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FPSのUIが現実に見える俺が、いつの間にか殺し屋になるまで  作者: 鳥獣跋扈


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第9話 後処理と紹介

 しばらく、俺はその場で呆然としていた。


 さっきまで耳を叩いていた発砲音が嘘だったみたいに、工場の中には重たい沈黙だけが落ちていた。高い天井の奥でどこかの金属がかすかに軋む音がする。それだけだ。


 そこでふと、おや、と思った。


 社長と呼ばれていた中年男。

 銃撃が終わった今、何かしら反応があってもよさそうだった。悲鳴とか、うめき声とか、あるいは逃げ出す音とか。だが、何もない。あまりにも静かすぎる。


 まだ恐怖で縮こまっているのか。

 それとも――。


 俺は、機械の陰からゆっくり顔を出した。


 まず、二階の足場に視線を投げる。

 さっき撃った男。エマーソン・ベイル、と表示されたあの襲撃者の体は、動かない。金網の床に崩れたまま、暗がりの中に沈んでいる。


 問題なく、死んでいる。


 ……いや、“問題なく”なんて言い方は変だな。問題しかない。

 だが、今のところは、問題ない。という風に自分を納得させる。


 視線を正面へ戻す。


 工場の中央付近、小さな灯りが落としている薄ぼんやりした光の中で、スーツ姿の男が頭から血を流して倒れていた。

 その胸元には、倒れた拍子にこぼれたのだろう、拳銃が一丁、ぽつんと落ちている。


 都合がいい。


 そう思った自分に、少しだけ嫌悪感を感じる。

 けれど今持っている銃は弾切れだ。何かあった時、ただの鉄の塊を握っていても意味がない。


 俺は足元に、弾のなくなった拳銃をそっと置いた。

 それからできるだけ慎重に立ち上がり、スーツの男の方へ歩いていく。


 自分の立てる足音しか聞こえない。


 落ちていた拳銃を拾い上げる。

 さっきのものと同じ系統の型らしく、手に持ち上げた瞬間、視界の端に同じように残弾数が浮かんだ。


 「8」


 それだけが、小さく表示される。


 俺は念のためマガジンを抜いて確認した。

 さっきと同じく、滑らかに体が動く。意味は分からないが便利ではあった。


 息を一つ吸い込む。

 それから、社長が逃げ込んだと思われる物陰へ足を向けた。


 覗き込むように、体を少しずつ寄せる。

 いつでも撃てるように、心構えだけはしておく。


 いた。


 うつ伏せになっている男が一人。

 顔は見えないが、間違いなくあの中年だ。


 ただ、動かない。


 撃たれたのか、と思った。

 だが、襲撃者の発砲音は二発だけだったはずだ。スーツの男と、俺を連れてきた男。それぞれに一発ずつ。だとすると――。


 さらに慎重に近づき、拳銃を片手に構えたまま、もう片方の手で男の肩を掴む。

 ぐい、と引いて仰向けに転がす。


 思っていたより重かった。

 だが倉庫で荷物を運ぶのに比べれば、どうというほどでもない。


 顔が見えた。


 気絶している。


 一瞬、死んでいるのかとも思ったが、違った。胸元が規則的に上下している。苦しそうでもなく、ただ眠るみたいに目を閉じていた。恐怖か、衝撃か、どちらかで意識が飛んだのだろう。


 俺は軽く体を探って、武器の類を持っていないことだけ確認すると、手を離した。


 そこでようやく、大きく息を吐く。


「……はあ」


 一段落。

 かろうじて、そう言っていいのかもしれない。


 さて、どうする。


 もともとの仕事は、尾行のはずだった。

 あとをつけて、場所を確認して、写真を撮る。それだけ。少なくとも俺はその認識でここまで来ていた。


 なのに気づけば、人が三人死んでいる。

 しかもそのうち一人は俺が撃った。


 感覚が麻痺しているのか、恐怖より先に「面倒なことになった」という感情が先へ立つのが我ながらひどい。たぶん、頭が疲れすぎてまともな順番で感情を処理できなくなっているのだと思う。


 ともかく、次は上にいる襲撃者の方だ。



* * *



 階段を上がる。


 鉄製の足場は、踏むたびに小さく軋んだ。

 金網状の床の隙間から、下の薄明かりがぼんやり漏れている。足元を見下ろすと妙に高く感じて、少しだけ心が浮ついた。


 足場の奥。

 倒れ伏している大男がいた。


 ジーンズにタートルネック、その上に黒いニット帽。帽子の隙間から金髪が覗いている。さっきキルログで見た名前――エマーソン・ベイル。


 金網の床だから、血だまりが大きく広がることはない。

 その代わり、頭部から滲み出た黒い色が、細い筋になって金網の隙間へ吸い込まれているのが見えた。


 俺はあまりまじまじと見ないようにしながら、周囲を素早く見回した。


 まず目に入ったのは、銃身の長いライフルだった。

 見たことはある。ゲームの中でなら。現実での名前なんて知らない。けれど、これがさっき頭を抜いたやつかと思うと、背筋が寒くなる。


 鞄のような荷物は見当たらない。

 体をまさぐって何か探す気にもなれなかった。そこまでやると、急に「死体」に触っている感触が強くなりそうで嫌だったのだ。


 結局、ライフルだけ拾って下へ戻る。



* * *



 これでもう、この場で俺にできることはほとんどない。


 そう思うと、少しだけ気持ちが落ち着いた。

 いや、落ち着いたというより、やることが決まった、と言った方が正しいかもしれない。


 俺をここまで連れてきた男の死体のそばへ戻る。

 嫌々ながら体を探ると、ポケットの中から取り上げられていた携帯とデジカメが出てきた。


 ボタンを押すと、問題なく明かりがつく。

 良かった、壊れてないみたいだ。


 携帯を手に取り、少し暗い位置へ下がる。

 社長がもし起きても、こちらから射線を通せる位置。逆に、向こうからいきなり飛びかかられないくらいの距離。


 画面を開き、雨宮の番号を呼び出す。


 ワンコール。

 ツーコール。

 スリーコール目で、相手が出た。


『……どうしたのかしら』


 少し慎重そうな、探るような声だった。

 相手が俺ではない可能性も考えているのだろう。そりゃそうだ。尾行に出した男から、直電が来る状況なんて、あまり穏やかじゃない。


「ああ、すみません」


 自分でも少し驚くくらい、平坦な声が出た。


「そうですね。厄介ごとです」


 俺は簡潔に、今までの流れを説明した。


 尾行の最後で見つかったこと。

 廃工場へ連れ込まれたこと。

 そのあと、別の襲撃者が現れたこと。

 襲撃者は撃退したこと。

 尾行対象の男は気絶しているが、生きていること。


 雨宮は、途中で遮ることなく聞いていた。


『……なるほど』


 しばらくの沈黙のあと、絞り出すようにそう言った。


 まあ、そうなるよな、と思う。

 ただの尾行のはずだった。それがこんなドンパチになるとは、少なくとも俺は想像していなかった。


 だが雨宮は、それでも慌てた調子を見せずに続ける。


『確認するわ。対象の男は生きてるのね』

「はい」

『それで、襲撃者は死亡でいいのね。他の連中も含めて、死者は合計三人』

「……そうですね」


 自分で言って、少しだけ口の中が乾く。


「対象の護衛っぽい二人は襲撃者にやられました」

『分かったわ』


 そこで一拍置いて、雨宮は少しだけ声を緩めた。


『あなたはケガは?』

「大丈夫です」

『そう。よかった。こっちで人員を揃えて向かうから、少しそこで待っててもらえるかしら』

「どれくらいですか」

『三十分以内には行けるはず』


 三十分。


 たぶん大丈夫だろう。

 銃撃が始まってから、もう十分以上は経っている。周囲で通報騒ぎが起きている気配もない。社長の方は、まあ、適当に縛っておけばどうにかなる気がする。


「分かりました。ただ……」


 俺は少しだけ周囲を見た。


「こっちも何があるか分からないので、できるだけ早めに来てもらえると」

『ええ、できるだけ急ぐわ』


 それじゃあ、と短く言って通話は切れた。


 目を閉じ、ふう、と息を吐く。

 それから「どっこいしょ」と小さく口に出して腰を上げる。


 さて。

 社長を縛る紐でも探すか。



* * *



 社長は多少乱暴に縛りつけても、起きる気配はなかった。


 工場の隅に転がっていたビニール紐やら結束具やらを引っ張り出して、手首と足首を適当にまとめる。かなり雑だが、いまの俺にはこれが精一杯だ。


 携帯の時計を見ながら待つことしばし。


 外から車の音がした。


 一台じゃない。

 二台、いや三台か。


 念のため、俺は物陰へ身を隠した。

 入口の方へ視線を向ける。


 ガチャガチャと門扉が開く音。

 続いて、敷地の中へ車が入り込んでくる砂利を踏むような重い音の後、エンジンが止まる。


 少しして、工場の入口が開いた。


 最初に入ってきたのは、制服――いや、作業着に近い格好の男たちだった。

 ぱっと見は清掃業者みたいだ。帽子、手袋、無地のジャケット。だが、そんな時間にそんな場所へ来る清掃業者がまともなわけがない。


 男たちは入ってくるなり周囲を素早く見回す。

 無駄がない。

 その中に続いて、雨宮が姿を見せた。


 服装は、さっき別れた時と同じ。

 だが、視線は険しい。


 よかった。

 少なくとも、別口の厄介ごとが来たわけではない。


 そう思って、俺は物陰から姿を現した。


 その瞬間、清掃服の男たちの何人かが明らかにぎょっとした顔をした。

 いきなり暗がりから人が出てきたのだから当然だろう。


 雨宮がその反応でこちらに気づき、歩み寄ってくる。


「……お疲れ様」


 まずそう言って、それから少しだけ視線を動かした。


「対象は?」


 俺は黙って頷き、こっちです、と手で示した。

 雨宮と男たちを連れて、縛り上げておいた社長のところまで歩く。横には、事切れている二人。


「一応、簡単には縛ってます」

「そう」

「ここに二人と、上の足場に一人。持ってた武器の類は、これと、そこに置いてあります」


 そう言って、まだ弾の残っている拳銃、弾切れになった拳銃、それから襲撃者が使っていたライフルの方へ視線を向ける。


「ありがとう」


 雨宮は短く言った。


「その銃も、こっちで回収していいかしら」


 俺の手にある拳銃へ視線を落とす。

 もちろん、こんな物騒なものを持ち歩く気なんてない。ないのだが、渡す瞬間、ほんの少しだけ名残惜しいような変な感覚があった。


 なんだそれ、と自分で思う。

 死線を越えて、頭のどこかがおかしくなっているのかもしれない。


 そんな詮ないことを考えながら、グリップを向けて雨宮へ拳銃を渡した。


 雨宮は受け取ると、その場でマガジンを確認する。

 視線だけで弾数を数えたあと、脇にいた清掃服の男へ渡して指示を飛ばした。


「一応、出所を確認しておいて頂戴。それと、弾は残さないように探して。弾痕も、できる限り綺麗にしておいて」

「了解です」


 短く答え、男たちは一斉に動き出す。


 袋が広げられ、死体が淡々と運ばれていく。

 社長は二人がかりで抱えるように持ち上げられ、外へ連れていかれた。その光景を見てて、手慣れてるな、と少し場違いな感想が頭に浮かんだ。


 俺は雨宮に促され、そのまま工場の外へ出た。

 敷地の隅に停めてあるボックスタイプの車へ一緒に乗り込む。



* * *



 車内は思っていたより広かった。


 後部座席に座ると、シートが少しだけ身体を沈める。

 どさりと体を預けると、ようやく自分が相当疲れていることに気づく。


 雨宮は隣で、分かりやすく疲れた顔をしていた。

 眉間を指先で揉み、しばらく目を閉じる。それから、前を向いたまま俺に声をかけた。


「さっきも言ったけど、今日は本当にお疲れ様。まずは、これを渡しておくわね」


 そう言って、車内に置いてあった鞄から茶封筒を取り出してこちらへ差し出してくる。

 受け取った瞬間、ずしりとした重みが手にかかった。


 厚い。


「これって……」

「報酬よ」


 雨宮は視線を前に向けたまま答える。


「悪いんだけど、迷惑料はまた別で渡すわ。とりあえず、と思ってちょうだい」


 俺は戸惑いながら中を覗いた。


 札束だった。

 取り出すまではしなかったが、帯のついた束が見える。これ、百万の束じゃないのか。

 口止めの意味も、たぶん含まれているのかもしれない。


「……分かりました」


 そう言って、茶封筒を無造作にポケットへ押し込む。

 不格好だが仕方ない。


 その様子を見て、雨宮が一つ頷いた。


「今日のことも含めて、また後で詳しい話をさせてほしいの」


「詳しい話?」

「“うち”の体制とか、そういうのも含めて」


 それは、聞いていい話なのか。

 あるいは、聞いてしまったらもう引き返せない類のものか。


 ……いや、今さらか。


 人を一人殺している。

 そこを越えた時点で、もう“聞いていいかどうか”のラインは大して意味を持たないのかもしれない。


 俺は黙って頷いた。


「ありがとう」


 雨宮は短く言って、さらに続ける。


「それと、うちで懇意にしてる商人への紹介もしておくわね。今日の迷惑料の先払いだと思っておいて頂戴」


 迷惑料の先払い。


 商人を紹介されることがプラスなのかどうか、正直よく分からない。

 だが、ここで余計なことを言うのも面倒だ。俺は素直にもう一度頷いた。


 雨宮は鞄から、名刺サイズの小さな紙を一枚取り出して渡してくる。


 そこには簡単な地図が描いてあった。

 雑な線と曲がり角の印。裏返すと、数字が一つだけ書いてある。


 『13』


「……何ですか、これ」

「その商人のところへの地図」


 雨宮はさらりと言う。


「数字はあなたの仮IDみたいなものだと思ってちょうだい」


 なるほど。

 いや、なるほどと言っていいのか分からないが、たぶんそういうものなのだろう。俺はそれ以上追及せず、紙を握り直した。


「今日のところは、駅までうちのに送らせるわ」


 雨宮が俺を見る。


「あなたの方から何かあるかしら」


 聞かれて、少しだけ考えた。


 気になることはある。

 山ほどある。

 襲撃者は誰だったのか。なぜあの社長を狙ったのか。俺はこれからどうなるのか。いくらでも出てくる。


 けれど、そのどれも今この場で答えてもらえる気がしなかったし、聞いたところで今の俺の頭が処理しきれるとも思えなかった。


 だから、首を横に振る。


「……特には」

「そう」


 雨宮はそれ以上無理には聞かなかった。


「じゃあ、また」


 その一言で、車のドアが開く。

 外で待っていたらしい、がたいのいい男が一人、軽く頭を下げた。


「お疲れ様です。こちらへ」


 促されて、俺は車を降りる。

 ちらりと背後を見たが、もうドアは閉じていて、雨宮の姿は見えなかった。



* * *



 次に乗せられたのは、セダンタイプの車だった。


 後部座席へ座る。

 さっき案内してきた男がそのまま運転席へ乗り込み、何も言わずに車を出す。外の街灯が窓ガラスを流れていく。車内は静かで、ラジオも音楽もない。


 駅前まで送られる間、俺はほとんど何も喋らなかった。


 男も同じだ。

 必要以上に話しかけてこないのがありがたかった。


 やがて見慣れた駅前の明かりが見え、車がゆっくり止まる。

 男はわざわざ降りてきて、後部座席のドアを開けた。


「お疲れ様でした」


 そんなふうにかしこまって言われると、なんだか自分が凄い男にでもなったみたいな錯覚をしそうになる。もちろん、そんなわけがない。ついさっきまで機械の陰で震えていたんだし。


「……どうも」


 とりあえずそう返して、車を降りた。


 男に礼を言い、駅前の人混みへ足を向ける。

 夜も更けてきたが、まだ店は明るく、人通りもそれなりにある。その普通さの中を歩いていると、さっきまで廃工場で人が死んでいたことの方が夢みたいに思えてくる。


 けれど、ポケットの中の茶封筒はズシリと現実を突き付けてくる。

 それから、握り込んだままの小さな地図の紙。


 商人とやらは何者なのか。

 そして、俺はこの後どうなって行ってしまうのか。


 頭の中で、その二つがぐるぐる回る。


 夜風は少し冷たかった。

 なのに、頭の中は熱を持っている気がした。

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