」
俺や明はともかく、灯里先輩は家の手伝いとか弟たちがお腹を空かせて待っているかもしれない。
「うん、お父さんたちには今日、外で済ませてくるってメールしておいたから、大丈夫だよ」
灯里先輩は微笑んでみせた。
そういうことなら問題はないな。
「そんなことより、親方が待っているんだから早く注文するわよ」
親方は注文票を片手に無愛想な表情でで俺たちが決めるのを待っていた。
おっと、そうだった。早く注文しないと。
「一条さんは何を注文する?」
「どれも美味しそうですね――。相模さん、何かオススメってありますか?」
一条さんは、写真付きのメニューをいつになく真剣な面持ちで見ながら訊いてきた。
「だったら豚骨がいいよ。何と言っても、剛の豚骨はアキバで一番おいしいから」
「そうなんですか? でしたら、豚骨を頼んでみようかしら」
「なに言ってるのよ。剛で一番おいしいのは味噌よ。一条さん、豚骨よりも味噌の方が美味しいから、味噌にするといいわよ」
一条さんに豚骨を奨めた途端、明が遮るように口を挟んできた。
「味噌ですか? 味噌も美味しそうですね」
「お前は余計な口をはさむな。それに、剛で一番おいしいのは味噌じゃなくて、豚骨だからな」
「違うわよ。剛で一番おいしいのは味噌よ」
俺と明は一条さんを挟んで睨みあい、見えない火花をまき散らした。
「豚骨だよ」
「味噌よ」
「豚骨!」
「味噌!」
このままだと埒が明かないので、一条さんにスパっと決めてもらうしかない。
「「で、一条さん(楓さん)はどっち?!」」
「どちらも捨てがたいんですけど……決めました! 私、つけ麺にしますね!」
な、なん……だと!
まさかの予想外。
一条さんが選んだのは、豚骨、味噌に次ぐ人気メニューのつけ麺だった。。
「予想外だったわ。まさか、つけ麺を選ぶなんて……」
俺と明はがっくりと肩を落とした。
「灯里さんはいつも、何を頼むのでしょうか?」
「私はいつもつけ麺だよ。ここのつけ麺は美味しいからね」
親方は全員の注文を受けた後、無言のまま店内へ戻って行った。
「さて、明日から色々と忙しくなるから、しっかりお腹を満たしておかないと」
「忙しくなるって、何がだよ」
「あんたね、アキドルGPに出場するって決まったんだから、そのための準備に決まってるでしょ」
明は俺の顔を見て呆れた声で言った。
「ああ、そういうことか。」でも、準備と言っても、何を準備するんだよ」
「そうね……まずは何と言っても、歌と振り付けの練習かしらね。衣装だってつくらないといけないし、宣伝だってしないと……」
明は一つ一つ指を折りながら挙げていく。
歌も振り付けもこれからってなると、これは相当大変な作業になりそうだぞ。
よくよく考えてみると、俺たちはまだスタートラインにすら立っていない状態だ。
そんな俺たちが、去年出場したアイドルグループやあの「@LICE」と張り合おうというのだ。
しかも、期間はあと一か月ちょっとしかない。
これは死ぬ気でやらないと優勝なんて、夢のまた夢なのは明らかだ。
本当にできるのか、俺たちだけで……。
「明ちゃん、私は衣装作りを担当してもいいでしょ?」
「灯里さん、私にも手伝わせてもらってもよろしいですか?」
「じゃあ、衣装の方は二人に任せちゃうわね。となると、問題は作曲と振り付けってことになるわね。振り付けはともかく、作曲はどうしようか」
「どうしようかって、言われてもな」
「晶、あんた作曲とかできないの?」
「作曲や振り付けなんかできるわけねえだろ」
「役に立たないわね」
明は深々とため息をつく。
「仕方ない、硝子さんや店長の知り合いに作曲の出来る人がいるかどうか訊いてみるわ」
「まあ、俺は応援しかすることがないみたいだし、精々頑張ってくれよ」
「何言ってるのよ。応援するんじゃなくて、あんたも手伝うのよ」
「そんなこと言っても、俺のやる仕事なんて何もないじゃねえか。まさか、俺に女装してステージに上がれとでも言いたいのか?」
それだけは死んでも御免だ。
「そんなバカなことさせるわけないじゃない。ともかく、晶は私たちが優勝できるようにしっかりとサポートするのよ」
「サポートって、例えば何をすればいいんだ?」
具体的に何をすればいいのか訊くと、明はしばらく考えた。
すると、何か良からぬことを思いついたのか、口の両端を吊り上げてニヤリと笑った。
「灯里、楓ちゃん。今日のラーメンは晶のオゴリよ。だから、遠慮しないで食べてね」
「おい、ちょっと待て!」
何を勝手に決めてるんだよ。
「相模さん、ありがとうございます。喜んでご馳走になりますね」
「さすが晶君、太っ腹ね」
一条さんと灯里先輩はすっかりその気になってしまい、満面の笑みを向けた。
二人の笑顔を前にして、俺は言い返すことが出来なくなってしまった。
ただでさえ、今月は財布の中身がやばいというのに……。
がくりとうなだれると、タイミングを見計らったように親方がラーメンを運んできた、
灯里先輩、明、一条さんと順番にラーメンを置いたところで、三人のラーメンには何故かチャーシューが二枚ずつ乗っていることに気づく。
「……頑張りな」
店長はいつもの無愛想な表情のまま、低い声で言った。
「さすが、親方!」
「ご馳走様です」
「気前がよろしいですね」
女の子三人の黄色い声を浴びると、店長は顔を真っ赤にしながら背を向けた。
デ、デレてるぞ……。
あの親方がデレてるぞ!
「お、親方、俺の分は?」
俺は目の前に置かれたチャーシューが一枚しか乗っかっていないラーメンを指差しながら尋ねた。
「…………あんた、出るのかい?」
店長はこっちを向き直り、表情一つ変えずに問い返してきた。
「い、いえ、俺は出ないですけど……」
店長は無愛想な表情のまま、何も言わずに俺のラーメンの横に伝票を置いて店内へ戻って行った。




