土地の転売ヤー
俺は、最後の一件となった土地買収に取り掛かっていた。
相手は数年前に越してきた土田さん。
新築のマイホームだったが、特別なこだわりはなさそうで、売却にも前向きな様子だった。交渉も順調に進み、すぐに了承を得ることができた。
「ありがとうございます。その条件で問題ありません」
「こちらこそ、まさか自分がタワマンに住める日が来るなんて思ってもみませんでした!家族もすごく喜んでいますし、今から新しい生活が楽しみです!」
「では、契約書は明日お持ちしますね。午前中に伺ってもよろしいでしょうか?」
「はい、大丈夫です。家族そろってお待ちしていますね!」
こうして、全ての土地買収が完了した。肩の荷が下りた気分だった。お疲れ様です、俺!
……だが、その安堵も束の間。事態は思わぬ方向へと向かうのだった。
※※※
翌日、契約書を持って土田さんの家を訪れた。今日は契約手続きだけなので、早瀬さんは同行していない。玄関先でインターホンを押すと、土田さんが少し沈んだ表情で出迎えてくれた。
「おはようございます。株式会社ドールハウスの藤崎です。契約書をお持ちしました」
「……あ、藤崎さん。すみません、ちょっとお話が……」
リビングに通され、テーブルを挟んで向かい合う。土田さんは落ち着かない様子で、何度も手を組み直していた。昨日の明るい表情は完全に消え、どこか申し訳無さそうな雰囲気が漂っている。
「実は……申し訳ないのですが、土地の売却、やっぱりできなくなってしまいました」
「え?昨日はご家族も納得されたとお聞きしていたのですが……何か問題が?」
「はい……僕もタワマンに住めるのを楽しみにしていたんです。でも、昨晩、職場の上司から電話がありまして……黒田エステートに売るように、と強く言われてしまったんです」
「黒田エステートに?なぜそんな指示が?」
「正直、僕もよく分からないんです。ただ、逆らうと職場で居づらくなるぞ、と遠回しに圧力をかけられて……それだけならまだしも、子供が学校でいじめられるかもしれない、とまで言われてしまって……」
「それは……脅しじゃないですか」
土田さんはしばらく黙り込んだ後、意を決したように口を開いた。
「僕、役所で働いているんですが、黒田エステートは地元の議員と繋がっているらしくて、その議員経由で上司に圧力がかかったみたいなんです。どうやら、黒田エステートがこの土地をどうしても欲しがっているようで……理由までは分かりませんが」
「議員経由で職場に圧力……。それに、子供のいじめまで?」
「ええ……あの会社、地元のチンピラ上がりの人たちを雇っているらしいんです。教師なのか生徒なのかは分かりませんが、学校にもその関係者がいるみたいで……逆らうと何をされるか分からない、と噂されています。実際、土地を安く売らなかった人の子供がいじめられた、なんて話も耳にしたことがあります」
「……つまり、たとえ私の提示条件の方が良くても、家族の安全を考えると黒田エステートに売るしかない、ということですね」
土田さんは苦しそうにうなずいた。
「本当に申し訳ありません。藤崎さんの条件の方がずっと良いのに……でも、家族のことを考えると……」
「いえ、仕方ありません。ご家族を守るのが最優先です。事情はよく分かりました。一度、黒田エステートと直接話をしてみます」
「本当にすみません……」
「いえいえ、どうかお気になさらず。もしまた何かあれば、いつでもご相談ください」
そう言って、俺は土田さんの家を後にした。玄関を出ると、土田さんが深々と頭を下げていた。頭を下げるのは彼じゃないだろうに……理不尽だな……
※※※
「オリガミ。黒田エステート、俺たちの土地買収の邪魔をしてきてるよな?土田さんの件、どう思う?」
オリガミからの返答はすぐにあった。
『黒田エステートは、土田さんの土地を先に買い取って、私たちに対して相場よりもはるかに高い価格で転売しようとしているようです。非常に卑劣なやり方です。』
「なるほど……。相場の三倍くらいまでなら、研究所のために払ってもいいとは思うけど、正直、そんな悪徳業者に儲けさせるのは癪だな。かといって、強引に事を運んでトラブルになるのも避けたいし……」
俺はしばらく考え込む。土地の取得が遅れれば、研究所の建設が遅延してしまう。そうなれば、俺の主目的であるオリガミの成長も遅れることになる。それだけは避けなければいけない。
「……やっぱり、一度正面から話し合ってみるしかないか。交渉の余地があるかどうか、直接確かめなきゃな」
『承知しました、お兄様。では、黒田エステートに明日のアポイントを取ります。できるだけ早い時間で調整しますね』
「うん、頼むよ」
俺はため息をつきながら、窓の外を見やる。あと一歩で研究所の建設が始められると思っていたのに、まさかこんな形で足止めを食らうとは……
※※※
その翌日、俺は、早瀬さんと共に黒田エステートの本社ビルへと向かった。重厚な自動ドアをくぐると、広々としたエントランスホールには高級感のある大理石の床と、受付カウンターの奥に控えめな観葉植物が並んでいる。受付の女性は微笑んで、俺たちに視線を向けてきた。
「本日お約束している株式会社ドールハウスの藤崎と申します。担当の方にお繋ぎいただけますでしょうか?」
俺が名刺を差し出しながら丁寧に告げると、受付の女性は一礼し、手元の内線電話でどこかに連絡を取った。
「はい。担当の者が参りますので、少々お待ちください」
そう言われて、俺と早瀬さんはロビーのソファに案内された。時計を見ると、約束の時間をすでに10分ほど過ぎている。だが、待てども待てども呼ばれる気配はない。
やがて30分、さらに1時間が経過した。俺は何度も時計を見て、ため息をつく。早瀬さんも無言で立ったまま、周囲に警戒を怠らない様子だ。ようやく、受付の女性が近づいてきて「お待たせいたしました。ご案内いたします」と頭を下げた。
俺たちはエレベーターで上階へと案内され、長い廊下を歩かされる。重厚な扉の前で一度立ち止まり、ノックの音が響いた後、ようやく奥の会議室に通された。
部屋に入ると、無機質なテーブルと椅子が並び、窓からは街を見下ろす景色が広がっている。だが、そこに担当者の姿はまだなかった。俺は椅子に腰掛け、深く息を吐く。
「やっぱり、俺、舐められてるよな」
俺がぼそりと呟くと、背後に控えていた早瀬さんが静かに答えた。
「自分たちの方が立場が上だと見せつけたいのでしょう。こうして長時間待たせるのも、よくあることですね。巌流島の決闘の見すぎですね」
早瀬さんにしては、めずらしく言葉がきつい。怒ってる美人って圧あるよね。怖い怖い。
※※※
会議室に入っても、担当者はなかなか来なかった。
スマホでメールを確認したり、ポチポチとゲームをしたりしながら、俺は無為な時間をやり過ごしていた。時間だけが無駄に過ぎていく。そんな時、ようやく扉がノックされ、ゆっくりと会議室のドアが開いた。
現れたのは、日焼けした肌に分厚い首、肩幅の広いスーツを着こなした大柄な男だった。腕や首筋には筋肉が盛り上がり、まるで格闘家かボディビルダーのような体格だ。短く刈り込まれた髪と鋭い目つきが、威圧感をさらに強めている。なんだろう?少しゴリラっぽい。
「いやいや、お待たせしました。私、こういう者です」
男はゆっくりと歩み寄り、分厚い手で名刺を差し出してきた。名刺には「黒田エステート 代表取締役 黒田剛」と印字されている。まさか社長自らが出てくるとは思わなかった。俺も慌てて名刺入れから自分の名刺を取り出し、丁寧に交換する。
「ご丁寧にありがとうございます、黒田さん。社長自らご対応いただき恐縮です」
「いえいえ。藤崎さんは今をときめく株式会社ドールハウスの社長さんですからね。私以外では役不足でしょう。それに……」
黒田は、俺の背後に控える早瀬さんに視線を移す。その目つきは、まるで獲物を値踏みするように舐め回すようなものだった。早瀬さんは表情一つ変えず、その視線を受け流している。
「美人の護衛さんまでお連れで、羨ましい限りですね」
その言葉には下卑た笑みが滲んでいた。嫌な感じだ。
「それで、本日はどのようなご用件で?」
黒田は椅子にどっかりと腰を下ろし、肘をテーブルにつきながら、ニヤニヤとした笑みを浮かべてこちらを見ている。
「単刀直入に申し上げます。株式会社ドールハウスは、土田さんの土地を取得したいと考えています。正々堂々と売買条件で競いませんか?」
俺はまっすぐ黒田の目を見据えて言う。黒田は一瞬だけ目を細め、すぐに肩をすくめて答えた。
「すでに正々堂々と競っているつもりですが?土田さんは自らの意思で、喜んで我々に売ってくださると認識しています」
「本当にそうでしょうか?当方の提示した条件の方が、明らかに好条件だと思うのですが。なぜ御社に売却されるのでしょう?」
「はて……何か土田さんの気に障ることでもされたのでは?何にせよ、当社の関知するところではありません。ただ、本当にその土地が欲しいのであれば、当社から買うこともできますよ。10億円ほどでお譲りしますが?」
黒田は、テーブルの上で指をトントンと鳴らす。
「10億?それはさすがに高すぎませんか?相場では4千万程度でしょう?」
「うちも商売ですから。社員を養わないといけませんので」
黒田は薄く笑いながら、まるで当然のことのように言い放つ。なるほど、交渉のつもりなのかな?笑わせてくれる。だが、こいつは勘違いしている。
「仕方ありませんね。土田さんの土地は諦めたほうが良さそうですね」
確かにほしいが、絶対に必要なものではない。その土地だけを避けて研究所を作ることもできるのだ。
俺の言葉に、黒田はじっと目を細める。しばし沈黙した後、何気ない口調で口を開いた。
「それにしても……最近は物騒な世の中ですよね。藤崎社長のご友人、朝比奈千穂さんでしたか。ああいう方は特にお気をつけになったほうがよろしいかと」
その一言で、背筋に冷たいものが走る。斜め後ろの早瀬さんも、わずかに身じろぎしたのが伝わった。
「この辺り、チンピラも多いですし……社長のご友人も、なかなかお綺麗だと聞いています。何かあってからでは遅いですから、十分ご注意を」
その言葉が、何をほめかしているかは明らかだった。
……ああ、もうはっきりした。こいつは俺の大切なものにまで手を伸ばそうとしている。触れては行けないものに触れてしまった。
――こいつは、俺の敵だ。絶対に潰す。
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