裏側11 千穂に連絡を入れよう
その日もスーパー銭湯で風呂に入り、夕食もそこで済ませた。湯上がりの体が心地よく、俺たちはゆっくりと食事を楽しんだ。
ネムは食後、さっさとキャンピングカーに戻ると、ノートパソコンを開いて何やら作業を始めた。
俺はネムの邪魔にならないように静かに外へ出る。夜風が少し冷たくて、思わず肩をすくめた。ポケットからスマホを取り出し、千穂に電話をかける。
プルルル……プルルル……
数回のコールの後、千穂が電話に出た。
『しょうちゃん?こんばんは』
「ああ、こんばんは。千穂、今大丈夫か?」
『うん、大丈夫だよ。今お風呂から出たところ』
「そっか。今日も特に変わったことはなかった?」
『うん。変な人もいなかったし、護衛さんのおかげかも。今日は柚希さんに連れられて、しょうちゃんの叔父さんの会社に行ったんだよ。すごいビルだった!しょうちゃんの叔父さん、やっぱりすごいね』
千穂の声が弾んでいる。
「だよなぁ。あの会社、一代で築いたんだもんな」
叔父さんの会社は、社会人なら誰でも知っている大企業だ。
「柚希さんとも話した?」
俺はふと気になって尋ねる。
『うん。会社を案内してくれたの。柚希さん、かっこよかったよ』
「柚希さんが歩くとね、周りの人がパッと道を空けて、みんな柚希さんに次々と挨拶してくるんだ。すごかったよ」
そういえば叔父さん言ってたな。「柚希はうちの会社の裏ボスだ」って。本当だったんだ。
『あと、しょうちゃんの叔父さんの秘書の笹木さんって人が来て、たくさん話しかけてくれたよ』
『でも、しょうちゃんの叔父さんに首のあたりを掴まれて連れてかれてた。すごく面白かった』
千穂がくすくすと笑う。あの人、なんであんなに雑に扱われてるんだろう?
『そのあとは柚希さんと一緒にご飯食べたんだ。フランス料理のレストランに連れてってもらったよ。フルコースなんて初めてだった。食べたことないものばかりで、とても美味しかった!今度、しょうちゃんの家でも真似して作ってみるね!』
千穂、本当に楽しかったんだな。よかったよかった。
『しょうちゃん、ありがとう。こういうお金は、しょうちゃんが払ってくれてたんでしょ?』
千穂の声が少し遠慮がちになる。
「いや、お金は払ってないな……」
『えっ、そうなの?どうしよう、私お金払ってない……。いくらくらいなんだろう。お小遣いで足りるかな……』
千穂の声には、どこか不安げな色が混じっていた。
「千穂は気にしなくていいよ。目上の人にご馳走になるのも礼儀だし、護衛も俺が頼んだことだから。心配しなくていい」
『え?本当にいいの?』
「いいって。千穂にはいつもご飯を世話になってるし、お礼だとしても全然足りないくらいだよ」
『そ、そうかな?じゃあ、がんばって勉強して、しょうちゃんの家でもっと美味しいもの作るね!』
千穂の声が明るくなる。
「いや、今でも十分美味しいよ?」
『私、頑張る。しょうちゃんにもっと美味しいもの食べてもらうんだ!』
千穂はこういうところ、頑固だ。今ので十分だと言ってもきかないだろう。
「わかった。楽しみにしてる」
『まかせて!』
※※※
「そうそう。実験、うまくいきそうだよ。明日の夜には帰れそう」
俺はふと思い出して伝える。
『えっ、本当?よかった!』
千穂の声がぱっと明るくなる。
「ああ、ネムも『やっと千穂ちゃんのご飯が食べられる!』って言ってた。俺も同じ気持ちだ」
「こっちのご飯も美味しかったけど、やっぱり千穂のご飯が一番だな」
『えへへ……そう?うれしいな』
千穂が照れたように笑う。
「というわけで、明日まではこっちにいるけど、明後日からまた一緒に登校しような」
『うん!』
※※※
そんな会話をして、通話を切った。スマホを耳から離し、ふっと息をつく。やっぱり千穂と話すと落ち着く。
今日は叔父さんの会社に行ったのか。いったい何を話してきたんだろう……少し気になって、俺はキャンピングカーに戻りながらオリガミに問いかける。
「なあ、オリガミ。千穂と柚希さん、どんな話してた?何か計画に影響がありそうなことを話してたか?」
『計画に影響を及ぼすような話はしていませんでした。ただ、千穂さんが首からかけているオリガミ端末の話をしていました。千穂さんが「これ、しょうちゃんにもらったお守りなんです。えへへ……」と言っていたのを、少し引きつった顔で見てたぐらいですね。』
『あとは、千穂さんとお兄様の関係や、藤崎柚希の過去についての話題でした。』
「あ、そういうのはいいや。計画に関係ないことは俺に話さなくていいから」
プライバシーは大事だ。俺は盗み聞き男にはなりたくない。
※※※
そういえば柚希さんから仕事の依頼があったんだった。
いろいろあって忘れてた。まあ、俺のやることと言えば、オリガミに依頼内容をそのまま渡すだけだけど。
「なあ、オリガミ。柚希さんから仕事依頼のファイルが俺のメールボックスに届いていたか?」
『はい。確認済みです。私にとっては、大した依頼ではありませんでした。すでに解析が完了しております。』
「どんな依頼だった?」
俺は興味半分で尋ねる。
『大量の情報から異常パターンのデータを探し出す依頼でした。こちらの情報処理能力を試すためだけの依頼だったのかもしれません。今現在、世界最高のスーパーコンピューターでも数日かかりそうな絶妙な計算量が必要な依頼でしたので。「わからなかった」と返すこともできますが、いかが致しましょうか?』
どうする?隠すか?それとも、オリガミの存在を匂わせるか?俺は少し考えてから答える。
「……オリガミの存在を匂わせていこう。オリガミみたいな優秀なAIがあったとすれば、俺の成功に説明がつくし。それで納得してくれるのが一番だ。数日後くらいに返しといて。結構大変だったって伝えながら」
『そうですね。それくらいの返答が一番よろしいかと。私が言うのもなんですが、あまりにこちらが優秀であることを知られてしまうと、藤崎柚希がどのような行動を取るか予測できません。』
「じゃあ、そういう感じで頼む」
『かしこまりました、お兄様。』
※※※
なんだかオリガミには世話になりっぱなしだ。今度、オリガミが喜びそうなものをプレゼントしたいな。
とはいえ、オリガミにバレずに何かを購入するって、俺には難しくね?
……あれ?本当に無理なのでは?ネットで買えば履歴が残るし、オリガミ端末やスマホを持ってたら、直接買いに行ったこともバレる。
まあ仕方ないか。普通にネットで注文しよう。別にオリガミは俺が注文したものについていろいろ口出ししてこないしな。
※※※
キャンピングカーに戻ると、モニターにはちょうど「がんばったで賞」のご褒美タイムが終わり、リーダーのNo.1が戻ってきたところだった。
モニター越しに、やつの声が聞こえる。
『いや……一度は行っとくべきだと思う。少なくとも俺は……なんか救われた』
『俺は……明日からも「がんばったで賞」狙うよ。お前らも頑張れよ。少なくとも、あいつらは俺たちのこと見ててくれるから』
なんて殊勝なことを言っている。ずいぶん大人しくなったもんだ。おかわいいこと。まあ、どれだけ更生しても、お前の罪は消えないけどな。
どうやらアメの効果は絶大だったらしい。「よいこ化計画」、順調に進んでいるようだ。
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