千穂、東応大学合格!
あの夜の「問い」については、オリガミのネットワークの一部分が継続的に解析を続けている。しかしながら、未だ何もわからないらしい。
ただ、過去には全く見えていなかった「問い」が、オリガミのニューラルネットワークの成長によって見えてきたわけだし、このままオリガミがさらに成長できれば、その答えも見えてくるかもしれないとのことだった。
何にせよ、早急なオリガミの成長が望まれるということだ。やることは今までと変わらない。
オリガミの成長といえば、スペースの問題で、現在はオリガミタンクを追加することができない。オリガミの性能向上はDNAニューロンの改良頼みとなっている。ただ、それにも限界がある。オリガミの成長には、やはりオリガミタンクの追加が必要なのだ。つまり、研究所の完成待ちだ。
研究所についてだが、今は建設会社の人に急いで詳細設計をしてもらっている。研究所全体の完成は……一年後くらいだろうか。先は長い……
※※※
千穂の大学受験、その試験日がついに明日に迫っていた。
夕食後、そろそろ千穂を送らなきゃと思っていると、彼女が不安そうな表情で俺のもとにやってきた。目にはうっすら涙が浮かんでいて、声も少し震えている。
「き、緊張してきた。しょうちゃん、どうしよう!どうしよう!寝られないかも!」
きっと、これまで必死に勉強してきた分だけ、プレッシャーも大きいのだろう。千穂は俺の袖をぎゅっと掴み、今にも泣き出しそうな顔で助けを求めてきた。
「だ、大丈夫だって。千穂、たくさん勉強してきたじゃないか。ほ、ほら、イヌガミもそう思うだろ?」
イヌガミの頭部スマホにマルのマークが表示される。
「ほら!イヌガミも大丈夫って言ってる!」
「ほ、ほんとだ!本当に本当に大丈夫だよね?大丈夫だよね?」
「大丈夫だって。模試の結果もA判定とかB判定だろ?肩の力を抜いていこう!ほら、イヌガミもそう言ってる!」
イヌガミの頭部スマホにマルのマークが、さっきより大きく表示される。
「ほらな!?」
「ほんとだ!イヌガミちゃんがそう言うなら……大丈夫なのかな?ね、ねえ、しょうちゃん。できたらでいいんだけど、明日の朝、受験会場までついてきてくれない?不安で不安で……」
千穂の切実な頼みに、俺は迷うことなくうなずいた。
「もちろんだ。俺がついて行ってやる!」
今、千穂の心の支えになっているのはイヌガミだ。だが、イヌガミを街中に連れ出すのは難しい。さすがに目立ちすぎるだろう。注目されてしまったら、千穂が緊張して受験どころではなくなってしまうかもしれない。なら、ここは俺の出番だ。
「ほんと?!ありがとう!」
千穂がぱっと顔を輝かせて、満面の笑みを浮かべた。嬉しそうな千穂を見ると、こっちまで幸せな気持ちになってくる。これで、千穂の緊張が少しでもほぐれればいいんだけど……
※※※
そして、受験日当日の早朝がやってきた。まだ外は薄暗く、空気もひんやりとしている。
千穂は既に家に来ている。やはり緊張しているようだ。表情が硬い。無理もないだろう。
そんな中、玄関のチャイムが鳴った。俺と千穂は顔を見合わせ、玄関へ向かう。ネムも俺達の後をついてくる。
ドアを開けると、そこにはきちんとスーツを着こなした早瀬さんが立っていた。彼女の後ろには、いつもの高級車が停まっている。
「おはようございます、正太郎様、ネムさん、千穂さん」
早瀬さんが迎えに来てくれた。
先に、千穂が挨拶を返す。
「早瀬さん、おはようございます。朝早くからすみません」
「いえ、お気になさらず。これも私の大切な仕事ですし、千穂さんにはいつも美味しい手料理をご馳走になっていますからね。少しでもお力になれれば嬉しいです。本日は私が責任を持って受験会場までお送りします。正太郎様もご一緒に向かわれますよね?」
「は、はい。よろしくお願いします」
何故か、俺も緊張してしまっていた。
「千穂ちゃん、深呼吸だ!リラックス、リラックス!ワタシも勉強の様子見てたけど、千穂ちゃんなら絶対大丈夫だから!」
ネムも千穂の背中をさすりながら、必死に励ましの声を千穂にかけていた。
「うん、ありがとうネムちゃん。リラックス、リラックスだね!」
そうして、ネムの声援を受けながら、千穂と俺は車に乗り込み、受験会場へと出発したのだった。
※※※
車に揺られながら受験会場へと向かう途中、千穂が戸惑い気味に言った。
「こ、こんなにしてもらっていいのかな……?みんなは自分で行ってるのに、私だけ特別扱いみたいで……」
千穂は周囲と自分を比べて、少し申し訳なさをかんじているようだった。
「気にしなくていいよ。千穂は色々と狙われやすい立場なんだから、用心するのは当然だよ。それに、俺のせいで色々と不自由させてごめんな?」
俺はできるだけ優しく言葉をかける。千穂の不安を少しでも和らげたかった。
「それは大丈夫だよ!しょうちゃんは私のこと心配してくれてるんでしょ?うれしいな。えへへ……」
千穂は照れくさそうに微笑み、俺の方を見てくる。
……とはいえ、やっぱり俺のせいで千穂には色々と迷惑をかけてしまっている。大学生活も早瀬さんにつきっきりになってもらう形になりそうだし、本当に申し訳ない気分だった。
※※※
車が受験会場へと到着した。到着したのは、千穂の志望校……なんと、おなじみの東応大学だった。
もともと千穂は成績は悪くなかったが、決してトップ層というわけではなかった。それでも「私も、しょうちゃんやネムちゃんと同じ場所に立ちたい!」と言い始め、毎日コツコツと努力を重ねてきた。
その成果が実り、最後の模試ではついにA判定を獲得したのだ。俺たちの食事の準備もこなしながら、勉強も手を抜かず、しっかりと結果を出してきた千穂。可愛くて家庭的なだけじゃなく、努力で知性も身につけて、本当にすごいと思う。
しかし……千穂は勘違いをしている。同じ場所に立ちたいなどと言われても、俺は東応大学なんて場所に立てていないのだ。このままでは、俺だけ高卒で、まわりは東応大学出身者ばかりになってしまう……きっついわあ。いや!こんな考えは良くない!俺は俺のやるべきことをやる!それだけでいいじゃないか。
車をパーキングに停めて、千穂と一緒に車を降り、大学の正門まで歩く。試験中は特別な事情がない限り、関係者以外は構内に入れない。早瀬さんは護衛という立場で特別に許可をもらっているが、俺はそうはいかない。だから、ここが俺の見送りの場所だ。
千穂は上目遣いで俺の目を見上げ、そっと一歩、俺の方へと近づいてきた。
「しょうちゃん……お願いがあるの」
「ん?なんだ?なんでもいいなよ」
「私……頑張ってくるから……ちょっとだけギュッてしてくれないかな?」
千穂は頬をほんのり染めながら、恥ずかしそうにそう頼んできた。
ここは人通りが多い大学正門前。周りからジロジロ見られそうだが……千穂の望みが最優先だ。こんなときに恥ずかしいなんて言ってられない。
俺は、千穂をそっと優しく抱きしめた。千穂の温もりが伝わってくる。早瀬さんはさりげなく立ち位置を変え、周囲の視線をさえぎってくれている。
「千穂……俺、お前の頑張り、ずっと見てたから……全力を出してこい!」
「うん!行ってくるね!」
そうして、千穂は自らの戦いの場に向かっていった。早瀬さんも、こちらに一礼をして、千穂の後を追っていった。
力を出し切れますように……
※※※
千穂の東応大学合格の知らせが届いたのは、それから二週間後のことだった。千穂は見事に合格を勝ち取ったのだった。
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