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正太郎、土地を買う

俺は深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。今日が土地売買交渉の初日だ。


「早瀬さん、今日はよろしくお願いします」


早瀬さんは、きりっとした表情で頭を下げ、今日のことについて確認してきた。


「よろしくお願いします。本当に、私はそばに立っているだけでよろしいんですね?」


「はい、大丈夫です。交渉自体は俺がやりますので、早瀬さんは後ろにいてくださるだけで心強いです」


最初の訪問先は、昔から家族ぐるみでお世話になっているヨシコおばあちゃんの家だ。玄関先には、手入れの行き届いた花壇があり、色とりどりの花が咲いている。なんだか懐かしい匂いだった。


※※※


よし!いよいよ交渉の開始だ。


インターホンを押すと、しばらくしてヨシコおばあちゃんが玄関に現れた。白髪をきれいにまとめ、エプロン姿で、相変わらず元気そうだ。


「ヨシコおばあちゃん、お久しぶりです。お元気でしたか?」


「あらまあ、藤崎さんとこのしょうくんじゃないの!大きくなったわねぇ。元気にしてた?」


「はい、おかげさまで」


「テレビ見たわよ!しょうくん、すごい出世したねぇ。おばあちゃん、びっくりしちゃった」


て、テレビ?あの『ろくろを回すポーズ』を見られたのか。かなり恥ずかしい。


「あ、ありがとうございます。今日は、ちょっとお願いがあって伺いました。こちらつまらないものですが」


俺は手土産として持参した紙袋をそっと差し出す。


「まあ!極上堂のカステラじゃないの!これ、なかなか手に入らないのよ!ありがとうねぇ。ささ、上がって上がって」


リビングに通してもらう。テーブルの上にはお茶とお菓子が用意されていた。


ソファに座らせてもらう。俺の後ろには早瀬さんが微動だにせず立っている。ヨシコおばあちゃんは、早瀬さんの方を見て、戸惑ったように言った。


「えっと、そちらの方は?座られては?」


「すいません。俺の護衛となります。護衛ですので、こういう場合は座っては駄目みたいです」


「へえ、そうなのねぇ。ドラマみたいねぇ」


ヨシコおばあちゃんの目がこころなしか、輝いてみえた。俺にも、その気持ちわかる。こういうのカッコいいよね。


※※※


さて、本題を切り出さねば。俺は深呼吸して、覚悟を決める。


「実は……誠に勝手なお願いと重々承知しているのですが……ヨシコおばあちゃん、ここの土地をお譲りいただくことはできませんでしょうか?」


ヨシコおばあちゃんは、驚いたように目を丸くする。さすがに予想外だったのだろう。


「え?そんなこと急に言われてもねぇ……」


「突然のお願いで戸惑わせてしまってすみません。事情を説明させてください」


俺は、父の代から受け継いできた研究があり、この場所で長年続けてきたことを説明した。その研究は特殊な設備や環境が必要で、簡単に他所へ移すことができないこと。最近になって研究の規模が大きくなり、どうしても周囲の土地が必要になったこと。できるだけわかりやすく、丁寧に事情を伝えた。


「もしお譲りいただけるのであれば、駅前のタワーマンションの高層階を新居としてご用意させていただきます。もちろん、引っ越しや新生活にかかる費用もすべてこちらで負担します。どうか、ご検討いただけないでしょうか?」


俺はタワマンのパンフレットをテーブルに並べ、間取りや設備、周辺環境についても説明した。


「無理ならば諦めます。こちらにパンフレットを置いていきますので、ご家族とじっくりご相談ください。もし他にご要望やご不安な点があれば、できる限りお応えしたいと思っています。どうぞご遠慮なくご連絡ください」


ヨシコおばあちゃんはパンフレットを手に取り、じっと眺める。


「家族と相談してみるね。私としては、こんな綺麗なタワマン、一度は住んでみたいけど……私一人の意見じゃ決められないからねぇ」


「おっしゃるとおりですね。俺もそう思います」


その時、骨伝導スピーカーから、オリガミの声が静かに響いた。


『お兄様。この方の次男さんですが、現在、連帯保証人詐欺に遭い、借金で困っているようです。債権が危険な人物に流れそうになっています。早く手を打たないとまずいかもしれません。』


さすがオリガミ。この情報、使わせてもらおう。


「あと……ヨシコおばあちゃんの次男さん、今、連帯保証人詐欺に遭われているという情報が入っているのですが、ご存知ですか?」


ヨシコおばあちゃんは驚き、顔色を変える。


「なにそれ!知らないわよ!」


「多分、心配をかけたくなくてご家族が伝えていないのだと思います。もしよろしければ、タワマンの件に加えて、その借金の補填もこちらで対応できます。債権が危ないところに移る前に、早めに動かれた方が良いかもしれません」


「わかったわ!全く、あの子ったら……!」


こうして、最初の土地買収のお願いは一旦終わった。ヨシコおばあちゃんは、家族と相談して返事をくれることになった。


※※※


その後は、早瀬さんと自宅に戻り、ご飯を作りに来てくれてた千穂とネムを含めて、一緒にご飯を食べようと言う話になった。


早瀬さんは遠慮していたが、千穂が涙目になったので、折れる形で一緒に食事を取ることになった。


食事がテーブルに並べられる。


皆で「いただきます」を終えると、ネムはすぐに煮物を口に入れてモグモグと味わっていた。


「やっぱり!千穂ちゃんのご飯は最高だな!」


そんなネムの様子を見て、ためらいながら、早瀬さんも煮物を口に入れる。


「ほんとだ……すごくおいしいです。千穂さん、料理、お上手なんですね」


「そうなんですよ。千穂の料理は最高なんです」


そんな俺たちのベタ褒めの言葉を聞いた千穂は、いつも通りに照れていた。


「えへへ……ありがとう!いっぱいたべてね!」


早瀬さんが言う。


「やっぱり未来の旦那さんである正太郎様のために、料理の腕を磨いてるんですか?」


千穂は顔を真っ赤にする。


「未来の旦那さんだなんて。えへへ……」


うん、千穂が照れてる顔、相変わらずかわいいな。


※※※


食事が始まり、みんなで和やかな時間を過ごす。


そんな中、早瀬さんが口を開いた。


「今日の正太郎様すごかったですよ。高校生とは思えない堂々とした態度で交渉してましたね」


ネムが言った。


「正太郎は、心臓に毛が生えてるからな!」


俺は思わず反論してしまった。


「そんなものは生えてないぞ。俺が生えてたとしたら、ネムも多分ボーボーだ。ボーボー仲間だ」


ネムはすかさずムッとした顔で言い返す。


「ボーボー仲間ってなんだよ?ワタシはそんなの生えてないぞ!」


俺たちがギャーギャー言ってる中、呆けた顔で千穂がボソリとこぼす。


「いいなぁ。しょうちゃんが交渉してるところ、私も見たかったなあ」


その言葉に、早瀬さんが少し考えるような間を置いてから言った。


「一応、録画があるのですが……正太郎様、千穂さんにお見せしていいですか?」


俺は驚いて目を丸くする。


「え?録画してたんですが?」


早瀬さんは頷き、理由を説明する。


「ええ。護衛中は常に録画しています。護衛においてトラブルが発生してしまったとき用ですね。もちろん、今は動作させてません。これがボディカメラです」


そう言いながら、早瀬さんは胸元についている黒いデバイスを指差した。確かに小さなレンズがついているのが見える。


俺たちが普段身につけているオリガミ端末も、広い意味ではボディカメラと言えるかもしれない。他にもいろいろ機能がついてるけど。


話がそれた。録画を千穂に見せていいかだったっけ?


んー、見せても問題ないよな?問題があったらオリガミが言うだろ。


「録画見せてもいいですよ。そんな大したもんじゃないと思いますけどね」


※※※


その時俺のスマホに着信があった。ヨシコおばあちゃんからだ。


「ヨシコおばあちゃんから、着信あったから、席外すね」


食卓に背を向け、リビングから廊下に出る。


その時、背後から千穂の甲高い声が聞こえてくる。早瀬さんが、俺の交渉時の映像を見せたのだろう。


「キャー!キャー!しょうちゃんかっこいい!」


そんなこと言われると照れてしまう。その場を逃げるように離れた。


※※※


俺は、千穂の声が聞こえてこない場所まで急いで移動し、着信に出た。


ヨシコおばあちゃんからの電話内容は、俺の提案を受け入れるとの事だった。


「助かったわ。あの子、本当に連帯保証人詐欺にあってたみたい。すぐに払うからって、債権が流れるのを止めてもらってるみたいで。もう時間がないらしいの。あの話、お受けするわ」


「ありがとうございます!債権を売られる前に、急ぎましょう。ヨシコおばあちゃんの次男さんに、銀行振込を行います。すぐに債務を解消するようにして下さい」


「本当にありがとね……。あと少しであの子の人生が終わる所だったわ」


「いえいえ、こちらもこちらの目的があってしたことなので、お気になさらずに」


こうして、一軒目の土地買収が成功したのだった。


※※※


最初の土地買収がうまくいったことで、その後の交渉も順調に進んでいった。


翌日からも、一軒一軒、ご近所さんを巡り、土地買収の交渉をしていった。次男さんの件で恩を感じてくれたのか、ヨシコおばあちゃんの口添えもあり、ほとんど土地買収はスムーズに進んでいった。


そして、残りは一軒となった。


この家の土地さえ買収できてしまえば、一区画丸ごと研究所にできるので、建築の自由度は格段に上がる。


思ったよりスムーズに土地買収が進んでいったので、俺は安心してしまっていた。


ただ、この時の俺は知らなかった。この最後の一軒の土地買収が、なかなか厄介である事に。

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