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FPSのUIが現実に見える俺が、いつの間にか殺し屋になるまで  作者: 鳥獣跋扈


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第6話 尾行

 雨宮の後をついて歩くこと、しばらく。


 さっきまで人の声や笑い声で満ちていた駅前の喧騒は、一本裏の通りへ入っただけで驚くほど聞こえなくなった。居酒屋の明かりはまだ遠くで滲んでいるのに、こちら側はもう別の街みたいだった。並ぶのは古びた雑居ビルばかりで、どの窓も光が入っていない。人気は少ない。通りの端にある自販機だけが、チカチカと安っぽい蛍光を明滅させながら、ここに自分がいるのだと必死に主張していた。


 雨宮は、その一角で足を止めた。


 身を隠す、というほど大げさなことはしない。

 壁にぴたりと張りつくわけでもないし、電柱の陰へしゃがみ込むわけでもない。何となく、この辺りのビルで働いている人間が煙草休憩にでも出てきたような、そんな曖昧な立ち方をしている。


 うまく言えないが、“場に馴染んでいる”という感じだった。


 さっきまでの居酒屋での気だるい雰囲気とも違う。

 喫茶店で見た静かな女ともまた違う。


 立ち方、視線の流し方、肩の力の抜き方。そういうものが、ここへ来て少し変わった気がした。目立たないのに、そこにはいる。上手く言えないけどそんな感じ。


「さて」


 雨宮が、ジャケットのポケットに手を突っ込みながら小さく言う。


「あそこが目当てのビルよ」


 見るとはなしに、その視線の先を追う。

 はっきりと“見る”のではなく、視界の端に収めるような感じで。


 三階建ての雑居ビル。

 古くもなければ新しくもない、どこにでもありそうな外壁。最上階の一室だけに灯りがついていて、そこだけが暗闇にぽっかりと浮かんでいるみたいだ。


「今、中にいるのは二人」


 雨宮は壁へ軽く肩を預けながら続ける。


「さっき写真を見せた男と、その側近みたいなのが一人。たぶん、そのまま二人で目的地まで向かうはず」


 言いながら、ジャケットのポケットをごそごそと探る。

 取り出した煙草の箱から一本抜き、唇に咥える。けれどライターは出さない。火も点けない。ただ、細い白い紙巻きを口元で遊ばせるみたいに揺らしているだけだ。


 その仕草が妙に板についていた。


「これを渡しておくわ」


 今度は反対側のポケットから、小さなデジカメを取り出してこちらへ差し出してくる。


「場所が分かったら、これで撮って頂戴」


 受け取ったそれは思ったより軽かった。

 手のひらに収まる、コンパクトデジカメ。角が少し丸くなっていて、使い込まれているのか、もともとそういう質感なのか分からない程度に表面が擦れている。


 こういうので撮った写真って、何に使うんだろう。


 ふとそんなことを思う。

 場所さえ分かれば、それを伝えるだけでも十分な気がする。わざわざ写真なんて撮る必要があるのか。いや、後から“本当にそこだった”と確認するためかもしれないし、証拠の類にするのかもしれない。


 けれど俺のそんな疑問に、雨宮が答えることはなかった。

 そもそも、いまはそんな悠長な話をしている場合でもないらしい。


「さて、私はいったんここまで」


 その言葉に、思わず顔を上げる。


「終わったら、この間の喫茶店まで来て頂戴」


 え。

 ここまで?


 聞き返す間もなかった。雨宮は言い終えるなり、そのまま脇の裏路地へ入っていく。呼び止める間もなく、その背中はビルの陰に紛れ、夜の暗さへ溶けるように消えた。


 途端に、心細さがぶわっと押し寄せてきた。


「……いや、マジかよ」


 小さく呟く。


 一人になった、という事実がずしんとのしかかってくる気がした。

 だが、今さら言っても仕方ない。逃げ帰るわけにもいかない。


 壁へ背中を預ける。

 少しだけひんやりしている。

 ちらりと対象のビルを見上げた、その時だった。


 最上階の灯りが、ふっと消えた。

 どくん、と心臓が一気に跳ねる。


 来る。


 大丈夫。

 大丈夫だ。

 ただ後をつけるだけだ。

 写真を撮って、場所を確認して、それで終わり。


 そう自分へ言い聞かせる。

 言い聞かせながら、意識だけをビルの入口へ絞る。


 やがて、古びたガラス戸が押し開けられた。

 男が二人、出てくる。


 間違いない。

 写真で見た中年の男と、その横にいるもう一人。中年の方は派手な金のネックレスこそ夜目には見えにくいが、歩き方に妙なふてぶてしさがある。もう一人はスーツ姿で、こちらは雰囲気がなんていうか鋭い。鍵を閉める中年男の横で、周囲へ油断なく視線を走らせていた。


 警戒役、というやつか。


 大丈夫。

 ここは視線が通らない。


 通りの影と、こちらが立っている位置の角度のせいで、向こうからは見えないはずだ。少なくとも、今の感じならそう思えた。こっちからは二人がよく見えるのに、向こうからはこの闇の中に埋もれた一人を見つけにくい。位置関係が、そういうふうに頭へ入ってくる。


 これだ。

 最近は少し慣れてきたけど、不思議な感覚。

 だけどこれが頼りでもある。


 中年男が鍵をかけ終えたらしく、身体を起こす。

 警戒役の男が小さく頭を下げる。

 そのまま二人して歩き出した。


 おっと、行くか。


 さっきまで胸の奥を叩いていた鼓動は、少しだけ落ち着いていた。

 いや、完全に収まったわけじゃない。まだ高い。平時よりずっと高い。なのに、その高鳴りの中へ妙な熱が混じっている。


 緊張だけじゃない。

 少しだけ、興奮に似たものもある。


 暗がりの中、二人組の数十メートル後ろをついていく。


 最初はもっと近かった。見失うのが怖かったからだ。

 だが、しばらくしてから妙なことに気づいた。頭の中に、ぼんやりとした俯瞰図みたいなものが浮かんでいる。街路、塀、建物の出っ張り、角、電柱。その上に、対象の位置が何となく示されている気がした。まるでFPSのマップみたいに。


 それだけじゃない。


 暗いはずなのに、二人の輪郭が不思議と目につく。

 マーキングでもされたみたいに、夜の色の中で輪郭だけがわずかに浮いて見える。


 これなら、見落とす方が難しい。


 そう思ってしまった瞬間、少しだけ気が楽になった。

 気が楽になった自分に、同時に嫌な気分にもなる。普通の人間は、こういう状況に慣れたりしないはずだ。


 対象は、駅前の灯りから離れるようにして歩いていく。

 人通りはますます少なくなる。


 古い町並み。

 店じまいしたまま時間だけが止まったような商店。

 看板の色が剥げ、シャッターは錆び、窓ガラスの向こうは暗い。ところどころ、半分廃墟みたいになった建物も混じっていた。所有者不明で行政も手を出せない、みたいな話をどこかで聞いたことがある。そういう場所なのかもしれない。


 たまに見える人影も、高齢者ばかりだ。

 皆、夜の早い時間に家へ入ってしまうのだろう。この辺りだけ、街が眠ってしまっているみたいだ。


 あの連中も、この辺のどこかへ行くのか。


 そんなことを考えながら進む先を追っていると、ふいに視界が開けた。


 昔は活気があったのだろうと思わせるような、広めの敷地。

 町工場だ。


 門扉は重そうに錆びつき、ところどころ塗装が剥げている。

 チェーンで閉ざされているが、隙間から見える敷地内もだいぶ荒れていた。窓ガラスのいくつかは割れ、壁の下の方には雨だれの跡が黒く残っている。長く手入れされていない建物特有の、乾いて荒んだ感じが一目で分かった。


 中年男とその側近は、門の前で立ち止まった。


 あたりを、不自然でない程度に見渡している。

 誰もいないことを確認したのか、中年がしゃがみ込むような動きをした。チェーンの鍵を開けているらしい。


 ここが目的地か。


 俺は壁の陰へ半歩寄り、ポケットの中のデジカメへ手を入れた。

 だが、夜のせいで遠すぎる。この距離だと何が写っているか分からないだろう。もう少しだけ近寄った方がいい。そう思って体重を移しかけた、その時だった。


 ごり、と。


 頭の後ろへ、硬いものが押し付けられた。


 思わず全身が凍りつく。


 ポケットへ手を入れたまま、動きがぴたりと止まった。

 呼吸さえ、少し遅れる。


「動くな」


 底冷えするような低い声が、頭上から落ちてきた。


 近い。

 俺より頭一つは高いのか、声が斜め上から降ってくる。

 押しつけられている硬さは、拳銃かもしれないし、別の金属かもしれない。どちらにせよ、確かめる気にはなれなかった。


 ゆっくりと、ポケットから手を抜く。

 両手を肩の高さまで上げる。


 なんてこった。

 二重尾行ってやつかよ。


 そう思った瞬間、背後の男の手が荒っぽく俺のポケットを探り始めた。服の上から遠慮なく触られる感触が気持ち悪い。デジカメと携帯を取り出される。男が小さく鼻を鳴らしたのが分かった。


「ふん」


 見下したみたいな、嘲るような声色。

 デジカメと携帯の中を検めることなく、そのままゴソゴソとしまう様な気配を背後に感じる。


 俺は何も言えない。

 口を開いたところで、ろくなことにならないのは分かる。


「歩け」


 ごつ、と頭の後ろを小突かれる。


 硬い。

 痛いというほどではないが、命令に逆らうなという意志だけは十分に伝わった。


 俺は黙って足を動かす。


 工場の門の方へ。

 中年男たちはいつの間にか中に入っているようだ。

 だらりと垂れたチェーンが、嫌な未来を想起させてくる気がした。


 心臓が嫌な速さで打っていた。

 冷や汗が背中を伝う。

 頭の中では、逃げ道だのなんだの、いつものように勝手に情報が流れてくるのに、今はそのどれもが役に立つ感じがしない。


 これからどうなる。


 その問いだけが、やけに重く胸の中へ落ちていた。

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