第11話 手に馴染むソレ
店主は、こちらの動揺だの戸惑いだのにはまるで興味がないらしかった。
言いたいことは言った、あとは好きに見ろ――そんな空気のまま、さっさと椅子に座り直してしまう。机の上に広げてあった細かなパーツを摘まみ上げ、金属ブラシでざりざりと擦り始めた。真鍮だか鉄だか分からない小さな部品が、ランプの明かりの下で鈍く光る。
こちらに視線すら向けない。
正直、その方が助かった。
服屋で店員がぴったりついてくるのが苦手なタイプだ。雑貨屋でもなんでも、横から「何かお探しですか」と来られると落ち着かない。
とりあえず、俺は歩きながら中を見て回ることにした。
* * *
壁際のガラスケースを覗き込む。
曇りひとつないガラスの向こうに、拳銃が何丁も並んでいた。
どれもこれも黒く、艶やかで傷一つない。素晴らしいのはなんとなくわかるが、素人の俺には、正直どれも似たようにしか見えなかった。
いや、さすがにセミオートとリボルバーの違いくらいは分かる。
シリンダーがあるかないか。それくらいだ。
学生時代、やたら銃器に詳しい友人がいたのを思い出す。ゲームでも映画でも、銃が出てくるとすぐ型番だの口径だのを語り始めるやつだった。たまに聞かされた気もするが、全部右から左だった。
「まあ……普通は知らないよな」
誰に言うでもなく小さく呟く。
値段はどれくらいするんだろう。
そう思って、値札を探す。
こういうのって、白い紐で小さな札がぶら下がっていたりするじゃないか。時計屋のショーケースにも、大抵そういうのがある。けれど、このケースの中の銃たちには値段らしきものがどこにも書かれていなかった。
仕方ない。後で気になるものがあったら聞こう。
ショーケースの端へ視線を滑らせた時、ふと、見覚えのある形が目に入った。
「お……」
思わず声が漏れる。
特徴的なシルエット。映画やアニメで何度も見たやつだ。
某大泥棒の三世が使っていた、あのいかにも男の子が好きそうな拳銃。昔テレビスペシャルで見て、何となく憧れた記憶がある。
もちろん、まさしく同じ種類なのかは知らない。
でも「これ知ってる」と思える形が一つあるだけで、妙な安心感があった。
そのまま、壁のラックへ視線を移す。
こちらに掛かっているのは、主に長物だった。
ライフル。ショットガン。名前も分からないもの。ゲームで見たことのあるシルエットはいくつもあったが、実際の型式や違いなんてさっぱりだ。木のストックがついた古そうなものもあれば、ひどく現代的で無骨なものもある。
ナイフや刃物の類も一角にまとめられていた。
こっちは銃に比べると数が少ない。壁にかかった刃が、どれも静かに光っている。近づく気にはあまりなれなかった。
弾や小物が置かれた棚は、ざっと流し見するだけに留めた。
どの部品がどの銃に対応しているのかなんて、見ても分からない。弾の箱に書かれている数字や記号も、いまの俺にはただの模様に近かった。
一通り見回って、ぼんやり思う。
いや、そりゃ男の子って、銃とか好きなもんだよ。
持ったら格好いい、っていう憧れくらいはある。映画でもゲームでも散々見てきたし。
でも、いざ自分が“持ち運ぶ”ことを想像すると、普通に怖くないか?
職質されたら終わりだ。
ずっと家に置いておくのも、それはそれで嫌すぎる。ふとした拍子にベッドの下から銃が出てくる生活って何だ。まともな人生じゃないだろ。
そんなもやもやを抱えたまま、最初のガラスケースの前へ戻ってきた。
そこで、一丁の拳銃に目が止まった。
小さい。
他のものに比べて、一回りどころか二回りくらい小さく感じる。
下手をすれば、手の中へすっぽり収まりそうなほどのサイズ感。もちろん、実際にはそこまでではないのだろうが、そう思わせるくらいにはコンパクトだった。
黒く、余計な主張がない。
けれど、見ていると妙に気になる。
じっと見つめていると、部屋の角から声がかかった。
「試してみるかい」
振り向く。
いつの間にか店主は作業を終えていたらしい。片づいた机に手をついて立ち上がり、鍵の束をじゃらじゃら鳴らしながらこちらへ向かってくる。
ケースの鍵穴へ差し込み、かちゃり、と音を立てて開ける。
そのまま、俺が見ていた小型の拳銃を迷いなく取り上げた。
作業台の方へ戻り、引き出しから弾のケースをひとつごとりと取り出す。
「こっちだ」
そう言って、こちらを見ることもなく、隣のドアからシューティングレンジへ入っていく。
「え、あ、はい」
慌てて後を追った。
* * *
レンジの中は、思ったより広かった。
四列分の仕切りがあり、奥行きは二十メートルか三十メートルくらいだろうか。正確な距離感は分からないが、学校のプールくらい、そんな印象だ。奥には人型のターゲットが吊られていて、映画やドラマで見た射撃場そのままの風景だった。
先に入った店主が、仕切りのひとつに拳銃と弾を置く。
それからこちらへ振り向いた。
「一ケース分は撃っていい」
そう言いながら、ターゲットの方を顎で示す。
「紙を見たきゃ、言え。こっちはいるか?」
店主が自分の耳のあたりを指先でちょいちょいと示す。
耳当てか。
少し考えた。
昨日みたいな場面じゃ、耳当てなんてない。だったら、音の大きさにも慣れておいた方がいい気がする。それに、正直、どんな音がするのか知りたかった。
俺はゆっくり首を横に振った。
店主は特に何も言わず、「そうかい」とだけ言って、そのまま外へ戻っていった。
一人きりになる。
そこでようやく、緊張が少しずつ高まってきた。
実銃。
これで三度目だ。
一度目は路地裏。
二度目は工場。
どっちも撃つしかない状況だった。だが、こうして落ち着いた空間で、自分の意思で撃とうとしているのは初めてだった。
ふう、と息を吐く。
レンジに置かれた拳銃を持ち上げる。
軽い。
そして小さい。
昨日持ったものより、体感で一回りは小さい気がした。重さも、五百ミリのペットボトルくらいか、それより少しあるくらいか。手のひらの中へ長さがぎりぎり収まる程度で、取り回しはかなり良さそうだ。
弾のケースも開ける。
中には、鈍い金色の弾が規則正しく並んでいた。箱の外側に 9mm の表記。数えると五十発。
「……多いな」
思わず呟く。
こういうものがどれくらい普通なのか分からない。だが、少なくとも“少し試す”量にしては多く感じる。
分からないなりに、マガジンを抜く。
弾を込めていく。
当然、初めての作業だ。
なのに、体は驚くほど素直に動いた。
弾を押し込み、次を重ね、また押し込む。カチ、カチ、と規則的な感触。指先が迷わない。まるで前から知っていた手順みたいに、引っかかりなく進んでいく。
その間に、視界の中へまたあれが浮かぶ。
残弾数。
クロスヘア。
もう驚きは薄い。
お決まりになりつつあるせいか、自分自身も違和感が無くなってきた。
十発。
込め終えたマガジンを銃へ戻す。
そのまま流れるように左手でスライドを引いて、チャンバーへ送る。
おお、と内心で思う。
何がどうなっているのか分からない。
操られているとも少し違う。
自分が本当は知っている動作を、身体だけが勝手に先回りしてやってくれているような、そんな感じだった。
これで撃てる。
すう、と意識が澄んでいく。
両手でグリップを握り込む。
足を軽く開いて、体を正面へ。
腕をまっすぐ前へ出しつつ、肘は少しだけ緩める。
良し。
引き金を引いた。
――ドパァン!
低く、重い破裂音がレンジへ響き渡る。
耳がびりっと痺れる。
同時に、手の中から腕、肩へ反動が抜けていく。
だが、それを驚くより先に、当たった、と分かった。
跳ね上がった銃口を戻す。
視界の中で広がったクロスヘアがきゅっと締まる。閉じた瞬間を待って、もう一度。
発砲。
戻す。
発砲。
戻す。
テンポよく、連続で撃っていく。
ターゲットが微かに揺れる。
当たるたび、何か独特の感触が体へ返ってくる。ゲームの中で敵へ弾を当てた時の、あの“入った”感覚に近い。しかも音まである。紙へ穴が開く乾いた音と、脳内で勝手に鳴るヒット音みたいなものが混ざって、妙に気持ちいい。
途中で狙いを頭へ切り替える。
すると、また感触が違う。より鋭く、より“当たった”感じが強い。
最後の一発を撃つ。
スライドが後ろで止まったままになる。
残弾ゼロ。
そのまましばらく構えを解かず、一拍置いてからようやく腕の力を抜いた。
大きく息を吐く。
「うわ……」
思わず、そんな声が漏れる。
気持ちいい。
反動、当たりの感触、音、その全部が混ざって、身体の中をびりびりと震わせていた。
ゲームでどれだけ撃っても、ここまでは来なかった。
アッチはスピーカーの音で、こっちは骨に響く。何もかもが生々しくて、妙に心地いい。
……これで、人に当てることさえなければ最高なんだろうけどな。
そう思ったところで、頭の片隅に昨日の工場がよぎる。
胸の奥に少し冷たいものが落ちる。
俺はそれを振り払うみたいに、またマガジンへ弾を込め始めた。
全部使うのはなんか気が引けるけど、あと少しくらいは撃っても良いだろ。
* * *
結局、全部撃ち切ってしまった。
レンジを出る時、少しばかり申し訳ない気持ちはあった。
いや、でも仕方ないじゃないか。面白かったし、気持ちよかったし。いや、それも言い方が危ないな、と自分で思う。
戻ると、店主は作業台に箱をいくつか積みながら、煙草をふかしていた。
ぼうっとしているように見えて、こちらの気配にはちゃんと気づいていたようだ。
俺を見るなり、やや呆れたように言った。
「大層気に入ったみたいだな」
灰を落としながら、口の端を少しだけ上げる。
「そいつ、持ってくかい?」
ニヤリ、という擬音が似合いそうな笑い方だった。
多分、答えなんて最初から分かっているのだろう。
俺は軽く息を吸ってから頷いた。
「はい。これを頂けたら」
そこで少し言い淀む。
「……ところで、お支払いは」
さすがに百万以上ってことはないはずだ。
多分。
ちょっとばかり心配になりながら、恐る恐る尋ねる。
「本体が二十五、“外”から持ってきてるのと、ウチで具合が良いのをピックアップして調整してるからな。向こうの倍くらいにはなるが、ま、物は良い」
それから、「それと」と言いながら作業台の上の箱をひとつ開けた。
中から出てきたのは、少しごつい名刺入れみたいなものだった。厚手のプラスチックみたいな質感をしている。
「こいつはサービスだ」
店主がそれを差し出す。
「って言っても、俺からじゃなく、雨宮の嬢ちゃんからだ」
雨宮が?
俺が妙な顔をしたのが分かったのか、店主はそのまま続ける。
「兄ちゃんがレンジに入ってから、嬢ちゃんから連絡があってな。終わったら声かけてくれってよ」
渡されたものを持った瞬間、ソレが何なのかが、なぜか分かった。
ホルスターだ。
映画で見るような、体に下げるごついタイプではない。ベルトに差して使う、かなり薄手のやつ。銃の半分くらいが隠れて、横に予備のマガジンも差せるようになっている。
省スペース。
しかも、ぱっと見では目立ちにくい。
夏場は無理だろうが、多少着込めば確かに外からは分かりづらいかもしれない。
さらに、店主は箱を二つ、どん、と置いた。
「んで、こっちは店からだ」
片方はさっき見た弾のケース。五十発入り。
もう片方は予備のマガジンだった。
「嬢ちゃんとこの“数字持ち”だ。ちいとばかし贔屓にさせてもらうぜ」
そう言って、店主は片目をつぶる。
ぱちん、とウインクの音が似合いそうなやり方だった。
見た目よりだいぶお茶目だな、この店主。
「……ありがとうございます」
我ながら無難な返事だと思ったが、店主は気にした様子もなく笑っている。
銃の方も箱へ入れ直してもらい、俺はリュックから金を取り出して支払った。
そのまま、全部まとめてリュックへ詰める。
ずしり、と重くなる。
……この鞄、外で絶対開けられないな。
そんなことを考えていると、店主が壁のスイッチを押し、レンジの方の電気が落ちた。
「何かあったらまた来るといい」
そう言って、ドアの方へ向かう。
「整備もしてる。気になるとこがあったら顔出しな」
頷きながらリュックを背負い直し、その後へ続いた。
* * *
通路へ出る。
無機質なコンクリートの道が、時計店とは反対方向にまだ奥へ続いていた。
来る時は気にしていなかったが、その先の暗がりが少しだけ気になる。まだ何かあるんだろうか。倉庫か、それとももっと別の何かか。
そんなことを思いながらも、口には出さずに階段を上がり、時計店の店内へ戻る。
店主はそのまま外へ出て、CLOSE にしていた札を戻し、シャッターを上げた。通りの昼の光がまた店内へ差し込んでくる。時計たちが静かにその光を返していた。
「ほらよ」
店主が一枚の紙を差し出してくる。
「うちの連絡先だ。たまに店を空ける時もあるからな」
受け取る。
名刺らしいが、電話番号しか書かれていない。ひどく簡素だ。俺は頷きながら、それをジャケットのポケットへしまった。
店主が「じゃあな」と言って店内へ戻っていく。
その背中を少しだけ見送ってから、俺はリュックを掛け直した。
行きよりもだいぶ重くなったそれが、肩へ確かな現実感を与える。
スマホを取り出し、画面をタップする。
今日は、ワンコール目で雨宮が出た。
『はあい。買い物はどうだったかしら』
電話越しの声は、相変わらずだ。
「ええ」
俺は少しだけ歩き出しながら答えた。
「いい買い物ができましたよ。それと、プレゼントもありがとうございます」
『構わないわ、あれくらい』
雨宮はさらっと言う。
『それより、これから時間あるかしら。昨日の件、話をしたくて』
背後の時計店の壁に掛かった時計が、店内越しにちらりと見えた。
十四時。まだ日は高い。
「……分かりました。こっちは大丈夫です。どこに行けば?」
『ありがとう。場所は――』
待ち合わせ場所を聞き、通話を切る。
スマホを下ろし、ひとつ息をつく。
「さて」
小さく呟く。
「何が出てくるかな」
ぺろり、と唇を舐める。
乾いているわけじゃない。ただ、気持ちを切り替える癖みたいなものだった。
そのまま歩きながら、今度は職場へ電話をかける。
コール音のあと、聞き慣れた相手が出る。
俺は少しだけ申し訳なさそうな声を作った。
「ああ、お疲れ様です。すみません、急で申し訳ないんですが、しばらく休みを頂きたくて」
適当に嘘っぱちな理由を並べる。
体調。家庭の事情。少し立て込んでいて。そんな言葉を繋ぎながら、自分でもたぶんこのまま辞めることになるんだろうな、と思っていた。
漠然と。
でも、かなりはっきりと。
もう後ろには引けない。
少なくとも、元いた場所へ戻ることはできない。
リュックの中には拳銃がある。
そして次の約束が、もう決まっている。
「……はい。ほんと、すみません」
通話を終えて、スマホを下ろす。
昼の街は何も知らない顔をしている。
通りを歩く人間も、信号も、店先の呼び込みも、全部いつも通りだ。
その中で、俺だけが少しずつ別の方へずれていく。
その先に何があるのかはまだ分からないけれど、こうして自分の銃を手にして、改めて今までの人生とは全く別の道に入ったんだと分かった。




