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幼馴染の裏切り

千穂と過ごす時間が、日に日に減っていった。


隣にいて当たり前だったはずの存在が、気づけば少しずつ、俺の手の届かない場所に行っているような気がした。


ある日、下校時に思い切って声をかけてみた。


「千穂と一緒に行くよ。俺のためにやってくれてる事なんだから」


千穂は少し困ったような顔で、すぐに首を横に振った。


「だめ。しょうちゃんが一緒に来たら、しょうちゃんに言わされてるって思われるかもしれない」


「……でも」


「ごめんね。私がなんとかするから!」


正直、俺は納得いかなかった。でも、それ以上強く言うこともできなかった。


「じゃあさ、せめて一緒に帰るのはどう?学校で待ってるからさ!」


すると千穂は、少し間を置いてから申し訳なさそうに答えた。


「それも……遅くなると、人が少なくなって、しょうちゃんがまた変なことされるかもしれない。暴力とかもありえるし」


「……千穂が俺のことを心配してくれてるように、俺も千穂が心配なんだよ」


「ほんと、ごめんね!ちゃんと話し終わったら、すぐ帰るから!」


そう言って千穂は、小走りで昇降口のほうへ向かっていった。俺はその背中を見送りながら、小さくつぶやいた。


「俺、子供じゃないんだけどな……」


そう思ったけど、口には出さなかった。しかたなく、俺は帰宅した。千穂が戻ってくるまでの時間、折り紙に集中して過ごした。折り紙をしてると時間がすぐに経つ。


※※※


気づいたら、もう21時を過ぎていた。そんなとき、スマホが鳴った。千穂の親からだった。


「はい、もしもし」


『あ、正太郎くん?千穂、そちらにいる?』


「え、千穂?今日は来てないですけど……」


『そうなの……実はまだ帰ってきてなくて。もう九時でしょ?流石に心配になっちゃって』


「スマホ、繋がらないんですか?」


『うん……電池切れてるみたいで……』


「わかりました。俺、今から探しに行ってきます!」


『じゃあ、私も――』


「いえ、入れ違いになるとまずいので。おばさんは家で待っててください。千穂が帰ったら連絡ください」


『……わかったわ。お願いね、千穂のこと』


「まかせてください」


俺はすぐに家を飛び出した。自転車にまたがって、街中を走りまわった。学校、本屋、ショッピングモール――思いつくところは全部まわった。それでも見つからない。けど止まる気にはなれなかった。とにかく、心配だった。


***


しばらく走って、繁華街の近くまで来たとき、俺は見てしまった。大通り沿いの明るいネオンの下、ホテルの自動ドアが開いて、中から二人の人影が出てきた。男と女。


目の前を横切るように歩いてきた。最初はただのカップルだと思った。


でも、女の方の服装に目が止まった。ベージュのロングコート。間違いなかった。去年のクリスマスに、俺が千穂にあげたやつだった。全く同じコートが、あの女の体にかかっていた。


まさか、と思って顔を見ようとしたけど、角度が悪くてよく見えない。けど、歩き方。首の傾き。肩のライン。後ろ姿。全部見覚えがある。あのコートが風で軽く揺れたとき、髪がちらっと見えた。


あの色。あの長さ。あれは――千穂だった。


隣の男は黒いジャケットにジーンズ。俺より少し背が高い。年上かもしれない。男の顔ははっきり見えたけど、見たことはなかった。千穂は、少し俯き気味で歩いていた。元気があるようには見えなかった。


だけど、それ以上に、なぜここにいるのかがわからなかった。なんで千穂が、この時間に、この場所で、男と一緒にホテルから出てきてるんだ。


一瞬、見間違いだと思おうとした。


でも、無理だった。あれが千穂じゃないわけがなかった。俺の中にある千穂の輪郭と、そこにいる人間が、ぴったり重なってしまった。自信を持って「違う」と言える要素が何もなかった。


俺はその場に立ち尽くしていた。足が動かなかった。いや、動かそうと思えば動けたのかもしれない。でも、体のどこにも力が入らなかった。


声を出そうと口を開きかけたけど、喉が詰まって声にならなかった。呼び止めることもできなかったし、理由を聞くこともできなかった。


名前を呼ぶタイミングを探しているうちに、二人はゆっくりと歩いていった。千穂の歩幅にあわせるように、男が少しだけスピードを落としていた。


駅の明かりが遠くに見える。そこへ向かって並んで歩く二人の背中は、特別なことをしているようには見えなかった。ただ並んで歩いているだけ。


けど、それが余計に苦しかった。なにも特別じゃないっていうのが、逆に現実味があった。


俺はぼーっと、その後ろ姿を見つめていた。時間が止まってるように感じた。


でも実際には、二人の歩みはちゃんと進んでいて、俺だけがその場に取り残されていた。


※※※


いつの間にか、家に戻っていた。自転車をこいでいたことは覚えてるけど、どこを通ったかは曖昧だった。途中で千穂の母親に電話をかけたのは覚えている。


『駅の近くで千穂を見かけました。もうそろそろ帰ると思います』


そう言っておいた。俺の声が変だったのか、おばさんは心配そうに聞いてきた。


『大丈夫? なんか……』


「大丈夫です」


かぶせるように、それだけ言って、通話を切った。


※※※


家に戻ってからも、頭の中が真っ白だった。さっき見たものが現実なのかどうか、自分でもよくわからなかった。時間の感覚も薄れていて、どうやって帰ってきたのかも思い出せない。


ただ、部屋に入って明かりをつけたとき、スマホがブルッと震えた。


画面には「千穂」の名前。着信履歴が5件、10件と増えていく。次第に通知音が鳴る間隔も短くなり、RINEのメッセージもどんどん届いていた。


『しょうちゃん、どうしたの?』


『返事ちょうだい』


『お願いします。電話出て』


文章は短く、そして必死だった。でも俺は、それを開く気になれなかった。スマホの画面を見つめるだけで、手が動かなかった。


通話に出ようとは思った。話を聞けば、もしかしたら違う何かがあるんじゃないかと。でも、そう思った瞬間、ホテルの自動ドアが開いたときの光景が脳内でフラッシュバックした。


千穂が、男と一緒に出てきたあの一瞬。俺がプレゼントしたコートを着て、知らない男の隣で、うつむきながら歩いていた後ろ姿。


あれを見てしまった以上、もう何を聞いても、信じられる気がしなかった。


メッセージはまだ増え続けていた。でももう、何も反応できなかった。スマホの電源をオフにして、画面を伏せて、ベッドにうつ伏せになった。


俺の心は、空っぽになっていた。

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