嫉妬(黒田視点)
冴えないクソガキ。それが初めて会った、藤崎正太郎に対する印象だった。
株式会社ドールハウス代表取締役、藤崎正太郎。
こいつは、俺が長年かけて築き上げてきたものを、一年で手に入れやがった男だ。
※※※
「はあ?一年目で年商百億だと!?」
「ええ。すごいわよねえ。まだ高校生ですって」
妻が心底感心したように言った。
俺は愕然としていた。
俺が今の地位を手に入れるのに、どれだけ苦労し、どれだけ時間を費やしてきたことか。
最初は真っ当に不動産業を始めた。でも、それだけじゃ上手くいかなかった。会社を成長させるために、たとえ汚いことであっても、できることは何でもやった。
チンピラを雇って、人を脅して土地を安く買い叩いたりした。言うことを聞かない奴には、実際にひどい目にあってもらうこともあった。そんなことを繰り返し自分の手を汚してきた。
権力者への接待を重ね、献金をし、裏金も送った。そうして、なんとか地元議員とのコネクションを作った。
それで、ようやく俺は黒田エステートを現在の規模まで大きくしたのだ。
それなのに、高校生が起業して、一年で俺の会社の年商を抜くだと?そんなことがあるのか?
何かカラクリがあるのか?経営者として純粋に聞いてみたい気持ちもあったが、それより嫉妬が勝ってしまった。これが俺の最初の間違いだったんだと思う。
※※※
俺の頭は嫉妬の炎で埋め尽くされていた。
「くそ!腹が立つ!」
俺より経験豊かだったり、年上だったり、高学歴だったり、そういう人間がコツコツ成功していくのなら理解できる。でも、ビジネスの世界では、なんの苦労もしていない若造が、信じられないレベルの成功を短期間で成し遂げてしまうこともあるのだ。
気に入らない。
気に入らないが、既に成功してしまったものはどうしようもない。だが、生まれたての会社ってのは、色々脇が甘いものだ。入り込む隙もできやすい。なんとか、あいつらから金を引き出せないものだろうか?
もしかして、なにか弱みが握れるかもしれない。そんなことを考えて、定期的に藤崎の会社、株式会社ドールハウスの調査をしていた。
そんなときだった、とある会合において、藤崎が自宅の周辺の土地を買っているという噂を聞いた。
そういえば、株式会社ドールハウスは、ただの一軒家にある。おそらく、同区画にある土地を全て買い取り、新しい株式会社ドールハウスの社屋を建てるつもりなのだろう。
高校生が、自社ビルだと?生意気な。社会の厳しさを教えてやらなきゃいけない。不動産関係はこちらの方が専門家なはず。やつの取引に食い込んで、こちらが儲けることもできるんじゃないか?
そうだ。あいつらが土地を欲しがっているのなら、こっちが先に買ってしまい、それを相手に高く売りつければいいのでは?
よくよく考えればいつもやっていることだった。若造でも、金だけは持ってるんだ。社会に還元してもらわないとな!
伊達に長年、この地域で不動産業を営んではいない。すぐに、その区画にある買い取れそうな家を探し始めた。
だが、藤崎正太郎の行動は早かった。
俺が、調査をしているうちに、ほとんどの土地の買い取り契約完了してしまっていた。
「出遅れた!残りの物件で、無理にでも買い取れそうなものはないか……?」
調べたところ、売買契約が終わっていない物件の一軒の家主が、役所で働いていることがわかった。土田というらしい。都合がいいことに雇用中のチンピラの弟が、土田の中学生の息子と同じ学校だ。役所からも学校からも攻められる。これなら俺に土地を売らざるを得ないだろう。
俺はすぐに動いた。コネクションを作った議員を通じて、黒田エステートに土地を売るように、役所から土田に圧力をかけさせた。やつは簡単に屈した。
まあ当然だろう。職場での圧力はともかく、子供がいじめられるかもと思ったら、親には逆らうことはできないだろう。俺にも娘がいるからよく分かる。
「さて、後はドールハウスの人間が接触してくるのを待つだけだ。とことん吹っかけてやる」
※※※
その日は、すぐに来た。
今、俺の目の前のソファで微笑みを浮かべながらも、静かに座っているのが、藤崎正太郎。ドールハウスの代表取締役だ。
散々待たせてやったのに、少しも怒っている気配がない。少し面白そうにしてるぐらいだ。野暮ったい外見をしているが、姿勢はいい。体は鍛えているのだろう。後ろには女性護衛を侍らしている。なかなかの美人だが、見た目だけじゃない、しっかりと全周囲に気を配ってるのがわかる。
もっと人生を舐め腐った感じの男かと思ったが、逆だった。辛酸を嘗めて、そこから舞い戻ってきたような、そんな達観した落ち着きを感じた。
どうすればこんな高校生ができる?人生二周目か?いや、いまは目の前の交渉に集中しよう。
※※※
藤崎は言う。
「10億?それはさすがに高すぎませんか?相場では4千万程度でしょう?」
まあ、そりゃそうだ。吹っかけてるだけだからな。お前の金、ウチの会社で有効利用してやるよ。
すると、藤崎は想定外の事を言った。
「仕方ありませんね。土田さんの土地は諦めたほうが良さそうですね」
はあ?ここまで手間かけさせたんだ。高値で買ってもらわなきゃ赤字だ。議員に裏金として渡した高値だって、安くない。
仕方ない。得体のしれない相手だが、いつもの手を使うか。
「それにしても……最近は物騒な世の中ですよね。藤崎社長のご友人、朝比奈千穂さんでしたか。ああいう方は特にお気をつけになったほうがよろしいかと」
「この辺り、チンピラも多いですし……社長のご友人も、なかなかお綺麗だと聞いています。何かあってからでは遅いですから、十分ご注意を」
俺は、俺の言う事を聞かなければ、朝比奈千穂に危険が及ぶかもと仄めかす。もちろん、脅迫にはあたらない。なぜなら、あくまで一般論として、可愛い子はチンピラに襲われるリスクがあると言っているだけだ。
※※※
その時、初めて藤崎の表情が変わった。明らかに顔がこわばっている。後ろにいる護衛もビクリと体を動かした。やっぱり、こいつらの弱点はここだったか。俺は、ほくそ笑んだ。
それから藤崎は少しの間黙り込んだ。どうしたらいいか悩んでいるのだろう。大切な人を失うかもしれないんだもんな。当たり前だ。
思ったより大したことなかったな。そんな風に思い、気を抜いたのがまずかった。
藤崎は顔を上げた。微笑んでいる。おかしい。悔しがるような表情をして、こちらの条件を受け入れるのが、いつものパターンだ。藤崎には、そんな雰囲気がかけらもなかった。
藤崎はにこやかに言う。
「おっしゃる通りですね。気をつけなければいけません。まあ、護衛もしっかりしてますし、そこら辺のチンピラじゃ、手を出せませんよ」
護衛にそれだけの信頼をおいているのか?ただ、世の中、絶対ということはない。そこら辺の不安を広げてやろう。
「それでも、万が一ということもあるのでは?」
「そうですね……組織的に狙うというのであれば、可能性はあるかもしれないですね。まぁ、それでも無駄でしょうけど」
「……そうですか?」
藤崎の発言の意図がわからない?何が言いたい?
「ええ。ドールハウスの関係者を狙うなんて、それこそ、そんな組織はすぐに潰れますよ。自らの立場もわきまえることができないなんて、おそらく無能の集団ですね。ゴミムシ程度の知能しか持ち合わせないのでしょう」
一瞬あっけにとられた。脳が言葉を理解するのに時間がかかった。ここ数年で、ここまでコケにされたことはなかった。俺が大切に育て上げてきた、黒田エステートを無能な人間の集団といったのか!?俺の人生を否定するのか!?
だが、怒ることはできない。これはあくまで「一般的に可愛い子は襲われるリスクが高いから気をつけて」という世間話の体での脅迫だ。ここで怒りを爆発させてしまえば、黒田エステート主導で、女性を襲うという意味になってしまう。もちろん、その部分をつつかれたら困るのはこちらだ。
なんとか怒りを堪える。
そんな俺に対して、藤崎は続けて話す。
「いえいえ。これは失礼しました。少し言い方を間違えてしまったようです」
「……ゴミムシに失礼でしたね。彼らは懸命に生きてますし。きっと、それ以下の存在なんでしょう」
くそ!今は我慢だ!コケにしやがって!……仕方ない。その子には実際にひどい目に会ってもらおう。舐められたら終わりだ。後で後悔しろ。
そんなことを考えて、必死に怒りを堪えている俺に、更に藤崎は畳み掛けてくる。
「そんな組織があるとしたら、そのトップは、さぞかし無価値な存在なんだと思いますよ?そこら辺に転がってる、小石くらいの価値なのでは?」
俺への直接の煽りに、意識が遠のくのを感じた。あまりの怒りに自分の体のコントロールが利かない。
「いわせておけば!」
俺は怒りに任せて叫び、立ち上がってしまった。護衛が藤崎の前に立ちはだかる。
くそっ!こうなったら仕方ない。人を呼んで、ここで痛い目に合わせてやる!相手の護衛は一人だ。どんなに優秀な護衛でも、一人ぐらいなら、なんとでもなるはずだ!
そんなときだった。スマホに着信があった。
※※※
ブブッ!ブブッ!
「なんだ!」
俺はスマホの着信ボタンを押し、スマホの向こう側にいる相手に八つ当たりしながら、部屋の隅に移動した。
……危なかった。正直助かった。少し冷静になれた。
あれだけこちらのことを煽ってくるんだ。暴力を誘っていた可能性すらある。その様子を動画にとられて仲間に送られてしまえば終わりだ。拡散をおそれて、俺は何もできなくなる。土地も明け渡さざるを得なくなるだろう。
ふう……
呼吸を整えながら、通話相手からの報告を受ける。着信は調査部門からのものだった。そして、そこから伝えられた内容は、俺が今一番欲していたものだった。
※※※
ドールハウス終わったな。藤崎の絶望する顔が見れそうだ。ここまで俺をコケにした報いを受けてもらおう。つい笑いがこぼれる。
「くっくっく……」
この電話が、終わりの始まりだと知らずに。
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