ざまぁ①手のひらの上(黒田視点)
通話の相手は、普段から調査報告をしてくる調査部門の男だった。
『ドールハウス、相当あくどいことをやってたみたいです。藤崎社長が、女性に暴力を振るっている動画を手に入れました。動画リンクを送っておきましたので、ご確認ください。社長のアカウントでしか開けないように、セキュリティをかけてますので』
なんてベストタイミングだ。
「ははっ。面白いことになりそうだな。ありがとう、最高の報告だ。ボーナス期待しとけよ」
※※※
俺は、藤崎まで声が届かないように、声を抑えながら喜びを伝えた。
すぐに通話を切り、スマホを操作する。
送られてきたメッセージに貼り付けられた動画リンクを開く。調査部門の男が言った通り、俺のアカウントじゃないと開けないようだ。パスワード入力ダイアログが表示される。
俺は奴らに背を向け、手の動きを見られないように警戒しながら、パスワードを入力し、リンクを開く。
動画が再生される。その中身は完璧だった。
※※※
その動画には、藤崎が冷たい表情で床に倒れている女を見下ろし、無慈悲に足を振り上げている様子がはっきりと映っていた。女は顔を両腕で必死に庇いながら、苦しそうに身を縮めている。
『おらっ!俺の言うことだけを聞いてれば、いいんだよ!』
藤崎は怒鳴り声を上げ、倒れている女性の腹部や背中を何度も強く蹴りつける。女は「ごめんなさい、ごめんなさい」と涙声で謝り続けるが、藤崎は一切容赦せず、さらに蹴りを加える。女の呻き声や、床にぶつかる鈍い音が動画の中に響き渡っていた。
動画の最後、女は力なく動かなくなり、藤崎は乱れた息を吐きながらも、冷ややかな目で彼女を見下ろしていた。
※※※
そんな30秒ぐらいの動画だった。音が出たときは少し焦ったが、最小音量だったので、藤崎には聞こえていないだろう。
こんな動画、調査部門の連中は、どうやって手に入れたのだろうか?ドールハウスの内部告発か?まあ、どうでもいい。これで、こっちの勝ちは確定だ。うまくいけばドールハウス全体を乗っ取ることもできるかもしれない。
俺は笑いを抑えるのに必死だった。
※※※
さっきまでの苛立ちや動揺は嘘のように消え去っていた、心の余裕を全身にまといながら、ゆっくりと藤崎の正面の椅子に腰を下ろした。椅子の背もたれに軽く体を預け、藤崎の顔をじっと見据える。
「お待たせしてしまい、申し訳ありません」
俺はゆっくりと姿勢を正し、テーブルの上に両手を重ねて置いた。
藤崎も、穏やかな微笑みを浮かべてこちらを見ている。まさかこの男にあんな凶暴な一面があるとは、誰も想像できないだろう。人は見かけによらないものだと、改めて思い知らされる。
「いやー、さきほどはすみませんでした。直前にあった、嫌なことを思い出してしまって。藤崎社長の前でお恥ずかしい」
俺はわざとらしく頭を下げ、反省しているふりをする。
「いえいえ。自分の怒りが抑えられないことってありますよね。気になさらないでください」
藤崎は相変わらず穏やかな口調で返してくる。その余裕も、もうすぐ崩れ去ることを知らずに。
俺は心の中でほくそ笑みながら、ゆっくりと話題を切り出す。
「藤崎社長?実はですね、先程すごく面白い動画を手に入れたんですよ?ご覧になりません?」
わざと声を低くし、意味ありげに藤崎の目を覗き込む。藤崎は一瞬きょとんとした表情を浮かべるが、すぐに興味を示したように首をかしげる。
「え?動画ですか?」
そこで、俺は一気に態度を変えた。これまでの丁寧な口調を捨て、あざけるような笑みを浮かべる。
「くっくっく。クソ面白い動画だよ。特に主演に注目してみろよ?バカみたいな顔してるぜ?」
もう敬語を使う必要はない。こいつはもう俺の前で怯えるだけの存在だ。俺はスマホを取り出し、さきほど調査部門から送られてきた動画を開く。
俺はその動画を再生し、無言で藤崎の目の前にスマホを差し出した。藤崎は一瞬戸惑いながらも、画面を覗き込む。そして、次第にその表情が驚愕に染まっていく。
「これは!どこでこんな動画を!?」
藤崎の声は明らかに動揺していた。俺はその様子を楽しみながら、肩をすくめてみせる。
「さあ、どこだろうなあ?どこでもいいだろ?そんなのはさぁ?」
俺はテーブルの上で指を組み、ゆっくりと藤崎の反応を観察する。さて、こいつはこれからどう動く?土下座して命乞いか?それとも逆上して暴力に訴えるか?どちらに転んでも、俺にとっては好都合だ。未来は、すでに俺の手の中にある――そう確信していた。
※※※
藤崎は、うつむきながら肩を小刻みに震わせ始めた。俺は内心で勝利を確信し、次の言葉を待つ。
やがて藤崎は、喉の奥から絞り出すようなかすれた声で呟いた。
「ど、どこで……こんなものを……な、な、なんて……なんて……」
その声は震えており、今にも泣き出しそうなほどだった。
しかし、次の瞬間、藤崎は顔を上げ、突然大きな声で叫んだ。
「なんて可愛らしい、にゃんこ動画なんだ!!」
その声は、驚きと感動が入り混じったような、まるで宝物を見つけた子供のような響きだった。
は、はあ?俺は思わず呆気に取られ、状況が飲み込めずに固まってしまった。
※※※
俺は戸惑い、藤崎からスマホを奪い取った。
画面には、ふわふわとした毛並みの小さな子猫が、カーペットの上で元気よくじゃれ合っている様子が映し出されていた。子猫たちはお互いのしっぽを追いかけたり、小さな前足でちょんちょんと触れ合ったりして、無邪気に遊んでいる。その愛らしい姿に、思わず頬が緩んでしまいそうになるほどだった。
い、いや、そんなものはどうでもいい!な、なぜ?
「黒田社長、趣味合いますね!俺もネコ派なんですよ!いやあ、猫って本当に癒されますよね。あのふわふわの毛並み、つぶらな瞳、気まぐれなのにたまに甘えてくるところがたまらなく可愛いんです。祖父母の家に三匹いるんですけど、毎日写真送ってもらってるんですよ。猫の動画も毎晩寝る前に見てますし、最近は肉球のぷにぷに感を再現したグッズまで集めてるんです。黒田社長も、猫のどんなところが好きなんですか?」
いや、俺はお前と猫トークをしに来たわけじゃない!
一度、動画を閉じ再度リンクを開く。それでも表示されるのは可愛らしい猫の動画だった。
「な、なんで?」
「あ、そうそう。面白い動画と言えば俺も持ってるんですよ?見ます?」
そう言って、藤崎はスマホを差し出した。
※※※
その動画には、俺自身が一人の男を容赦なく殴りつけ、蹴り倒している様子がはっきりと映っていた。画面の中で、俺は怒りに満ちた表情で男の胸ぐらを掴み、壁に叩きつける。男は抵抗する力もなく、床に崩れ落ちる。その後も俺は、男の腹や脇腹を何度も蹴りつけ、時折、拳で顔面を殴打していた。
この光景には、既視感があった。――そうだ、これは以前、俺が約束を破って他の人間に土地を売った裏切り者を、見せしめのために徹底的に痛めつけた時の映像だ。
『おらっ!俺の言うことだけを聞いてれば、いいんだよ!』
動画の中の俺は、怒鳴り声を上げながら、倒れている男の背中や足を容赦なく蹴り続けている。男は「すみません、もうしません……」と必死に謝罪の言葉を繰り返すが、俺はその声を無視して、さらに執拗に暴力を加えていた。
※※※
藤崎がこの動画をどんな手段で手に入れたのか、全く想像もつかない。しかし、確かなのは、気づかぬうちに藤崎の仕掛けた罠に見事に嵌められ、完全に奴の思惑通りに動かされていたという現実だけだ。
俺は目の前の若造に完膚なきまでに敗北していた。
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