ざまぁ③よいこ保育園へようこそ
「……終わりだな。わかった、俺の負けだ」
黒田は、これまでの威圧的な態度が嘘のように、肩を落とし、諦めの色を浮かべていた。
「土田の土地からは手を引く。それでいいんだな?」
「もちろん、土田さんの土地からは手を引いてもらいます。でも、それで済むわけがないですよね?そんなものはマイナスがゼロになっただけです」
俺は言葉を続けた。
「こちらは、あなたに大切な人に危害を与えると脅されたんですよ?その件についての誠意はどうするつもりですか?正直、土田さんの件よりも、俺にとってはこちらのほうが余程問題なんです」
「……じゃあ、どうすればいい?」
「……俺は、人に恨みを買うのが怖いんですよ。今回、あなたに多少なりとも恨みを買ってしまいました。だから、俺に対する恨みという感情を消してもらわないといけません」
これは本心だ。ここで中途半端な対応をして、千穂やネムに危険が及んだら、後悔してもしきれない。今、しっかりと手を打つ必要がある。
「……命でも取るつもりか?」
黒田が静かに問いかけてくる。
「まさか。俺にそんな度胸はありません」
俺は首を横に振り、穏やかに否定した。命を奪うなんて、そんなことは絶対にしない。というか俺には出来ない。
「……わかった。好きにしろ」
観念したように、黒田はうなだれた。
※※※
「これから一ヶ月ほど、会社を休んでいただきます。黒田社長には、当社が運営する更生施設にて更生プログラムを受けてもらう事になります」
「更生プログラム……?」
黒田は顔を上げ、不安そうに聞き返す。
「ご安心ください。薬物も暴力もありません。黒田エステートの社長のまま、会社に戻れることもお約束しましょう」
「……わかった。ただ、条件がある」
黒田は少し考え、真剣な目でこちらを見つめた。
「条件ですか?」
「妻と娘、他の社員には手を出さないと約束してくれ」
黒田は、俺のことが本当に怖いのだろう。得体が知れなさすぎて。
「……わかりました。ご家族や社員には手を出しません。ただし、あなたの脅迫行為に加担した社員は、判明し次第、同じプログラムを受けてもらいます。それでよろしいですね?」
俺は黒田の条件を受け入れつつ、必要な線引きを伝える。
「……仕方ないな」
しばらく沈黙した後、黒田は小さく頷いた。
「一ヶ月間、あなたが不在でも会社は大丈夫ですか?」
「おそらく大丈夫だ。うちの社員は優秀だからな」
黒田は少し誇らしげに、しかしどこか寂しそうに答えた。
「それなら、すぐに向かいましょう。一ヶ月間、連絡は取れませんので、今のうちに必要な連絡を済ませてください」
俺は必要な準備を促した。一ヶ月も不在にするのだ。家族や会社に伝えておくことは多いだろう。
※※※
俺はオリガミ端末に「よいこ軍団招集」のハンドサインを送る。これは事前に決めていた合図だ。
すぐにオリガミから返事が来る。
『黒田を「よいこ保育園」に送るのですね?お兄様、本当によろしいですか?』
俺は親指と人差し指で丸を作り、「承認」のサインを返す。
『黒田を、自動更生箱庭施設、通称「よいこ保育園」に送ります。送迎・準備のため、黒田エステートのロビーに「よいこ軍団」を招集します。十五分ほどで到着予定です。』
オリガミの声に頷き、俺は黒田に伝える。
「十五分後には迎えが来ます。連絡は早めに済ませてください。緊急入院とでも伝えておけばいいでしょう」
※※※
「……わかった」
黒田はスマートフォンを手に取り、慌ただしく連絡先リストをスクロールし始めた。
まず会社の部下たちに電話をかけ、要件を簡潔に伝える。その後、主要な取引先にも順番に連絡し、迷惑をかけることを詫びていた。
最後に、深く息を吐き、家族――妻と娘に電話をかける。「急な入院になった」と説明し、心配しないようにと何度も言葉を重ねていた。
その背中は、これまでの威圧的な雰囲気とは打って変わって、小さく、どこか頼りなく見えた。
そんな黒田の様子を見つめながら、俺の胸には複雑な感情が渦巻いていた。
彼にも守りたい家族や大切な人がいるのだと改めて実感しつつ、これまで彼が他人にしてきたことを思い出し、やりきれない思いが込み上げてくる。
こいつにも大切な存在がいるのに……どうして他人の大切なものを平気で踏みにじったり、奪おうとしたりできるのか。
自分が同じことをされたら、どれほど苦しいか、想像できないのだろうか。
人の痛みや悲しみに共感する力が、あまりにも欠けている。だからこそ、理不尽なことができてしまうのかもしれない。
黒田の奥さん、娘さん、この男をまともにしてお返ししますので、少しだけ預からせてください。
※※※
早瀬さんは目を見開きながら、俺と黒田の会話を聞いていたが、何も口を挟まない。さすがプロの護衛、踏み込んではいけない領域をわきまえている。
そんなことを考えていると、オリガミから連絡が入った。
『「よいこ軍団」ロビーに到着しました。』
「迎えが来たようです。行きましょうか。黒田社長、ロビーまでお願いします」
「ああ……」
先に歩く黒田に早瀬さんを伴いついていく。長い廊下を歩き、エレベーターを降り、黒田エステートのロビーに出る。
そこには「よいこ軍団」の面々がズラリと並んでいた。全員黒髪短髪、ビシッとスーツを着こなし、オリガミの教育の賜物か、姿勢もよく、凛とした威圧感があった。
黒田は足を止め、ロビーの異様な光景に戸惑っている。早瀬さんは即座に俺をかばうように前に出た。この人は本当に頼りになる。
「早瀬さん、大丈夫です。俺の部下ですから」
早瀬さんは驚いた顔をしたが、黙って引き下がる。その後、何も言わずに一歩下がるものの、俺のすぐ横、いつでも前に出られる位置に控えたままだ。どんな事態にも即座に対応できるよう、全神経を研ぎ澄ませているのが伝わってくる。
「よいこ軍団」は、俺の姿を認めると、全員がピタリと動きを止め、まるで軍隊のような統率の取れた動きで一斉にババッと90度の深いお辞儀をしてくる。ロビーの空気が一瞬で張り詰めた。ヤクザ映画とかで見そうな場面だ。
俺も、その光景に少し圧倒されてしまった。黒田や早瀬さんも、信じられないものを見るような表情で彼らと俺を交互に見ていた。
腹に力を入れる。ここで舐められてはいけない。俺は堂々と胸を張って声をかけた。
「ご苦労さん、顔を上げていいよ」
「よいこ軍団」がザッと顔を上げる。俺は当たり前のように、黒田を手のひらで示し、伝えた。
「この人を例の施設まで送ってくれ。あとの指示は保母ガミから受けてくれ」
元半グレリーダーのNo.1が、ハキハキと答える。
「はい!承りました!」
ロビーに響いた大きめの声に、ロビーにいる人たちの肩がビクッと震えた。俺たちを注目していたのだろう。こんな異様な集団だ、無理もない。
ちょうどその時、受付の女性が黒田の姿に気づいたらしい。少し震えた声で、黒田に声をかけてくる。なかなか勇気がある人だ。
「しゃ、社長?警察呼びましょうか?」
黒田は答える。
「いい。大丈夫だ。もう上には伝えてあるが、俺はこれから一ヶ月ほど不在にする。皆によろしく」
最後に、俺は黒田に声をかけた。
「じゃあ、黒田社長。よろしくお願いします。何かあれば連絡できるようにしますので」
「……わかった」
黒田社長は「よいこ軍団」に連れられていった。その背中はとても小さく見えた。
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