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正太郎、挑発する

――こいつは、俺の敵だ。絶対に潰す。


ここからは本格的な戦いだ。相手が法の範囲外で戦うのであれば、こちらもそうするまでだ。


俺はオリガミ端末の前で、黒田を小指で指し、さりげなく振った。


※※※


――数日前の夜のことだった。俺は自室のベッドに寝転び、ストリーミングサービス「Nutflix」でアニメを見ていた。


タイトルは『転生したらPMC(民間軍事会社)の下っ端だった』だ。現代の紛争地域に転生した主人公が、PMCの末端兵士として死ぬたびにやり直すループものだ。画面では、主人公たちは敵の拠点に侵入中であり、仲間同士で手や指を使って静かに合図を送り合っていた。


銃を構えた仲間が、指で「前進」「待機」「カバー」などのサインを出し、それを見た主人公たちが即座に動き出す。言葉を使わず、意思が伝わるその場面に、俺はボソリと呟いた。


「ハンドサインって、やっぱりカッコいいよな……」


そのロマンは、キャンピングカーに通じるものがある。


すると、その言葉にオリガミが反応した。


『ハンドサイン、ですか?』


「そう。ササッと手で意図を伝えるの、プロっぽくてかっこいいじゃん?」


『なるほど……では、お兄様と私もハンドサインを決めませんか?他の人がいる時でも意思疎通できますし』


確かに、オリガミは骨伝導スピーカーで俺に話しかけられるが、俺からはうなずくか首を振るくらいしか返せない。もっと多彩な意思疎通ができれば、いざという時に役立つはずだ。


「いいね、それ!実用的だし、何よりカッコいい!」


「カッコいい」という軽いノリをきっかけに、俺たちはいくつかのハンドサインを決めておいたのだった。


※※※


今、俺はそのサインを使った。黒田を小指で指し、軽く左右に振る……


このサインの意味は、「小指で指した人物の情報をクラッキングも使い徹底的に調べろ」だ。


オリガミはすぐに反応し、骨伝導イヤホン越しに静かに確認してくる。


『承知しました。クラッキングを行い、黒田に対する情報調査を開始します。お兄様、よろしいですね?』


俺は親指と人差し指で小さな輪を作り、「承認」のサインを返す。


『情報調査、開始します。』


俺の許可があれば、オリガミは普段は禁止しているクラッキング行為ができるようになる。


もちろん、クラッキング行為は違法だ。だが、法律を守らない相手に、法律を守りながら対応してては、食われっぱなしになってしまう。正当防衛だから仕方ないと、自分に言い訳をし、罪悪感を消す。やらなきゃ、やられる、それだけだ。


黒田は、俺がただ悩んでいるだけだと思っているのだろう。ニヤニヤと余裕の笑みを浮かべてこちらを見ている。


その間にも、オリガミは次々とクラッキングの進行状況を伝えてくる。


『ドールハウスのアプリをインストールしている端末を検索中……三台発見。ローカルエリアネットワークへの侵入成功』


『ネットワークトポロジー把握完了。黒田の端末を特定しました。』


『黒田の端末への侵入を試みます……失敗。セキュリティレベルが高いです。既知の脆弱性は全て塞がれています。ソーシャルハッキングに切り替えます。』


『お兄様、黒田を挑発して冷静さを失わせ、判断力を鈍らせていただけますか?』


俺は手のひらを上に向けて軽く上げ、「了解」のサインを送る。


※※※


ここからは、黒田の冷静さを崩すターンだ。


ゆっくりと微笑み、黒田の目をまっすぐ見つめる。俺の態度に余裕を感じたのか、黒田は一瞬だけ戸惑いの色を浮かべた。もしかしたら、もう勝った気でいたのかもしれない。


俺はゆっくりと余裕を持った声で、再び話し始めた。


「おっしゃる通りですね。気をつけなければいけません。まあ、護衛もしっかりしてますし、そこら辺のチンピラじゃ、手を出せませんよ」


「それでも、万が一ということもあるのでは?」


「そうですね……組織的に狙うというのであれば、可能性はあるかもしれないですね。まぁ、それでも無駄でしょうけど」


「……そうですか?」


「ええ。ドールハウスの関係者を狙うなんて、それこそ、そんな組織はすぐに潰れますよ。自らの立場もわきまえることができないなんて、おそらく無能の集団ですね。ゴミムシ程度の知能しか持ち合わせないのでしょう」


「……ずいぶんと強い言葉を使うのですね?」


黒田の顔がみるみる赤くなっていく。怒りを抑えきれないようだった。額には青筋が浮かび、拳を握りしめている。今にも爆発しそうだ。これが漫画なら、「ピキッピキッ」って文字が周囲に浮かんでそうだ。


「いえいえ。これは失礼しました。少し言い方を間違えてしまったようです」


「……」


黒田は黙りこみ、鋭い視線で俺を睨みつける。だが、そんな風に圧力かけても無駄なんだよな。怖い顔なんて、よいこ軍団見てて慣れちゃってるんだよね。こんなものは可愛いものだ。


さて、もう一押しだ。


「……ゴミムシに失礼でしたね。彼らは懸命に生きてますし。きっと、それ以下の存在なんでしょう」


黒田の肩が小刻みに震え始める。怒りが頂点に達しているのが手に取るように分かる。ネムのプルプルなら可愛いが、黒田のそれはただ不快なだけだ。全然可愛くない。


「そんな組織があるとしたら、そのトップは、さぞかし無価値な存在なんだと思いますよ?そこら辺に転がってる、小石くらいの価値なのでは?」


「!!!!!」


黒田の顔がどす黒くなっていく。俺は、とどめとばかりに更に煽った。


「どうかされましたかぁ?体調でも悪いのですかぁ?」


「いわせておけば!」


人の権利を平気で踏みにじるくせに、自分はちょっと悪口を言われただけで激昂する。みっともない。煽り耐性が低すぎる。


黒田がガタッと椅子を蹴るように立ち上がる。その瞬間、早瀬さんが素早く俺の前に出て、守るように立ちはだかる。早瀬さんの動きは無駄がない。やばい!超かっこいい!


ブブッ!ブブッ!


その時だった。机においた黒田の携帯からバイブ音が響いた。黒田は苛立った様子でスマホを掴み、こちらの許可も取らずに荒々しく通話ボタンを押した。


「なんだ!」


黒田は大股で部屋の隅に移動し、スマホを耳に当てて何やら相手の話を聞き始めた。背中越しにも、その怒りが伝わってくるようだ。


※※※


早瀬さんが小声で俺にささやく。


「正太郎様、今のは少し危険でした。あまり挑発しすぎないでください」


「すみません。守ってくれてありがとうございます。おそらく、もう大丈夫です。挑発はおしまいです」


俺は早瀬さんに感謝を伝えつつ、黒田の様子を観察する。黒田は、通話を終え、なにやらスマホを操作しているようだった。


※※※


やがて、黒田が戻ってきた。先ほどまでの赤黒かった顔色はすっかり元に戻り、今では作り笑いのようなニコニコ顔の、いかにも胡散臭い雰囲気を漂わせている。


「お待たせしてしまい、申し訳ありません」


黒田は落ち着いた様子で椅子に腰掛け直す。その仕草にも余裕が戻っている。


ちょうどそのタイミングだった。骨伝導イヤホンからオリガミの澄んだ声が聞こえてきた。


『黒田の端末への侵入に成功しました。』


俺は心の中でガッツポーズを決める。


黒田、バーカ。

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