柚希さん(幼馴染視点)
翌日、学校が終わったあと、私は早瀬さんに連絡を入れた。すると、すぐに迎えに来てくれた。
校門で待っていると、早瀬さんがにこやかに声をかけてくれる。
「千穂さん、今日も一日お疲れ様です」
「早瀬さん、わざわざありがとうございます」
「だから仕事ですからね!大丈夫ですよ!逆に来なかったら怖い人にしばかれます」
「し、社会人って大変なんですね……」
そんなやりとりをしながら車に乗り込むと、後部座席には柚希さんが座っていた。
※※※
「千穂ちゃん、こんにちは」
「あれ?柚希さん。こんにちは!どうされたんですか?」
「今日は千穂ちゃんが会社に来てくれる日でしょ?迎えに来たの。早瀬さんがどんな護衛をしてるかも気になったし」
「早瀬さんには本当にお世話になってます。おかげで安心して通学できてます」
「そうなの?早瀬さん?」
「は、はい!微力ながら、精一杯やらせていただいております!」
「そうなんだね。よかった。……ところで早瀬さん?聞きたいことがあるんだけど……怖い人ってだぁれ?」
「ち、ち、父です!『仕事はしっかりしなさい』って、いつも……」
「え?あの菩薩みたいなお父様?一度お会いしたけど、全然怖い感じしなかったよ?」
「ち、ち、父に会われたことがあるんですか!?」
「ええ、もちろん」
柚希さんは、とてもニッコリとしている。対して、早瀬さんは、だらだらと汗をかいているように見える。
「え?え?え?お二人共どうされたんですか?」
私が戸惑って声を掛けると、柚希さんが答えてくれる。
「ごめんね、千穂ちゃん。早瀬さん、会社までお願いね」
「は、はい!」
その後、早瀬さんは少し緊張した様子で運転していた。柚希さんの前だと、やっぱり緊張するのかな。
※※※
会社に到着すると、柚希さんの社内での存在感に圧倒された。
柚希さんがエントランスを歩くと、社員さんたちがパッと道を空けて、柚希さんに挨拶をしてくる。
ほんわかのんびりしてるのに、そんな光景を見ていると、まるで王様や女王様みたいに見えてくる。
「千穂ちゃん、こちらへどうぞ」
「は、はい。お邪魔します……」
廊下を歩いていても、すれ違う社員さんたちがピシッと背筋を伸ばし、「藤崎顧問、お疲れ様です!」と元気よく挨拶してくる。柚希さんはそれに軽く「みなさんもお疲れ様です」と返していた。
そんな様子に目を見開いていると、柚希さんはにこやかに笑って言った。
「悠斗の会社、挨拶だけは徹底してるの」
そ、そうなのかな?柚希さんだけに挨拶してるように見えるけど……
※※※
開発部の前を通ると、ここでも、若いエンジニアさんたちが一斉に立ち上がり、「藤崎顧問、お疲れ様です!」と頭を下げる。その中の一人が、私をちらりと見て小声で尋ねた。
「……もしかしてドールハウスの藤崎正太郎さんの……?」
「はい、朝比奈さんよ。今日は特別に案内してるの」
中には、こんなことを言ってくれる人もいた。
「ドールハウスのVTuberのファンです!藤崎正太郎さんに『いつも視聴してます』ってお伝えください!」
しょうちゃん、大人からも尊敬されてるんだ!やっぱりすごい!
営業部の前では、スーツ姿の男性が柚希さんに感謝の声をかけていた。
「藤崎顧問、先日のご指導ありがとうございました!」
柚希さんは、軽く手を振って言う。
「気にしないで。みんなのおかげだよ」
そんな光景が何度も続いたので、私は思わず口にしてしまった。
「……柚希さん、すごいですね。皆から頼りにされてるんですね。憧れちゃいます」
柚希さんは、いつものほんわかした調子で答えた。
「そんなことないよ。一応、社長である悠斗の妻だから、みんな気を使ってくれるんだよ」
そうなのかな?なんだか、柚希さん個人に対してのものな気がするけど……
※※※
そんな中で、一人だけその空気にそぐわない人がいた。
柚希さんと私がエレベーターを待っている時、廊下の奥の方から、一人の女性が走ってきた。黒髪ストレートのセンター分けの女性。アーモンド型でちょっと釣り目気味の瞳。スーツをびしっと着こなして、いかにもできる女性という感じの美人さんだった。
その女性が、タイトスカートなのに気にせず爆走してくる。そして柚希さんと私の近くに来ると、走るのを止めて、その場で息を整えていた。
「礼奈、廊下を走っちゃだめだよ。いつも言ってるじゃない」
その人は、柚希さんに、小学生みたいな注意をされていた。
「はあはあはあ……ゆ、柚希?その子は?その子はまさか正太郎様の?」
「そうだよ」
「やっぱりですか!千穂様ですよね?正太郎様の幼馴染の!私は、ここの社長の秘書をやっております、笹木礼奈と申します!」
「は、はい。朝比奈千穂と申します。今日は柚希さんに誘ってもらって、会社見学をさせていただいております」
そのタイミングでエレベーターが到着した。笹木さんもエレベーターに一緒に乗るようだ。
エレベーターの中では笹木さんが、たくさん話しかけてきた。怒涛のトークだった。
「会社見学してるんですか?私が案内しましょうか?この前、正太郎様も案内させてもらいましたけど、すごいですよね?あの年であの規模の社長ですよ?うちの社長といい、藤崎家は一体何なんですかね?福の神でもついてるんでしょうか?」
「千穂様は、正太郎様の幼馴染なんですよね?すごい可愛いですね?正太郎様も隅に置けませんね?やっぱり手料理とか作ってあげてるんですか?」
「は、はい。料理は好きなので。ごはんはほぼ毎日……」
「ほぼ毎日!キャー!もう、お嫁さん寸前じゃないですか?通い妻ですか?いいですね!青春ですね!」
頭の中に叩き込まれるその情報量に、私はオロオロして反応できずにいた。
柚希さんは、呆れたように笹木さんを見ていた。
※※※
そのときだった。エレベーターが開く音がして、目的の階に到着したことを知らせた。
そして、開いたドアの前に仁王立ちしていたのは、ビシッとしたスーツを着こなした男性だった。短髪で目つきがちょっと怖いけど、なんだか、しょうちゃんに似ている気がする。
男性が言った。
「笹木。お前の旦那が秘書室で探してたぞ?急にいなくなったって。あんまり困らせてやるなよ」
「社長!正太郎様の幼馴染さんですよ?今から、たくさんお話するんですよ?」
社長?ってことは、しょうちゃんの叔父さんなのかな?
「悠斗、こちら正太郎くんの幼馴染の朝比奈千穂さん」
「みっともない所を見せて済まない。俺は正太郎の叔父の藤崎悠斗だ。朝比奈さん、いつも正太郎がお世話になっているみたいで、ありがとう」
「あ、はい。朝比奈千穂と申します。しょうちゃん……正太郎くんとは仲良くさせてもらっています」
「ふふふ。正太郎、しょうちゃんって呼ばれてるのか。幼馴染らしくていいな。これからも正太郎と仲良くしてやってな?」
「は、はい!こちらこそよろしくお願いします!」
※※※
「じゃあ、行きましょうか千穂様?私が社長室に案内いたしますね?」
そして私を連れて、エレベーターを出ようとする笹木さん。そんな笹木さんの首の後ろを、悠斗叔父さんがガシッとつかんだ。
「笹木?旦那が探してるって言ったろ?朝比奈さんの案内は、お前の仕事じゃない。お前は自分の仕事に戻れ。秘書室まで連れて行ってやる」
「そ、そんな!社長!ひどいです!私はこれから千穂様とたくさんお話する予定なんですよ!?」
「そんな予定はない。行くぞ」
ズルズルと首根っこをつかまれて引きずられていく笹木さん。
「あああ〜」
という情けない声とともに、廊下の向こうに消えていった。
私があっけにとられてその様子をポカーンと見ていたら、柚希さんが私に言った。
「千穂ちゃん、礼奈がうるさくしてごめんね。あれでもすごく優秀なんだよ?私の相談にもたくさん乗ってくれるんだ」
「そ、そうなんですね……」
そうは見えないとは、言えなかった。
※※※
その後、社長室を簡単に案内してもらい、気づけばすっかり夕方になっていた。そこで、柚希さんと一緒に夕食をとることになった。
柚希さんが連れて行ってくれたのは、格式高いフランス料理店。フルコースなんて、私にとっては初めての体験だった。
「わあ、すごい……!どれも本当に美味しいです!」
「でしょ?ここ、私も悠斗と特別な日に食べに来るんだ」
一皿一皿、丁寧に味わいながら、しょうちゃんにもこんな料理を作ってあげられたらいいなと思った。味や盛り付けをしっかり覚えておこう。
※※※
そんな私の様子を見ていた柚希さんが、少しだけ表情を曇らせて、珍しく言いにくそうに切り出した。
「実はね、私の昔の話を少しだけ聞いてほしいんだ。あまり楽しい話じゃないんだけど……」
それから柚希さんは、自分の過去について静かに語り始めた。その内容は想像以上に壮絶で、胸が締め付けられる思いだった。でも、柚希さんが私を気にかけてくれる理由が、少しだけ分かった気がした。
柚希さんは本当にすごい人だ。しょうちゃんが柚希さんのこと意識している理由も、なんとなく理解できた気がした。
※※※
その後も、次々と運ばれてくる美しい料理。美味しい料理は人を饒舌にするというのは本当だったようだ。
気づけば、また私はしょうちゃんのすごいところや、かっこよさ、優しさについて夢中で語ってしまっていた。
柚希さんは、そんな私の話を終始にこやかに、優しく相槌を打ちながら聞いてくれていた。
……あれ?そういえば、しょうちゃんに「俺のこと、あまり話さないでくれよ」って言われてたんだった。
うぅ、またつい語りすぎちゃったかも……。
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