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正太郎、プロポーズしてしまう

【本文(229行)】

今日は高校の卒業式だ。


高校では、嫌がらせされたり冤罪で無視されたりしたけれど、まあ、どうでもいい。


千穂との登下校が最後ってのが、悲しい。千穂の制服姿が見られなくなるのも悲しい。冤罪事件前までは、普通に友達もいて、そこそこ楽しい高校生活を送ってた気がするんだけど、あの事件からは学校の人間は千穂以外は信じられなくなっていた。俺の高校生活は、ほとんど千穂一色だった。


ドールハウスを立ち上げてからは、いろいろチヤホヤはされたが、そんなものに何の価値も見いだせなかった。……気にならないとか思ってたけど、冤罪事件は俺の価値観を大きく変えてしまったんだろうな。


※※※


朝、玄関のチャイムが鳴る。時計を見ると、いつもの登校の時間だった。


「しょうちゃん、ネムちゃん、おはよう!」


ドアを開けると、千穂が制服姿で立っていた。朝の光が彼女の髪を柔らかく照らしていた。彼女はにこにこと笑っている。


「千穂、おはよう」


「ふぁ〜、千穂ちゃん、おはよう……」


ネムはこれから寝るところだったみたいだ。千穂の声が聞こえたのだろう。玄関まで出てきた。千穂はそんなネムを心配そうに見つめる。


「もう、ネムちゃん。昼夜逆転は体に良くないよ?」


「ワタシは夜型なんだよ……千穂ちゃんは、今日、高校の卒業式だっけ?」


「うん!でも、しょうちゃんも卒業式だよ?」


千穂が俺の方を見て、不思議そうな声でそう言った。


「ああ……そういやそうだったな。正太郎も高校生だったっけ?なんか、オッサンぽいから忘れてた」


「オッサンいうなよ。落ち着いてると言ってくれ」


俺はオッサンではない。いろいろ修羅場をくぐってきたから、大人な雰囲気を醸し出しているだけだ。その辺、勘違いしないでほしい。


※※※


その後は、千穂と肩を並べて歩き、最後の登校をする。


校舎のエントランスを通過し、廊下を進んでいき、教室のドアを開ける。この教室に入るのも最後だと思うと感慨が……いや、特に感慨はないな。というか、あまり印象にない。千穂と話したり……あとたまに委員長がオリ男関連で話しかけてきてくれたことぐらいか。


俺が入るとざわめきが一瞬静まり返るのは、いつも通りだった。別に気にしなくていいのに。


少し遅れて、俺にたくさんの声がかけられる。


「藤崎くん、おはよう!」


「藤崎、おはよう!」


「ああ、みんなおはよう」


俺は、マナーとして朝の挨拶を返す。


「藤崎くん、この前のテレビみたよ!かっこよかった!」


「あれかあ。かっこよかった?照れるなあ」


実は、あれからも懲りずにテレビや雑誌の取材を受けていた。本当はやりたくないが、ドールハウスの営業だから仕方ない。


そういった取材が入ると、なぜか毎回、短いタイトスカートにブラチラ気味の美人なお姉さんがやってくる。そんな時は、オリガミに事前警戒を頼んでいる。もし俺の理性が危うくなったら、オリガミが自動で千穂に電話をしてくれる。千穂の声を聞けば、どんな邪な気持ちも一瞬で消し飛ぶ。やっぱり千穂は最強だ。


あと、「ろくろを回すポーズ」と「カタカナビジネスワード」は取材では徹底的に自制した。俺は過去から学ぶ男なのだ。


他のクラスメイトも話しかけてくる。


「卒業式終わったら、みんなで打ち上げパーティーやるんだけど……藤崎くんも来ない?」


「そうなの?誘ってくれてありがとうね。ただ、この後また仕事なんだよな……ごめんね?」


「……そっか。忙しいだろうし、仕方ないよね!」


ふっふっふ。みんなが俺の肩書きや財力に挨拶をしてきおる。俺の人間不信はまだまだ治りそうにない。それに、経営者としてはそのくらいの距離感の方がいいんじゃないかと思う。


※※※


その後は卒業式があった。


椅子に座りながら、ぼんやりとこれからのことを考えていたら、いつの間にか卒業証書を受け取る順番が回ってきていた。特に感慨もなく、淡々と証書を受け取り、気付けばそのまま体育館を出る流れに身を任せていた。周りを見渡すと、涙を流している生徒もいた。きっと彼らは高校生活を心から楽しめたのだろう。そんな彼らを少しだけ羨ましく思う。


卒業式も終わり、最後のホームルームも終わる。こうして、俺の高校生活は終わったのだった。


※※※


今日は卒業式なので、千穂のおじさんおばさんが来ている。千穂はおじさんおばさんと帰るだろう。俺には親がいない。父さんは死んでしまったし、母さんもいない。ひとりぼっちだ。


学校に思い入れがあるわけでもないし、親しい友人がいるわけでもない。学校に残っていても仕方ないので、そろそろ家に帰ろうかな。そんな風に思っていたときだった。


「ね、ねえ?藤崎くん。ちょっといいかな?」


意外にも、委員長に声をかけられた。委員長はオリ男の熱心なファンで、グッズを渡すたびに嬉しそうに抱きついてくる癖がある。そのたびに、俺は彼女の大きめのお胸を何回か堪能させてもらった。彼女のおかげで、俺の高校生活は少しだけ明るくなった気がする。ある意味、感謝すべき存在だ。


「ああ委員長。どうしたの?別に用もないからいいよ」


「じゃあ、ちょっとついてきてくれないかな?」


またオリ男グッズのお願いか何かかな?卒業の日だし、できる範囲でリクエストには応えてあげよう。


※※※


委員長に連れられるまま、俺は人気のない特別教室棟まで連れて行かれる。人が誰もいない。まずい。まさか委員長、俺への刺客だったりしないよね?それだけは、やめてくれよ……人間不信が悪化しそう。


そんな俺の不安を察したのか、骨伝導イヤホン越しにオリガミが静かに囁く。


『周囲の音響調査を完了しました。現在、校舎内に他の人間の気配はありません。体温・血流・音声パターンから、委員長さんは敵意ではなく、むしろ好意を抱いているようです。』


好意……?戸惑っているうちに、委員長が立ち止まり、くるりと振り返った。その頬は真っ赤に染まっている。彼女は少し震える声で、けれど真剣な眼差しで言った。


「藤崎くん、好きです。私と付き合ってください!」


はっ?こ、告白ってやつか?予想外な展開に、つい呆けてしまった。初めての経験だった。正直うれしい。でも、俺にはやるべきことがあるし、大切な人もいる。思いは受け取れない。


ただ、委員長は、真剣に告白してくれたんだ。俺も真剣に答えねば。


俺はしっかりと目を見て答える。


「ごめん。俺、好きな子がいるんだ」


委員長はうつむく。その場を沈黙が支配する。俺は委員長が再び話し始めるまで待った。三十秒後ぐらいだろうか。委員長が顔を上げた。その顔は、少し寂しそうだけど、スッキリしているようにも感じた。


「やっぱり、そうだよね。千穂がいるもんね。……ごめん、変なこと言っちゃって。」


「いや、嬉しかったよ。俺の灰色の高校生活に潤いをくれてありがとうね。……ちなみに、俺のどこが良かったの?」


委員長は俺のお金とか地位を見ていない気がしたので、聞いてみた。


「ふ、藤崎くんって、すごい繊細な手つきしてるから……そこかな?私、手フェチなのかも。……お母さんたちが待ってるから、そろそろ行くね?」


「ああ、委員長、元気でな」


委員長は小さく手を振って、軽やかに去っていった。……手、か。そういえば千穂も手が好きだって言ってたな。やっぱり俺は手なんだな。手だけは大切にせねば。


去っていく委員長の背中を見送りながら、そんなことを思った。


※※※


さて……、千穂が物陰から俺を覗いているのが見える。バレバレだった。あれで、本当に隠れてるつもりなんだろうか?


「おーい、千穂?出てきなよ」


壁からはみ出して見える千穂の肩がビクッと震える。


数秒後、観念したのか、申し訳なさそうな顔をしながら、千穂がその姿を現した。そして、バツが悪そうに言う。


「ば、ばれちゃってた?」


「覗きなんて、悪い子だなあ」


「ご、ごめんね。急に委員長とどっかいったから、気になっちゃって……」


「全部見てたの?」


「う、うん」


「告白とかされたの、初めてだったわ」


「……よかったの?委員長、すごくいい子だし、かわいいと思うけど……」


「そうだね。確かにかわいいと思うし、嬉しかったよ」


「なら……」


「でも、それだけだから」


「そ、そうなんだ」


※※※


そういえば千穂はどうなんだろう?こんなに可愛くて性格もいいんだ。モテないはずがない。


「千穂だって、告白されるでしょ?」


「ま、まあ。たまに……」


そんな千穂の返答にオリガミが補足してくる。


『一ヶ月に一回は告白されてますね。』


そんなに告白されてるの!?モテモテじゃないか!そうだったのか……待てよ?これから千穂は花の大学生だ。千穂は可愛い。性格もいい。天使だ。たくさんの男どもが、千穂を狙って来るだろう。


千穂も、サークルに入ったりするんだろうか?大学のサークルってやばい印象しかない。神山のいた大学サークルの印象が強すぎるのかもしれない。サークルの趣旨そっちのけで、飲み会ばかりやって、サークル内でくっついたり離れたりして、精神的にも物理的にもドロドロの関係がそこにあったりして。


イケメン高学歴先輩とかがいて、頼れる雰囲気を出してきて。学業とかでちょっと悩んでる千穂に「どしたん?話聞こか?」とか言って近づいてきて……悩みを聞いてもらっているうちにたくさんお酒を飲まされて、お持ち帰りされたりして……許せん!……汚らわしい!破廉恥!


まずい。どうする!?どうする!どうすれば、そんな事態を防げる!千穂が離れていったら、俺、頭おかしくなる自信があるぞ!


そうなったら、オリガミが暴走して、邪神になっちゃうんじゃないか?この世界が崩壊しちゃうんじゃないか?人類滅亡の危機かもしれない!


もちろん千穂は俺から離れていかないかもしれない。でも、そんな千穂の気持ちにあぐらをかいていていいのだろうか?世の中に絶対なんてない。千穂が心変わりすることだってあるかもしれない。千穂に離れて行って欲しくなかったら、俺から踏み出さないといけないんじゃないか?


俺が頭を抱えてうんうん唸っていると、千穂が心配そうに話しかけてくる。


「しょ、しょうちゃん、大丈夫?やっぱり委員長の告白断ったの後悔してるの?」


「ちがう!ちがうんだ!」


千穂が心配そうな顔で、こちらを見つめてくる。俺の頭の中では、イケメン高学歴先輩が千穂に壁ドンしている。そして「しょうちゃん、ごめんね……」なんて言いながら、唇が近づいていって……千穂から離れろ!駄目だ!やっぱり千穂が離れていくなんて、想像するだけで頭おかしくなる!


どうやら、覚悟を決める必要がありそうだ。イケメン高学歴先輩に千穂を取られないために、俺は行動する必要がある。


俺は千穂の目を真正面から見つめる。


「千穂!」


「う、うん!」


俺は千穂の前に顔を近づける。あと少しでキスをしてしまいそうな距離だ。千穂は顔を真っ赤にして俺の言葉を待っている。そして、俺はついに言ってしまう。


「俺と結婚してくれ!」


「は、は、は、はいぃ!よろしくお願いします!」


千穂は俺の女だ!イケメン高学歴先輩には渡さん!


※※※


そんな俺の耳に、少し呆れたオリガミの声が響く。


『お兄様……モノには順序ってものがあると思いますよ?』


その声で、イケメン高学歴先輩の幻想に囚われていた俺は、我に返ったのだった。

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