合格祝いはイヌガミ
パーン!!
勢いよくクラッカーが弾け、その音が部屋中に響き渡る。紙吹雪が舞い、テーブルの上や床に降り積もった。
「「「大学合格おめでとう!」」」
みんなで声を揃えてお祝いの言葉を叫ぶ。千穂は目を真っ赤にして、ぽろぽろと大粒の涙をこぼしながら、満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう!うれしいよぉ!」
千穂は両手で顔を覆い、感極まったように肩を震わせている。そりゃそうだ、あれだけ毎日コツコツと勉強して、努力を積み重ねてきたんだから。
※※※
今夜は、千穂のための合格お祝いパーティーだ。リビングのテーブルには、俺とネムが何度も失敗しながらも力を合わせて作ったシチューやローストチキン、サラダ、手作りのケーキまで並んでいる。どれも千穂の手料理には遠く及ばないけれど、千穂は「すごく美味しい!」と何度も笑顔で言ってくれた。
部屋の隅には「祝・合格!」と書かれた手作りの垂れ幕も飾ってある。俺が折り紙で作った花飾りも、しっかりとテーブルに飾ってある。
パーティーのメンバーは、千穂、俺、ネム、そして早瀬さん。千穂の手料理を食べて胃袋を掴まれてしまっているメンバーだ。
※※※
実のところ、俺は自分のことで精一杯で、千穂がどれだけ頑張っていたか、あまり見ていなかった。
でも、オリガミが言うには、千穂はこの一年、ほとんど毎日机にかじりついて、夜遅くまで勉強していたらしい。
その努力がついに報われ、今こうして喜びの涙を流している。そう思うと、俺の目には自然と涙が滲んできていた。気づけば、ネムも目を真っ赤にして、ぽろぽろと涙を流している。
「千穂ちゃん、本当に良かったなあ。頑張ったなあ」
ネムが泣いているのを見るのは初めてかもしれない。意外と涙もろいのかもしれない。感動とかに弱いタイプかな?
※※※
早瀬さんは、そんな俺たちの様子を優しい笑顔で見守っていた。やがて、静かに口を開く。
「千穂さん、合格おめでとうございます。よかったら、これを使ってください。」
そう言って、落ち着いたダークグレーのトートバッグを千穂に手渡す。バッグはシンプルながらも上品なデザインで、持ち手や縫い目も丁寧に仕上げられている。どんな服装にも合いそうな、実用的で大人っぽい雰囲気のバッグだ。
「え?ありがとうございます!わあ!カバンだ!おしゃれ!」
千穂は目を輝かせて、バッグを両手で抱きしめる。すぐに肩にかけてみたり、鏡の前で合わせてみたりと、嬉しそうに何度も眺めている。
「なんとこのカバン、アラミド繊維でできています。防刃・防弾仕様です。」
「ぼ、防刃防弾ですか?」
「ええ、刃物で刺されても、銃で撃たれても、貫通しません。防弾ベストなどにも使われている素材です。見た目は普通のバッグですが、強度は折り紙付きですよ」
おお、さすが早瀬さん!千穂の身を案じて、実用性と安全性を兼ね備えたプレゼントを選んでくれる。今の千穂にぴったりだ!
千穂は興味津々で、バッグの表面を指でなぞったり、軽く叩いてみたりしている。
「これ、そんなに硬いの?全然分からない……普通の布みたいなのに……」
そんなアラミド繊維とやらのカバンにネムも興味を示す。
「千穂ちゃん、ワタシにも触らせて!……ほお……へえ、すごいな!そこまでゴワゴワしてるわけじゃないんだな!これがそんなに強度あるのか……不思議なもんだな……」
ネムもバッグの感触を確かめながら、感心したように何度も手のひらで撫でていた。二人は、何度も顔を見合わせて「すごい!」と感心し合っていた。
※※※
じゃあ、次は俺たちからの合格祝いだ。俺はネムに目配せをする。
「俺とネムからのプレゼントは……この子……イヌガミだ!」
俺がそう宣言すると、イヌガミはくるんとバク宙を決める。
早瀬さんはそれを見て、ビクッと体を震わせていた。そういえば、早瀬さんは、イヌガミのアクロバッティックなムーブを見たことなかったかもしれない。信じられないものを見るような目でイヌガミを見ている。
千穂は一瞬きょとんとした顔をした後、目を大きく見開いて声を上げた。
「……え!?本当!?ホントに私にイヌガミちゃんくれるの!?」
「もちろん!千穂、ずっとイヌガミのこと気に入ってたみたいだからさ。おじさんとおばさんにもちゃんと説明して、許可ももらってあるんだ。だから、今日からイヌガミを家に連れて帰っていいよ」
「イヌガミちゃん、お家につれて帰っていいの!?本当に!?」
「本当だって。可愛がってやってな?」
千穂は信じられないというようにイヌガミを見つめ、そして俺とネムの方に振り返ると、嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「やったぁ!しょうちゃん、ネムちゃん、本当にありがとう!夢みたい!」
千穂はイヌガミの胴体にぎゅっと抱きつき、イヌガミもクネクネと体を動かしていた。
「イヌガミは、結構なんでもできるから、困ったことがあったら相談しなよ?きっと千穂の力になってくれるから。ただ……こいつはかなり目立つから、街中を連れ歩いたりはしないように。俺の家と千穂の家の行き来くらいは大丈夫だけど」
「うん、わかった!イヌガミちゃん、大切にするね。絶対に!」
※※※
こうして、千穂の合格を祝うパーティーは、皆で一緒に写真を撮ったり、千穂がネムや早瀬さんと大学の話を聞いたりして盛り上がった。千穂は、終始楽しそうだった。
パーティーが終わり、家まで送り届けるときも、千穂は早瀬さんからもらったバッグを大事そうに肩にかけ、イヌガミの隣を軽やかな足取りで歩いていた。その横顔は、開放感に満ちていた。
千穂……本当によかったな……
※※※
千穂を家まで送り届けた後、家に戻ると、オリガミからイヌガミの新しい武装についての詳細な報告を受けた。
「え?イヌガミ、前庭砲がついてるのか?」
オリガミから、落ち着いた声が返ってくる。
『はい、お兄様。イヌガミのボディに小型の前庭砲プレートを3枚設置しました。この前庭砲プレートは、通常の前庭砲よりも出力は抑えめですが、移動体に装着しての使用を想定して設計しております。千穂さんが自宅にいる際、万が一の侵入者や不審者に対して即座に対応できるだけの能力はあるはずです。』
「……全然気づかなかった。イヌガミのどの部分に設置したんだ?」
『胴体の全面と両サイドですね。色はイヌガミと同じ色に塗装したので、外見上はほとんど分からないと思います。』
オリガミは少し気まずそうに付け加えた。
『報告なしで設置してしまい、申し訳ありません。千穂さんの安全のためなら、お兄様が拒否するわけがないと判断しました。』
「そうだな。オリガミの判断は正しいよ。設置はネムがしたの?」
ネムがうなずく。
「ああ、ワタシがやった。千穂ちゃんの家の外壁には前庭砲プレートを設置してあるけど、家の中にはなかったからな。イヌガミが千穂ちゃんのものになるなら、家の中でも守ってやれればと思ったんだ」
「確かに、前庭砲を装備したイヌガミがいれば、侵入者があっても、すぐに対応できるな……これは、俺が気付くべきことだったかも。ネム、ありがとう!」
「気にするなって。正太郎は、千穂ちゃんの合格発表のことで頭がいっぱいだったろ?他のことが全然手についてなかったの、見てたからさ」
そう言って、ニヤリと笑うネム。
うう、お恥ずかしい。全くもってネムの言う通りだった。ここのところ、千穂の受験の結果が心配で心配で、何もできてなかった。千穂当人よりもオロオロしてたかもしれない。
何にせよ、千穂のセキュリティレベルが上ったという事だ。ネムとオリガミには感謝だな。備えあれば憂いなし、だよね。
※※※
そうだ。ネムに伝えておかないといけない重要な話があったのを思い出した。
「ネムさ、オリガミから『問い』について何か聞いてるか?」
「問い……?なんだそれ?」
ネムは首をかしげ、目をぱちぱちさせている。どうやら全く心当たりがない様子だ。
「やっぱり、まだ聞いてなかったか。オリガミ、ネムに『問い』の件、ちゃんと説明してやってくれないか?」
俺がそう頼むと、オリガミは一瞬だけ間を置き、ネムに『問い』について説明を始めた。
『わかりました、お兄様。ネムさん、実は……』
※※※
オリガミから「問い」についての報告を聞き終えたネムは、最初はぽかんとした表情を浮かべていた。しかし、説明の内容が脳内でじわじわと理解されていくにつれ、みるみるうちに顔が真っ赤になり、目を見開いたまま全身を小刻みに震わせ始めた。
「……え、え、え、なにそれ……そんな、そんなの……!」
ネムは両手で自分の頬を押さえ、呼吸が荒くなっていく。肩も上下に大きく揺れ、興奮を抑えきれない様子だ。俺はその反応を見て、スマホをそっと構えて撮影の準備をする。さあこい!
そして、ついにネムの限界が訪れた。
「おほっ♡おほおおおおおおっっっ♡ああっ、響いてくるぅ……!至高の知性が、人類の限界を超えて進む叡智の足音ォ……!」
ネムは全身を反らせて叫ぶ。俺は、しっかりとその瞬間を動画に収める。
「オホ声いただきました!ありがとうございます!」
※※※
発作が終わった後も、ネムはしばらくの間、とろんとした顔で余韻に浸るように天井を見つめ、肩で息をしていた。
そんなネムの姿を見ながら、俺は考えていた。
「問い」とは何なのだろう。オリガミが追い求める答えに辿り着いたとき、その先には何があるんだろうか――?




