千穂に誘拐がバレる
車は静かに住宅街を抜け、やがて自宅の前でスピードを落とし、ぴたりと停車した。
「正太郎様、ご自宅に到着いたしました」
運転席から降りた早瀬さんが、丁寧に後部座席のドアを開けてくれる。
「ありがとうございます」
俺は軽く頭を下げて車を降りた。なんだか、とてもVIPな気分。高級車、満喫できたぞ。
その後は、駐車場に車を停め終えるまで早瀬さんを待ち、彼女を家の中へと促した。もちろん、千穂も一緒だ。
※※※
「千穂、早瀬さんをリビングに案内してあげて。俺はネムを呼んでくる」
「うん。お茶やお菓子も用意しておくね」
早瀬さんは恐縮した様子で言う。
「いえ、お気遣いなく」
「今日は護衛じゃなくて顔合わせですから。早瀬さんはお客様ですよ。おもてなしさせてください」
そう俺が言うと、千穂は早瀬さんをリビングへと促し、手際よくキッチンへ向かい湯を沸かし始めた。彼女のこうした気配りは、いったい、どこで学んでくるんだろう?不思議だ。
※※※
ネムの部屋のドアをノックすると、中からカチャカチャとキーボードを叩く音が聞こえてくる。部屋に入ると、ネムはデスクに向かい、モニターに映るコードとにらめっこしていた。
「いやー、オリガミのおかげで、うちのAIもかなり賢くなったぞ。ありがとう!」
天井のスピーカーから、オリガミの透き通った声が響く。
『ネムさん、お役に立てて光栄です。』
「やっぱりAIの性能は、どれだけ良い学習データを集められるかにかかってるな。」
今は、自分のAI開発の方に夢中らしい。オリガミは勝手に成長していくしな。研究所の建設が終わるまでは、あまり手がかからないとのことだ。
『なるほど……私も、より良いデータだけを選んで学習するべきかもしれません』
少し間があって、オリガミが続ける。
『シリコンベースのAIから得た知見を、もっと自分にも応用してみたいですね。他のAIと交流するのは、本当に刺激的で楽しいです。』
「そうやってオリガミはどんどん賢くなってくんだもんな。大したもんだよ」
ネムは目を輝かせてオリガミと語り合っていた。
※※※
「ネムー、護衛さんが来てくれたぞ。顔合わせしよう」
「おお、正太郎か。すぐ行く!」
ネムは椅子から立ち上がり、俺の方へ駆け寄ってきた。
「これからずっとお世話になる護衛さんだから、あまり失礼のないようにな」
「大丈夫だ。私は大人モードも使えるから。まあ、ワタシは、基本的に家から出ないから、護衛さんとかあまり使わないかもだけど」
「それもそうか。もう夜中にアイス買いに行く事は無いだろ?」
「ああ!たくさん買いだめしてるからな!」
それに……アイスをコンビニに買いに行くのに、護衛を使うってのも明らかにおかしいよな。
※※※
二人でリビングに戻ると、千穂はテーブルにティーセットと小さな焼き菓子を並べていた。早瀬さんはソファに腰掛け、千穂と和やかに談笑していた。
「やったー!お菓子だ!」
ネムは、ソファに駆け寄っていく。小学生かよ!大人モードどこいった?
俺はネムについて、早瀬さんに紹介した。
「早瀬さん、この子がもう一人の護衛対象、星ヶ谷ネムです」
ネムが、クッキーをもぐもぐしながら、早瀬さんに自己紹介する。
「はじめまして、星ヶ谷ネムです……って、あれ?誘拐されたとき一緒にいてくれた護衛さんじゃないか。あの時は本当にありがとう!心強かったよ!」
ネムは目を丸くして早瀬さんを見つめる。早瀬さんもネムのことを覚えていたらしい。親しげに受け答える。
「覚えていてくださったんですね」
「あの時は本当に心細かったから、早瀬さんのおかげで助かったよ」
※※※
俺はその会話を聞いて、はっとする。
「え、そうだったの?あの時ネムの隣にいてくれた護衛さん?」
それなら、自分も一度会っているはずだ。あの時はネム誘拐という大事件で頭いっぱいで、護衛さんの顔までよく見れていなかったのだろう。
「そ、そうだったんですか?すみません、あの時は余裕がなくて、早瀬さんの顔をよく見てませんでした」
「大切な人が誘拐されたのですから、仕方ありませんよ」
早瀬さんは優しく微笑んだ。ああ、この人なら千穂とネムを任せられる。そんな感じがした。
※※※
俺達の話を聞いていたのだろう。千穂が驚きと心配の入り混じった声を上げた。
「えっ!ね、ネムちゃん、誘拐されてたの!?」
しまった、千穂にはこの件を秘密にしていたのを忘れていた。
「だ、大丈夫だったの?何もされなかった?」
千穂は涙目でネムに駆け寄る。ネムは少し戸惑いながらも答える。
「あ、うん、大丈夫だったよ。正太郎と柚希さんたちが助けてくれたし、早瀬さんも救助後にずっと励ましてくれたんだ」
千穂はネムをぎゅっと抱きしめ、肩を震わせて涙ぐんでいる。
「うう……大変だったね?怖かったね?不安だったね?」
「ち、千穂ちゃん、本当に何もなかったから!大丈夫だから!」
ネムは必死に千穂の腕から逃れようとジタバタするが、千穂のホールドは意外と強く、なかなか離れられない。ネム……やっぱり非力だな。
千穂のママモードが全開になり、しばらくはネムから離れそうにない。
※※※
とりあえず、千穂とネムは放置して、俺は改めて早瀬さんにお礼を伝えた。
「改めて、あの時はありがとうございました。おかげさまでネムは元気に過ごせています」
「いえいえ。お仕事ですから。お気になさらずに。まぁ、あの時もすぐに元気になって、アイス食べてニコニコしてましたけどね」
そういえば、あの時は叔父さんをパシリにしてアイスを買いに行かせていたっけ。叔父さん達には本当に世話になりっぱなしだ。
……叔父さんたちに、あんまり借りを作りたくないな。オリガミに柚希さんの調査依頼の優先度を上げてもらおう。
※※※
それにしても、早瀬さんは本当に俺が欲していた人材だ。護衛以外にも、いろいろ役に立ってくれそうだし。
……待てよ?土地売買交渉にも早瀬さんに同行してもらえばいいんじゃないか?女性がいるだけで相手の警戒心も和らぐだろう。早瀬さんはシュッとしてて、できる女性感がすごいし。後ろにいてくれるだけで交渉の成功率も上がるんじゃないか?
いいな!考えれば考えるほど、これ以上ない最適な人材だ。
※※※
俺は意を決して、早瀬さんに土地売買交渉への同行をお願いすることにした。
「すみません。明日からご近所さんに土地売買交渉に行こうと思ってるんですが、早瀬さんに、ついてきていただくことはできますか?いてくださるだけで十分ですので」
「……え?私は構いませんが、この件は藤崎顧問にお伝えしても?」
「柚希さんに?もちろん大丈夫です」
柚希さんにバレて困るようなことは無いはずだ。
「社長なんて肩書ありますけど、俺なんてただの高校生のガキですからね。信用してもらえないかもって思ってたんですよ」
早瀬さんが、心配が言う。
「同行するだけなら、いくらでも。そばに立っているだけなら、通常の護衛任務と同じですし。私がお役に立てれば良いのですが……」
「本当に助かります。では、明日から、お世話になります」
早瀬さんは快く承諾してくれた。俺は思わず顔がにやけてしまった。一人で土地売買交渉とか心細かったもの。
それに、俺の評価、同年代から見ても「冴えない人」だし。早瀬さんがいれば、印象もガラッと変わるはず。たぶん、ハロー効果ってやつで。
※※※
「ち、千穂ちゃん、離してぇ!ムガムガ!」
ふと横を見ると、ネムはまだ千穂に抱きかかえられて、もがいていた。ネム、そこ変わってくれないかな。
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