第6楽章〜天才の音色
ぼー。
今の僕に、これほど適切な表現はないだろう。
「ねぇ、ちょっと、まこ!聞いてるの?」
正直言って、聞いてない。
お姉ちゃんに話しかけられても、お母さんに話しかけられても、僕の耳には届いていなかった。
僕は、ふらふらと自分の部屋に向かった。
そして、おもむろにフルートを手に取る。
『お前は充分、かっこいいよ』
まるでエコーがかかったかのように、何度も同じ声が聞こえる。
そしてそのたびに、僕はぼっと顔を赤らめていた。
(もうやだっ!何にも考えたくないっ!)
僕は、楽譜を取り出して、吹き始めた。
頭の中で、まだ委員長の奏でたメロディが流れている。
(あぁ・・・気持ちいいなぁ・・・・。)
「まこ・・・いつの間にあんな・・・・。」
「何があの子を連れ戻したのかしらね。」
難曲で、しかも演奏二回目だというのに、僕は指は操られているかのように軽やかだった。
途中で僕は、考える事をやめた。
ただ、音を楽しんで吹くことにしたんだ。
***
「おはよっ、まこ!」
「おはよう、弘毅・・・・・・ふぁぁあああ。」
「随分と眠そうだな。何してたわけ?」
「ちょっと、譜読みをね。」
「なんだか知らないけど、あんまり無理すんなよ?」
「うん、ありがと。」
本当に・・・・眠い。
実は、昨日寝たの、3時くらいなんだ。
譜読みをしてたってのは、嘘なんだけどね。
結局、考えていた事をなくそうと思ってフルートを吹いたんだけど、そのせいで昨日の出来事をものすごい勢いで思い出しちゃって・・・。
眠れなかったんだ。情けないったらありゃしない。
「あ、あの・・・山下君。」
「委員長!おはよう。」
「コンクールでは、裏が弾くんですよね?」
「は、はい・・・そうだと思いますけど・・・」
「だったら、気をつけたほうがいい。よく、いろいろぶち壊しますから。」
委員長は、最近やたらに暗い顔をしていると思う。
もしかして、もう1つの人格が表に出る事を恐れてる?
でも僕は、それも一つの個性だと思うんだけどなぁ・・・甘すぎ?
放課後、僕が音楽室に行くと、委員長はもう眼鏡を装着していなかった。
「待たせちゃったかな。」
「お前は俺の彼女か。」
笑いながら突っ込まれて、あぁ、そうか。とさりげなく納得していた。
僕たちは、普通の友達同士よりは絆が深い気がするんだ。
「それじゃ、早速やるか!」
「うんっ!」
委員長のピアノの音を聞くと、なんだか心が安らぐ。
でも、誰も委員長がピアノを弾けることなんて知らないんだよね。
なんだか、得した気分。
僕たちは、呼吸を合わせて演奏し始めた。
僕は本当に、必死で吹いていたから、委員長が時々こっちを見ていたなんて全く知らなかった。
「すごいな、一日で・・・・・完璧だ。」
「委員長なんて、一日もかからなかったじゃん。」
「そろそろ、委員長、なんてやめようぜ?な、まこ。」
「う・・・・え、でも・・・・・」
僕は、何でかはわからないけど、かぁっと耳まで赤くなっていた。
「でも、いいんちょ・・・・・」
「鏡夜・・・・・ほら、言ってみろよ。」
「きょ・・・・・鏡・・・夜・・・?」
「そうそう。って、何で赤くなるんだよ。」
額をデコピンされて、緊張の糸が少し切れた。
くすくすと笑う委員長・・・じゃない、鏡夜の顔は、いつにも増してきれいに見えた。
僕がぽーっと見とれていると、
「俺、そんなにきれい?」
「な、なん・・・・っ!」
「本当に、家に置いておきてぇよ。もちろん、人形で。」
「や、やめてよっ!」
***
「じゃあな。」
「また明日っ!」
僕と鏡夜は学校の前で別れた。
「なぁ、委員長。」
『何ですか?」
「本当にいるんだな。天才、ってやつは。」
『あなたもその1人でしょう?』
「ははっ、違いねぇ。」
これは、鏡夜の心の中の会話だ。
一つの体に、二つの心・・・・・どれだけ大変なものなのか、僕には計り知れなかった。




