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紳士教授に会いに行く

「ネム、研究所の用地の買収、無事に終わったよ。書類も全部確認して、法的な問題もなかった。これで、土地の名義も正式に俺たちのものになった」


俺は、手にした書類の束をテーブルに置きながら、思わず安堵の息をついた。ようやく、交渉と手続きが終わった。長かった……。


「おお!正太郎!本当に頑張ったな!すごいじゃないか!」


ネムが目を輝かせて褒めてくれる。彼女はこういう時、素直に労いの言葉をかけてくれるから嬉しい。


「でもさ、次は研究所の設計や施工の業者を選ばないといけないんだよな」


俺は、やることの多さにウンザリしながら、つい弱音を吐く。


「ああ、それはワタシの担当だな。新しい研究所に必要な設備や、オリガミのニューラルネットワーク拡張のための建築条件は、ワタシが大体リストアップしてある。必要な機材やセキュリティ、電源やネットワーク環境、将来的な拡張性も含めてまとめてあるから、安心して任せてくれ」


ネムは自信たっぷりに胸を張る。やばい。頼りになる。惚れそう。


「俺、そういうの全然分からないから頼むわ。不甲斐なくてごめん」


正直俺の手の出せる部分ではない。素直に頼ることにした。


「何言ってるんだ。正太郎は十分頑張ってきたじゃないか。次はワタシの番だ。任せてくれ!ていうか、もうほとんどリストアップ済みだから、あとはオリガミと相談して微調整するくらいかな!」


ネムはさらに胸を張ってみせる。その動きにつられて、オーバーサイズのパーカー越しでも彼女の胸の存在感が際立つ。思わず、俺の視線はそちらに引き寄せられてしまった。


俺の視線に気づいたネムが、呆れたようにため息をつきながら言う。


「正太郎、お前、本当におっぱい好きだよな?」


俺は堂々と答える。


「ああ、大好きだ」


好きなものは好きなんだ。仕方ないだろ。男とはそういうものだ。


※※※


ネムが続けて言う。


「さっきも言った通り、研究所の建築は専門知識と特殊な工程が必要だから、設計や施工は専門家に頼まないと駄目だ。この前キャンピングカーショーで会った教授、覚えてるか?正太郎が『紳士教授』って呼んでた人。あの人、顔が広いから、今度相談しに行こう」


「東応大学に行くの?」


「そうだよ」


「俺、高卒の予定なんだけど、そんな俺が東応大学の教授に会いに行っていいのかな?いきなり議論ふっかけられたりしない?バカにされない?」


「大丈夫だって。意外と会ってくれるもんだよ。もちろん、アポは必要だけどな」


「そんなもんなんだ。じゃあ、早いうちに会いに行こうぜ。とっとと研究所の建築にはいりたいし」


「そうだな!自分の好きなように研究所作れるなんて、ワクワクするよな!」


ネムの目はキラキラと輝いていた。


たしかに、研究所とかはよくわからないけど、自分の好きなように建物を建てれるのは楽しそうだ。


俺も何か欲しい設備を考えてみよう!


※※※


紳士教授とのアポはすぐに取れた。


ネムはオリガミと関わってからも、AI関連の論文をいくつか出していたらしい。もちろん、オリガミAIのようなDNAニューロンによるニューラルネットワークの論文ではなく、自分の持ち込んだコンピューターでの研究の論文だ。


オリガミも、原点は違えどコンピューター上でのAI研究が自身の成長に役立つことも多いらしく、ネムの研究に協力していると聞いている。


ちなみに、俺もその成果から得られた知見より改良設計された、DNAナノボットニューロンを、何回か折り紙にて再現している。DNAニューロンのアップグレードの方も、順調に進んでるようだ。オリガミの進化が止まらない。


紳士教授は、これらのネムの最近の論文に強い興味を示していて、それについて話したかったらしく、快く訪問を受けてくれた。もちろん、俺が同行することも伝えてある。


さて、紳士教授の紹介で、研究所を建てられる専門業者が見つかればいいんだけど。今度こそ、邪魔が入りませんように。


※※※


数日後、紳士教授とのアポの日。


俺とネム、そして早瀬さんは、東応大学まで来ていた。


早瀬さんは、できる限り俺のそばにいるように、柚希さんに命じられているらしく、最近はどこにでもついてくる。俺も男ってだけで、格闘技の経験があるわけじゃない。もし一人の時にチンピラに襲われたら、ボコボコにされるだろう。正直助かる。


みんなでキャンパス内を歩く。


中学生みたいなネム、冴えないと言われる俺、そしてシュッとした美人の早瀬さん。目立つかと思ったが、特に注目されなかった。みんな自分の研究や勉強に必死なんだろう。いい場所だ。


紳士教授の教授室の前まで行き、ノックする。すぐに「はーい」と女性の声が返る。どうやら教授の秘書さんのようだ。すぐに室内へ案内され、そこにはキャンピングカーショーで会った紳士教授がいた。


※※※


紳士教授は、今日も紳士だった。ロマンスグレーの髪にインテリ眼鏡。穏やかな微笑み。背筋がピンと伸びて姿勢もいい。スーツがよく似合う、完璧な紳士だ。


ネムが大人モードで言う。


「ご無沙汰しております、教授。キャンピングカーショーではご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」


「いやいや、私もあのビルダーからは買いたくなかったからね。ちょうどよかったよ。で、そちらはドールハウスの藤崎社長ですよね?先日はあまりご挨拶できず、失礼しました」


「いえ、俺のような若輩者にご丁寧にしていただき感謝します。あ、こちらは早瀬と申します。俺たちの護衛をしてもらっています」


そう言って、後ろにビシッと立つ早瀬さんを紹介する。


早瀬さんは、教授に軽く会釈をする。彼女は護衛タイムには、必要な時以外には口は開かない。プロっぽくて、かっこいい。


「君たちは、悪い連中からみたら、鴨が葱を背負ってるようにしか見えないでしょうね。護衛はいい判断ですよ」


やっぱりそう見えるのか。これからも気を引き締めないと。教授が続ける。


「それで……何かご用件があるんですよね?研究の話は後回しにしましょう。時間がかかりそうなので」


そう言ってニヤリとネムを見て笑う紳士教授。ネムも不敵に笑い返している。何だこの空気。


※※※


まあ、アカデミックの人たちにしか、わからない空気感ってのがあるのだろう。そういうのは後でやってもらうとして、俺は本題を切り出す事にした。


「実は……研究所を作りたいと思っていまして。ネムが必要な設備をリストアップしてくれたのですけど、どんな業者に頼んだらいいかサッパリで。設計と施工ができる業者を探しているんです」


「ネムが教授なら交流関係が広いし信頼できるというので、もしお心あたりがあれば、ご紹介いただけないかと思いまして」


そう言って、教授にネムが作ったリストを渡す。


「なるほど……確かにこの設備は普通の業者じゃ無理だな……しかし、面白いね。これ、ただのAI研究所じゃないね?化学?ナノテク?分子生物学?不思議な設備構成だ」


そう言って興味深そうにリストを眺める教授。俺たちが何の研究をしているか考えているんだろう。どうしよう。オリガミのことは言えない。でも、何も説明しないのも失礼かもしれない。


俺が悩んでいると、ネムが助け舟を出してくれた。


「ワタシたちの研究は、コンピューターと神経細胞網のハイブリッドAIに関するものです。これ以上はすみません、企業秘密ということで。一応、営利企業なもので」


「なるほど……実に興味深いね」


助かった。ダミーストーリーを用意してくれていたようだ。こういう時のネムは本当に頼りになる。アカデミックな話はネムに任せた方が良さそうだ。


教授はしっかりとリストに目を通してくれている。そして、「うん」と頷いて言ってくれた。


「うん。この設備の研究所なら、設計から施工までお願いできるところを紹介できますよ。あとで連絡するように言っておきますから」


「本当ですか!ありがとうございます!」


さすが紳士教授だ。頼りになる。今度、何かお礼しないと。


※※※


ああ、そっか。今、気づいてしまった。


この教授、話し方や立ち居振る舞い、時折見せる優しい笑顔や、ちょっとした冗談の挟み方。そういう細かいところが、どこか父さんに似ているんだ。


だから初対面のはずなのに、自然と心の距離が近く感じてしまう。無意識のうちに安心感を覚えていたのは、そういう理由だったのかもしれない。


そっか……ん?もしかして俺、ファザコン気味だったりする?

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