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激論!ネムと紳士教授

研究所を建てられる業者を紹介してもらうという、今回の最大の目的は、無事に達成した。これで、また一歩、研究所完成に近づけた。


今、ネムは紳士教授と自分の論文について、熱心に議論を交わしている。二人はホワイトボードの前に立ち、数式や図を描きながら、専門的な話題で盛り上がっていた。


「ここは、この関数を使ってニューロンの重みを修正して……」


「なるほど。では、しきい値はなぜこのように……?」


俺はその様子を少し離れた椅子に座って眺めていた。正直、二人の会話は専門的すぎて、ほとんど理解できない。AIの学習アルゴリズムや神経細胞の数理モデル、重み付けの最適化手法など、俺には未知の世界だ。


でも、ネムは本当に楽しそうだ。普段は子供っぽい一面が多いけれど、こうして研究の話になると、目の色が変わり、大人っぽくなる。教授も同じように熱意を持って議論に加わっている。こちらは逆に普段より子供っぽくなっている。


二人の白熱した議論をぼんやり眺めながら、これから始まる研究所建設の段取りや、今後自分がやるべきことを頭の中で整理していた。


そんな俺の様子に、ネムが気づいたようだった。


「正太郎、大学構内でもぶらついてきたらどうだ?こういう所、来たことないだろ?」


突然の提案に、俺は少し戸惑いながら答える。


「え?そりゃ、俺も色々見てみたいけど……」


正直、大学って広すぎて、どこから見て回ればいいのか全然わからない。それに迷子になりそうで怖い。


そのやり取りを聞いていた紳士教授も、俺の様子に気づいたようで、優しく声をかけてくれた。


「ああ、すみません。つい熱くなってしまいまして。藤崎社長、せっかくですから、ぜひ大学の中を色々見ていってください。秘書に案内させますので、遠慮なくどうぞ」


「え!本当にいいんですか!?この大学って以前に一度しか来たことがなくて、ずっと興味があったんです。お言葉に甘えさせていただきます!」


教授のデスクの向こうでパソコンに向かって作業していた秘書さんが、教授の声に反応して立ち上がり、にこやかに俺の方へ歩み寄ってきた。


「では藤崎社長、こちらへどうぞ。ご案内いたします」


「すみません。お手数をおかけします」


俺は恐縮しつつも、その申し出に素直に甘えることにした。すると、早瀬さんも「私もご一緒します」と静かに言い、俺の隣に立つ。


「じゃあ、ネム、俺と早瀬さんはちょっと出てくるから。部屋を出るときは連絡してな。教授、ネムを少しの間よろしくお願いします」


そんな俺の言葉に、ネムは少しムッっとした顔をして反応した。


「正太郎!ワタシは子供じゃないぞ!」


ネムの文句を背中で聞きながら、俺と早瀬さんは秘書さんに促されるまま、研究室を後にした。


※※※


部屋を出ると、廊下には静かな空気が流れていた。そんな中、秘書さんがにこやかにこちらを振り返り、丁寧に尋ねてくる。


「藤崎社長、どんな所がご覧になりたいですか?研究施設や歴史的な建物、あるいは学生の活動スペースなど、いろいろご案内できますよ」


正直、大学のことはほとんど知らない。何が見たいかと聞かれても、すぐには思いつかない。


「すみません、何が見たいかも分からなくて……。早瀬さんは何か見たい場所とかあります?」


早瀬さんは少し首を傾げて、控えめに答える。


「いえ、私は特に……。実は私もここの大学の出身なので、だいたいの場所は知っているんです」


なんでみんな当然のように高学歴なんだ?おかしくね?高卒予定の俺の肩身が狭くなるんだけど。やっぱりこの世界、学歴社会なのか?俺も大学行くべきなのか?でも、どう考えても、オリガミを成長させる方が優先順位高い。無理だよなあ。


そんな俺の様子を察したのか、秘書さんが明るく提案してくれる。


「それでは、まずは本学自慢の図書館からご案内しましょうか。歴史的な建物や有名なスポットも順番に回っていきますね」


「それでお願いします!」


※※※


最初に案内されたのは、大学の中央にそびえる大きな図書館だった。重厚な石造りの外観は威厳がありつつも、どこか温かみも感じられる。中へ入ると、天井の高いホールが広がり、中央には赤い絨毯が敷かれた大階段がゆるやかに伸びている。ステンドグラスから差し込む光が床に色とりどりの模様を描き出していた。蔵書数は百万冊を超えるらしいが、正直、本の多さよりも建物そのものの美しさや格式に目を奪われてしまう。


俺はすっかり圧倒されていた。この建物、しっかり目に焼き付けておこう。時間を見つけて折り紙で再現してみたい。


図書館を出た後は、歴史ある講堂や、赤レンガ造りの旧館、近代的なガラス張りの研究棟など、大学の名所を次々と案内してもらう。どの建物も個性的で、風格がある。学生たちが行き交うキャンパスの雰囲気も新鮮だった。


そんなふうに、秘書さんの丁寧な説明を聞きながら、大学の有名どころをじっくりと巡っていった。気がつけば、あっという間に2時間近くが経過していた。


※※※


やばい、千穂のご飯の時間が近づいている。千穂は規則正しく食事をとるのが大切って言ってたし、遅れると悲しい顔をされることもある。俺が帰るのが遅くなれば、千穂のご飯も遅れてしまう。


俺は慌てて秘書さんに深く頭を下げて、お礼を伝えた。


「本当にありがとうございました!テレビや雑誌でしか見たことがなかった場所ばかりで、実際に歩いてみると全然違いました。とても楽しかったです!」


秘書さんはにこやかに微笑み、丁寧に返してくれる。


「いえいえ、こちらこそご一緒できて楽しかったです。少しでも大学の雰囲気を感じていただけたなら嬉しいです」


俺たちはネムを迎えに、再び教授室へと向かった。


※※※


フロアに戻ると、静まり返った廊下に突然、大きな怒鳴り声が響き渡った。その声は、まさに俺たちが目指している紳士教授の研究室から聞こえてくる。思わず足が止まり、背筋に冷たいものが走る。ネムが誘拐された時の記憶が、一瞬フラッシュバックのようによみがえった。隣を見ると、早瀬さんも表情を引き締めている。


そんな俺の様子を察したのか、耳の裏の骨伝導イヤホンから、オリガミの落ち着いた声が静かに響いた。


『ご安心ください、ネムさんは無事です。今は少し熱くなっているだけですよ』


そんな俺たちをよそに、秘書さんは呆れたように言った。


「またですか……」


※※※


研究室に入ると、中では熱い激論が繰り広げられていた。ふたりともまるで獣のようだ。


「だから、なんでそのパラメーターをここの関数に組み込もうと思ったんだ!」


「ワタシの直感だ!これで精度が上がるってことは数字に出てるだろ!」


「なんでそれで精度が上がるんだ!」


「わからん!人間に理解できないようなファクターがあるんだろ!」


「そのファクターがわからないとサイエンスとはいえないだろ!」


「今でもニューラルネットワークがなぜ知性として機能するのかわからないんだ。そんなこと言ってたらAI自体がサイエンスじゃないだろ!」


「いや、サイエンスは説明できることを積み重ねていくものだ。ブラックボックスのままじゃただの魔法だ!」


「でも、現実に動いてるものを否定するのは違うだろ?理屈が後からついてくることだってある!」


「理屈がなければ再現性も保証できない。偶然の産物に頼るのは危険だ!」


「……!!」


「……!!」


バンバンと机を叩く音が響き、そのたびに机の上のペンやノートが小さく跳ねる。空気はピリピリと張り詰め、ネムと紳士教授は互いに一歩も引かず、言葉をぶつけ合っている。声もどんどん大きくなり、議論というよりも、もはや口論に近い状態だ。


ふたりとも、俺たちが部屋に戻ってきたことなど、まるで気づいていない。


普段は穏やかで上品な紳士教授も、今はその仮面を完全に脱ぎ捨てている。額には汗がにじみ、顔は紅潮し、目はギラギラと血走っている。声も普段の落ち着いたトーンとは打って変わって、腹の底から絞り出すような大声だ。


彼の中にも、絶対に譲れない信念や情熱があるのだろう。世間体や「紳士」としての振る舞いよりも、大切なものが。人からどう見られるかなんて、今は、きっと頭の片隅にもなさそうだ。


うんうん、父さんもムキになると、こんな感じだったな。こういうところも父さんに似ている。アカデミックな人って、こんなのばかりなのかもしれない。ちょっと面白い。


※※※


放っておけば、二人の激論はいつまでも続きそうだった。


だが、俺もこのまま黙って見ているわけにはいかない。なぜなら、千穂のご飯の時間が刻一刻と迫っているからだ。千穂の食事を遅らせるわけにはいかない。俺の中で、使命感がふつふつと湧き上がる。


意を決して、俺は大きな声でネムに呼びかけた。


「ネム、そろそろお暇するぞ!」


しかし、その声は二人に届かない。ネムも教授も、まるで俺の存在など気に留めず、さらに激しく言葉をぶつけ合っている。これでは埒が明かない。俺は覚悟を決め、ついに実力行使に出ることにした。


俺はそっとネムの背後に回り、今にも教授に噛みつきそうな勢いのネムを、思い切って後ろから羽交い締めにした。ネムの体は小さいが、意外と力が強い。暴れるネムを必死で押さえつけながら、もう一度叫ぶ。


「ネム!帰るぞ!」


「正太郎!はなせぇ!まだだぁ!」


ネムは必死に抵抗するが、俺も負けていられない。仕方ない、切り札をだすぞ!


「千穂のご飯、俺が全部食べちまうぞ!いいのか!」


その言葉を聞いた瞬間、ネムの動きがピタリと止まった。はっ!としたように俺の方を振り返り、しばらく考え込む。そして、悔しそうに唇を噛みしめながらも、教授に向かって大声で叫んだ。


「このロートルジジイ!次は絶対にわからせてやるからなぁ!覚悟しとけぇ!」


どうやら、ネムの中で千穂の手料理が知的好奇心に勝ったらしい。やっぱり千穂のご飯は偉大だよな。


「クソガキがぁ!また来いよぉ!」


教授も負けじと大声で返す。その顔は怒っているようで、どこか楽しそうだ。口は悪いが、心からこのやり取りを楽しんでいるのがわかる。


「では、教授、失礼します!秘書さんも案内ありがとうございました!」


俺は深く頭を下げ、秘書さんにも丁寧にお礼を伝える。秘書さんはにこやかに微笑み返してくれた。


ネムはまだ少し未練がありそうに教授を睨んでいたが、俺の腕を振りほどくと、すぐに「ご飯ご飯!」と機嫌を直して歩き出した。


こうして、俺たちは、研究所を作ってくれそうな業者を紹介してもらうという、当初の目的をしっかりと果たし、大学を後にしたのだった。


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