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アキドル!  作者: パンケーキ
1章
12/15

1章⑪

「実はちょっと、厄介なものを見つけちゃったんだよね」


 姉ちゃんはショルダーバッグから写真を何枚か取り出すと、無造作にテーブルの上へ置いた。

 明と一条さんは写真を一枚手に取ると、まじまじとした表情で写真に目をやった。


「これって……私、ですよね?」

「うん、どう見ても楓ちゃんだよね」


 明は確認するように相槌を打った。

 一見すると、何の変哲もないただの写真なのだが、それらの写真にはある共通点があった。

 

「なにこれ? 全部一条さんの写真じゃない」


 姉ちゃんの持ってきたすべての写真に、『純風』の制服を着ている一条さんの姿が映っていた。


 店内で笑顔を振りまきながら接客をしている一条さん。

 店の前をせっせと掃除している一条さん。

 ジャンク通りにある牛丼屋の店内で至福の表情で牛丼を頬張っている一条さん。

 芳林公園のベンチに座ってお茶を飲みながら休憩中の一条さん。


 どれもこれも一条さんの写真ばかりだ。


「ま、まさか姉ちゃんにこんな趣味があったなんて……」

「そんなわけあるか」


 姉ちゃんは俺の頭めがけて水平チョップを打ち込んできた。

 姉上、痛いのでやめてください。


「それにしても、どの写真も綺麗に撮れていますね。ひょっとして、プロの方が撮ったのでしょうか?」


 当事者であるにも関わらず、一条さんは写真を手に取って呑気に微笑んだ。

 いや、一条さん、そこはボケるところじゃないですよ?


「じょ、冗談だよ。それで、姉ちゃんはこの写真をどこで見つけてきたんだよ」

「売っていたのよ。神田明神通り沿いにあるアキバ系アイドルの専門ショップでね」


 アキバ系アイドルの専門ショップ?

 ああ、そういえば、アイドルの生写真やグッズを扱った店が旧LAOT館や総武線高架下の裏通りにあったっけ?

 いや、それよりもだ、どうしてアキバ系アイドルの専門ショップに一条さんの写真が売っているんだ?

 まったく意味が分からん。


「今日取材に行ったら、偶然この写真が売っていたのを見つけたわけよ」

「楓ちゃん、バイト中に写真を撮られた覚えは?」


 灯里先輩の問いに一条さんは首を横に振った。

 見に覚えはないらしい。

 ということは……。


「ひょっとして、これって盗み撮りした写真ってこと?」

「その可能性が高いわね」


 うちのバイトを盗み撮りするだけじゃなく、それを売って小遣いを稼ごうと考える輩がいるとは……。

 もし、このことが店長の耳にでも入ったら、絶対にタダじゃ済まないぞ……。


「とりあえず、純がこんなことをするはずはないからね。それで写真のことを伝えに来たんだけど……」


 姉ちゃんはそこまで言うと、急に口を閉ざした。


「……伝える必要はないみたいかな」

「え? それってどういう意味だよ」

「へえー、そーなんだー」


 背中から聞き覚えのある声が飛んできた。

 恐る恐る後ろを振り返った瞬間、背筋にぞっと悪寒が走った。

 口の両端を釣り上げながら、やや俯き加減に店長は俺たちの後ろに佇んでいた。


「て、店長?!」

「い、いつからここにいたんですか?」

「全部一条さんの写真じゃない――ってあたりからよ」


 ふらふらとした足取りでテーブルに近づき、テーブルの前でピタッと足を止めた。


「うちの可愛い女の子たちを隠し撮りするだけじゃ飽き足らず、あまつさえそれを売りつけるなんて愚行……いったいどこのバカがやらかしたのかしらねー」

「さ、さあ?」

「ど、どこのバカでしょうかね」


 不意に店長は額に青筋を浮き立たせて、手の平でテーブルを強く叩いた。


「どこの誰がやらかしたのか知らないけど、二度とこんな馬鹿なことができないよう、痛めつけてあげないとね!」


 や、やばいよ!

 店長、本気で怒ってるよ。


「お、おい、相模」


 番田は周囲に気づかれないよう腰を低くした状態で背中を小突いてきた。

 

「あたしは逃げるぞ。店長のあの様子じゃあ、100パーセント面倒事に巻き込まれるのは目に見えてるからね」

「同意だ。俺も面倒事に巻き込まれるのはごめんだ」


 無言のまま頷き合うと、腰を低くしたまま、みんなに気づかれないようこっそりと入り口のドアへ向かった。


「結城、晶君。二人ともどこへ行くつもりかしら?」


 入り口のドアまどあと三歩というところで、鋭いナイフのような声が背中に突き刺さった。

 腰を低くした状態でゆっくりと後ろを振り返ると、店長が額に青筋を浮かべたまま鋭い視線を送っていた。。


「あ、あ、あたしは通信広場へ行こうかなー、なんて」

「べ、別に、面倒事に巻き込まれる前に逃げ出そうとか、そんなことは全っ然、考えていないっすから!」


 俺と番田は乾いた笑みを浮かべながら、取り繕うように言った。


「協力、してくれるわよね?」

「な、何の協力でしょうか?」

「そんなの決まってるじゃない……」


 店長は口の両端を吊り上げて薄ら笑いを作ると、一条さんが映っている写真を目の前に突き出した。


「この写真を撮ったバカを捕まえるのよ!」

「りょ、了解……」

「わかりました……」


 店長の有無も言わさぬ圧力を前に、俺と番田はただ従うしかなかった。



 ♪ ♪ ♪



「あーあ、本当にやってられないよ。店長の奴、面倒な事はすぐあたしたちに押し付けるんだよな」

「まったくだ。あんなに怒るなら自分で探しに行けばいいんだよ、自分で」


 住吉センタービルの前を歩きながら、俺と番田は口を揃えて愚痴を零した。


―おそらく犯人は店の常連に違いないわ―

―ということは、再び店にやって来る可能性は高いはずだから、この写真を売っていた店で待ち伏せして犯人を捕まえてここへ連れてきなさい―

―いい、これは店長命令よ、わかった!?―


 店長命令と称して無茶な要求を突き付けられた俺たちは、灯里先輩を連れて神田明神通り沿いにある旧LAOT館へ向かった。


「ところで、なんで灯里まで一緒について来ているのよ」


 番田はジト目で灯里先輩を睨みつけた。


「店長に『結城ちゃんは逃げ出す可能性があるからしっかり見張っておいて』って言われちゃったの」


 さすがは店長、番田の考えなど御見通しらしい。


「諦めろ、番田。どっちにしろ、ここで逃げたら後で痛い目にあうのは目に見えているんだ」

「あーもう、わかったわよ! わかったから、さっさと一条さんの写真を撮った奴を見つけて『純風』に連れていくわよ」


 諦めて観念したのか、番田は半ばヤケクソ気味に言った。

 中央通りの交差点を曲がり、神田明神通りをお茶の水方面に向かって歩くと、旧LAOT館のアキバカルチャーズシティが見えてきた。

 アキバカルチャーズシティの1階に、姉ちゃんの言っていたアキバ系アイドルの専門ショップがあった。

 店の前に着くと、何故か番田は携帯ゲーム機を取り出し、ガードレールに背中を預けた。


「お前、何やっているんだよ。店に入らないのか?」

「あたし、こういう店ってなんか肌にあわないんだよね。あたしは外で待ってるからさ、後はよろしくー」

「はあ? 何を言っているんだよ。お前も店に入るんだよ」

「だから、あたしの肌にあわないんだって。何かあったらすぐに駆けつけるから、店の中は二人に任せるよ」


 まったく、本当に役に立たない奴だな。


「仕方ないな。灯里先輩、こいつのことは放っておいて店の中に入りましょう」

「そうね。結城ちゃん、もしも逃げたりしたら、ちゃんと店長に報告するからね」

「わかってるって」


 コイツ、本当にわかってるのか?

 番田に念を押した後、俺と灯里先輩は店内に入った。 


 店内に入ると、「@M@ID」に貼ってあったのと同じポスターが目に入った。

 大判サイズのポスターが天井から吊り下げられ、壁にはアイドルの生写真が一面にずらりと貼られている。

 そして、商品棚にはアキバ系アイドルのグッズが所狭しと並べられていた。

 ふむ、こっちは冥土十八番ってグループで、あっちはプリマドンナっていうのか。

 あ、この大正ロマン娘っていうは日曜日の合同ライブで見た気がするな。

 こうして見ると、アキバにはいろんなアイドルがいるんだな……。

 生写真やポスターを目の当たりにした俺は、思わず感心してしまった。

 レジ近くの商品棚には人気アイドルグループ「@LICE」の専用コーナーが設けられていた。

 さすがアキドルGPで優勝したグループだけあって、他のアイドルと比べて扱われ方が明らかに違っていた。

 「@LICE」の専用コーナーにはDVDやCDをはじめ、生写真やオリジナルのシャツやタオルまで取り揃えてある。

 さらにライブ用のペンライトやケータイアクセサリー、団扇に帽子、挙句の果てにはオリジナルのマグカップまであるという徹底ぶり。

 こんなのまであるのか……、こういうのって買う人いるのか?


「晶君。ほら、これ見て。凄く可愛いよ!」


 灯里先輩はアイドルのステージ衣装を手に取って、目を輝かせながら見せてきた。

 コス作りが趣味の灯里先輩にとって、アイドルのステージ衣装は何か通じるものがあったのだろう。


「そ、そうですね」

「あ、この衣装も可愛い。こっちの衣装はちょっとカッコいいな? これはちょっと私の趣味じゃないかな?」

「あ、灯里先輩?」

「この衣装は結構いい記事を使ってるわね。色合いもそんなに悪くないし、今度この生地も使ってみようかな……」


 ダ、ダメだ。

 灯里先輩は、アイドルの衣装に夢中になってしまい、当初の目的などすっかり忘れているみたいだ。

 やれやれ……仕方ない。

 軽くため息をついた後、アイドルの衣装で一人盛り上がっている灯里先輩を置いて、店員のいるレジへと向かった。

 レジには退屈そうな顔をした店員が一人、ぼんやりとした表情でノートパソコンを眺めていた。


「いらっしゃい、何かお探しで?」

「この写真なんですけど、ここで売られてたって聞いたんですが、見覚えはありませんか?」


 俺は一条さんが映っている写真を店員に手渡した。

 店員は写真に目を凝らすと、すぐに思い出したらしく、手をぽんと叩いた。


「ああ、この写真ね。確かにウチで取り扱ってたよ。二人組の常連客が売りに来たからよく覚えてる」

「二人組の常連客ですか?」

「うん。一人は黒いシャツに縁が黒いメガネをかけていた男性だよ。いつも迷彩柄のリュックを背負ってたかな。もう一人はちょっとメタボな体型でロゴの入ったシャツを着てたよ。あと、首にタオルを巻いてたかな」

「常連ってことは、二人はよくこの店に来るんですか?」

「もちろん。頻繁に顔を出しに来ているから、今日あたりにでも来ると思うよ」

「そうですか、ありがとうございます」


 店員に礼を述べた後、その場を離れた。

 店員の口ぶりからして、今日はまだ来ていないみたいだし、しばらくの間、店の中で待ってみるか……。

 店の中で待つことにした俺は、灯里先輩のところへ戻った。

 灯里先輩は店の奥にあるショーケースの前に立ち、何やら真剣な面持ちでショーケースの中をじっと見ていた。


「灯里先輩、何を見ているんですか?」

「晶君、これ見て」


 灯里先輩はショーケースの中を指差した。

 ショーケースの中には、10年近く前にアキバで大ブレイクした伝説のアイドル星乃結以のステージ衣装レプリカが展示されていた。


「これって、星乃結以ですか?」

「うん。このステージ衣装、細かい部分までしっかりと作ってあって、凄くいいなって思ってたの」

「そんなによく出来ているんですか?」


 確かに、よく見ると細かい部分までしっかりと作られていて、本物と言われても驚かないほどの出来栄えである。

 他のアイドル衣装と比べてやや華やかさが欠けているけど、星乃結以なら十分に着こなせるだろうなと思った。


「ねえ、晶君」

「何ですか?」

「私がコス作りを始めたきっかけって、何だと思う?」

「灯里先輩がコス作りを始めたきっかけですか?」


 唐突な問いに、俺はしばし考え込んだ。


「やっぱり、昔見たアニメやマンガのキャラクターに憧れて、それになりたくて始めた、とかですか?」


 灯里先輩は静かに首を横に振った。


「私ね、小さい頃、星乃結以さんのライブを見たことがあるんだ」

「え、そうなんですか?」

「まだ駆け出し頃にね。あの頃は、歩行者天国でよく路上ライブをやっていたから、星乃結以さんは歩行者天国でよく路上ライブをやっていたのを覚えているわ」


 ショーケースに視線を向けたまま、灯里先輩はどこか懐かしそうな素振りで口にした。


「星乃結以さんを見たとき、すごく感動したのを覚えているわ。歌が凄く上手で、踊りもカッコよくて……。でもね、一番惹かれたのは彼女が着ていた衣装だったわ。シンプルだけど、凄く可愛らしくて、まさに彼女のためだけに作られた衣装だなって強く思ったわ。そのとき、いつか私もあんな衣装を作ってみたいなって子ども心に思ってしまうくらいに」

「それが先輩のコス作りをきっかけに?」


 灯里先輩はゆっくりと頷いた。

 灯里先輩のコス作りの原点が、あの星乃結以だったとは意外である。


「もちろん、コス作りは大好きだけど、いつかは星乃結以さんが着ていたようなアイドル衣装も作ってみたいなって」

「灯里先輩ならきっとできますよ。先輩のコス作りはプロ級じゃないですか、俺が保証しますよ」

「ありがとう、晶君」


 灯里先輩は俺の顔を見ながら満面の笑みを浮かべた。


「多田野君、日曜日の合同ライブはどのくらいだった?」

「僕としては今一つって感じだったね。せっかくカメラを新調したのに、肩透かしを食らった気分だよ」


 その直後、二人組の男が店の中へ入ってきた。

 一人は中肉中背の黒シャツ黒メガネ、迷彩柄のリュックを背負っている。

 もう一人は「LOVEアキバ」とロゴが印刷された白シャツに、首にタオルを巻いていた。

 あの二人は、店の人が言っていた特徴と瓜二つだ。

 ということは、あの二人は一条さんの写真を売りつけた張本人ってことか?

 二人は「@LICE」専用コーナーの前で立ち止まり、何やら話し込んでいた。


「そっかあ。そういえばさ、日曜の合同ライブなんだけど、『@LICE』はカノンちゃん抜きでライブをしていたね。

彼女の代わりに違う子が入っていたけど、僕としてはカノンちゃんのいない『@LICE』は今一つって感じだったよ」

「どうしたんだろうね、カノンちゃん。土曜日のミニライブのときも顔を見せなかったけど、体調でも崩したのかな?」

「ひょっとしたら、『あのウワサ』って本当なのかもしれないね」

「『あのウワサ』?」

「なんかさ、カノンちゃん、@LICEの活動方針で他のメンバーと揉めたみたいなんだよ。それが原因で@LICEを脱退したとかなんとか……」

「え、それって、ただのウワサじゃなくて、マジなの?」

「じゃなきゃ、カノンちゃん抜きで合同ライブをやるなんてありえないっしょ。何と言っても、カノンちゃんあっての@LICEなんだから」

「そう言われるとそうかもしれないな」

「あーあ、カノンちゃんが脱退したとなると、いよいよ@LICEの人気も右肩下がりかな」

「@LICEはこれからどうなっちゃうのかねー」


 カノン?

 どうしてあの二人、笹川さんの話を……。

 って、そうだよ、思い出したぞ!

 あの二人、笹川さんに写真を撮らせてくれと強要していた奴らじゃないか!


「おい、お前ら」

「ん?」

「お前らって、ひょっとして僕たちのこと?」

「そうだよ。あんたたち二人のことだよ」

「な、何か用?」


 二人は警戒した様子で俺を凝視する。


「あんたたち、この写真に見覚えはないか?」


 写真を突き付けると、『LOVEアキバ』男がメガネの縁に手をかけながら写真を見た。


「何だ、その写真か。それ、僕が撮ったんだよ。よく撮れているだろ?」

「ああ。それ、合同ライブの帰りに寄った喫茶店で撮った写真だね。その写真、まさか君が買ったの?」

「かなりイケてる子っしょ? ちょっとアキバには似つかわしくない感じが堪らないよね」


 黒シャツの男は誇らしげな態度をとった。


「この写真、隠し撮りした奴なんだろ?」

「な、なな、何を言っているのかね、君は」

「そ、そそ、そうだよ。僕たちが隠し撮りすると、おお、思っているのかい?」

「そ、そうだよ。そ、そそ、それは、写真の子に撮ってくれって、た、頼まれて――そう、頼まれて撮ったんだよ!」

「そうだ、太田君の言う通り、僕たちは仕方なく撮ってやったんだよ。な、なな、何か文句あるのか?」

「おい、嘘をつくな! 写真に写っている子はうちで働いているバイトなんだぞ。彼女は写真を撮らせた覚えも撮られた覚えもないって言ってるんだ。つまり、この写真は隠し撮りしたものじゃないか!


 勢いよく捲し立てると、二人はしまったという顔した。


「二人とも、一緒に店まで来てもらおうか。お前たちがウチのバイトを隠し撮りしたせいで、店長が怒り狂ってるんだ。嫌だとは言わせないからな」

「ま、まま、まずいよ、多田野君!」

「太田君、こ、ここは、逃げよう!」


 二人は踝を返したかと思うと、つんのめりになりながら店の外へ逃げ出した。


「おい、待て!」


 俺は二人を追って店の外へ出た。


「番田! 隠し撮りした奴がそっちに――――っていねえよ!」


 ガードレールにもたれていたはずの番田は、きれいさっぱりと消えていた。

 外を見張ってる手はずだったのに、話が違うじゃねえかよ!

 

「あれ、相模? 何をそんなに慌てて、どうかしたのか?」


 後ろを振り返ると、呑気な顔をした番田がこっちへ向かって歩いてきた。

 片手にジュースを持っているところを見ると、近くの自販機まで買いに行っていたようだ。


「お前、外で待ってるって言ってたじゃねえか!どこへ行ってんだよ!」

「いやぁ、ちょっと喉が渇いたからジュースを買いに行ってたんだよ」

「お前のせいで、あいつらを逃がしちゃったじゃねえかよ!」


 俺は逃げ出した二人を指差した。

 俺たちがモタモタしている内に、二人組の男は昌平橋通りに向かって逃げていた。


「え、二人って……あいつらが一条さんを隠し撮りした奴らなの?」

「そうだよ! あいつらが一条さんを隠し撮りした奴ら何だ。早くあいつらを追いかけるぞ!」

「まあ、落ち着きなって。要はあの二人を捕まえればいいんだろ?」


 番田は持っていたジュースと携帯ゲーム機を俺の手に乗せると、両足を少し広げながら左膝と両手を地面につけて、クラウチングスタートの構えをとった。

 そして、一呼吸おいた後、


「GO!」


 と言って、全身を前に突き出しように左足で地面を蹴り飛ばした。

 アクセルをかけた車のように急加速した番田は、見る見る内に二人との距離を縮めていく。

 しかも驚くべきことに、速さを維持した状態で道行く人と人の間をまるで小さい穴に糸を通すかのように駆け抜けていく。


「ゆ、結城ちゃん、速い」


 灯里先輩は番田の走る姿を見て呆気にとられていた。

 昌平橋通りの手前で二人に追いつくと、二人が抱えている鞄を掴み、ぐいっと後ろへ引っ張った。


「うわわわわわ!」

「おおうっ!」


 後ろから引っ張られたはずみで、二人は勢いよく態勢を崩して、情けない声をあげながら倒れこんだ。

 な、なんだよ、コイツ。

 めちゃくちゃ足が速くて、まるで陸上選手みたいだったぞ!

 普段ゲームばっかやっているくせに、何であんなに足が速いんだよ。

 どう見ても、おかしいだろ……。

 番田のいるところまで駆け寄ると、番田は汗一つ欠かずに涼しげな表情を浮かべていた。


「相模、ジュース返して」

「あ、ああ……」


 持っていたジュースを返すと、番田はその場でジュースをあけて勢いよく飲んだ。


「ま、ざっとこんなものかな?」


 喉を鳴らしながら美味しそうにジュースを飲んだ後、すっきりするくらいの爽やかな笑顔を向けた。



 ♪ ♪ ♪



 番田の活躍で見事お縄となった二人は連れて、俺たちは『純風』に戻ってきた。


「すみませんすみませんすみませんすみません!」

「ほんの出来心だったんです!お願いですから、どうか警察には突き出さないでください!」


 二人は店長の前で土下座をしながら、必死に許しを乞い続けていた。


「って言っているけど、どうする店長?」


 カウンター席に座っていた番田が他人事のように言った。


「わかってるわよ。私だって鬼じゃないわ。この二人が、ちょっとした小遣い稼ぎのつもりで隠し撮りをしたことぐらい、察しがつくわよ……」


 店長は穏やかな表情で、まるで子どもを諭すように優しく声をかけた。

 おいおい、いったいどういう風の吹き回しだよ。

 まさか店長が仏心を見せるなんて、明日は槍でも降って来るんじゃないのか?

 目を疑うような光景を前にして、俺たちは固唾を飲みながら店長の様子を見守った。


「そ、それって……」

「ゆ、許してくれるってことですか?」

「だから、あなたたちに選ばせてあげるわ」

「は、はい?」

「え、選ぶ、ですか?」

「ええ、そうよ。『私は盗撮大好きの変態野郎です』ってプラカードをぶら下げてアキバ中を練り歩くか、神田川に落ちて魚の餌になるか、好きな方をね!」


 そう口にした途端、突如、店長の顔が豹変して本性を現した。


 ……ですよね。


「ひぃー、どっちも嫌ですぅー!」

「ど、どうかお慈悲を!」


 仏の皮をかぶった悪魔を前にして、二人は互いの体を抱きしめながらみっともない声をあげた。


「はあ? 何を寝ぼけたことを言ってるのよ。あんたたちみたいなアキバに巣食う害虫どもを私が見逃すとでも思ってるの? アンタたちはゴミよ、クズよ、カスよ、ウジ虫以下よ、とっとと首を吊って地獄に落ちろ!」


 店長は二人に向かって、思いつく限りの罵声を浴びせた。


「あ、あの、店長さん。お願いがあるんですけど、よろしいでしょうか?」


 一条さんは慎重な面持ちをしながら店長に歩み寄った。


「なに、楓ちゃん。どうかした?」

「あの、お願いがあるんですけど、お二人を許してはいただけないでしょうか?」


 なんと、仏心を出したのは店長ではなく一条さんの方だった。


「楓ちゃん、こいつらはこともあろうにあなたの写真で金儲けをしていたのよ。そんな奴らに温情をかけることなんて全くないんだから」

「そ、そうですけど、でも私は気にしていないですし、写真だって相模さんのお姉さんが全部買い取ってくれたじゃないですか。ですから、ここは私に免じて、許してはいただけないでしょうか?」


 一条さんは自分の非であるかのように、店長に向かって深々と頭を下げた。

 二人は救いの手を差し伸べられた罪人のように、瞬きするのも忘れて、呆然とした表情で一条さん見ていた。

 しばらくの間、重苦しい雰囲気が店内を漂う。

 店長は腹の底を探るような目つきで一条さんのことをじっと見ると、腰に手をあてながら小さくため息をついた。


「あんたたち!」

「ひゃ、ひゃい!」


 二人に鋭い眼差しを向けると、二人は一瞬びくりと体を震わせた。


「…………楓ちゃんに免じて、今回だけは不問ってことにしておいてあげるわ。彼女に感謝することね」

「ひゃ、ひゃいー!」

「あ、ああ、ありがとうございます、ありがとうございますー!」


 一条さんはほっと胸を撫で下ろすと、二人の方を向いた。


「よかったですね。でも、こんなことは二度としないでくださいね」

「は、はい!」

「も、もちろんです!」

「店長さん、本当にありがとうございました」

「言っておくけど、今回だけだからね」


 一条さんは笑顔で返した。


「あ、写真なんですけど、全部頂いてもよろしいでしょうか?」

「写真? 別にいいわよ」

「ありがとうございます。よく撮れている写真なので、思い出にとっておこうと思います」


 一条さんは写真を手に取って微笑んで見せた。


「あ、写真が欲しいんでしたら、まだ売ってない写真が何枚かあるんですけど、よろしかったらそれも」

「実は僕も、まだ売ってない写真が2枚ほど」


 と言って、二人はリュックの中を漁り始めた。


「まだ持っていたのかー!」


 店長は手にしたトレイで二人の頭を引っ叩いた。

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