裏側09 半グレどもの「よいこ保育園」入園式
ネムが言う。
「なあ、本当に来るのか?イマイチ実感がわかないんだが」
俺も同じ気持ちだ。だがオリガミはきっぱりと伝えてくる。
『はい。あと十分ほどで、「よいこ保育園」の駐車場に到着します。車は合計8台。なかなかの大所帯ですね』
現在、キャンピングカーは駐車場から少し離れた、分かりづらい場所に停めてある。ライトもエンジンも切っているため、外からバレることはないだろう。
※※※
複数台のヘッドライトの光が見えてきた。
「いち、にい、さん……ちょうど8台だな。あれか」
ネムが言った。
「うわあ、ホントに来ちゃったよ。オリガミの言ったとおりだった」
ネムが監視カメラをすべてオンにした。監視カメラにも車のヘッドライトの光が映り込んでくる。少し経つと、車が駐車場に続々と入ってきた。
そういえば、駐車場に、他の車を一台も停めてなかったな。連中、違和感を覚えたりしないだろうか?
そんな心配をしたが、杞憂だったようだ。
半グレ共は、入口を塞ぐように車を駐車していく。逃走封じだろう。手慣れている。
胸糞悪い。お行儀の悪い『おともだち』だ。しっかりと更生してもらわないと。
そして、車からぞろぞろと男たちが降りてくる。まあ、見るからにまともじゃなさそうな人間ばかりだ。
『三十人ぴったりですね。これが新規入園する「おともだち」です。』
スピーカー越しに連中の声が聞こえる。
『警備員いねーな?巡回中か?越してきたばかりで間に合ってないのかね?』
いるわけがない。ここにはお前らしかいないよ。まんまと騙されておびき寄せられてるんだよ。バーカ。
『ボス。そんなことより、はやく行こうぜ。おれ、がまんできねーよ』
『まあ、そうだな』
なるほど、下っ端の目的は女の子か。これまでも似たようなことやってきたんだろう。もうこれは世直しだな。こいつらは、まともな人間じゃない。罪悪感とか全部消えたわ。
俺がそんなことを考えていると、ネムがモニターを睨みつけるようにして言った。
「サルだな」
「うん。いやサル以下じゃね?」
「確かに。サルに失礼だな」
『間もなく、門を開けて侵入してきます。……三十人全員の侵入を確認しました。通常は、見張りとして何人か残していくものですが……。想定以上に、頭が緩いようですね。この方たちを私兵にするには、しっかりとした教育が必要そうです。』
オリガミは続ける。
『全員が門の中に入ったタイミングで、例の曲を流して足止めします。暗い夜道です。間違いなく足を止めるはずです。そうなれば、前庭砲の良い的でしょう。』
※※※
ネムと肩を寄せ合い、スクリーンを睨む。男たちが、門の中へ入っていく。
『「おっお猫マッマ」の曲を流します。』
『おっおっおっ♪猫ママっ♪猫ママっ♪おっおっおっ♪猫ママっ♪ままぁ♪ままぁ♪』
『な、なんだ?なんでこの曲が聞こえてくる?』
『連中が足を止めたことを確認しました。前庭砲で気絶させます。お兄様、よろしいですか?』
「ああ、やっちゃってくれ」
俺は間髪入れずに答えた。もう、ためらう必要もないだろう。
※※※
『前庭砲、撃ちます。』
オリガミがそう宣言した瞬間、モニター越しに見える、半グレたちの体が一斉にビクンと大きく跳ね上がった。
見えない衝撃波に襲われたかのように、彼らはその場で膝をつき、頭を抱えて苦しみ始める。
顔を歪め、歯を食いしばり、呻き声を上げながら地面に倒れ込む者、両手で耳を塞いでのたうち回る者、足をバタバタと痙攣させて転げ回る者。
その様子はまるで地獄絵図だった。
『ぐ、がああああっ……!』
『が、がああああぁぁぁ……』
男たちの叫び声が、監視カメラのマイク越しに生々しく響いてくる。
だが、その叫び声の合間にも、『おっお猫マッマ』の軽快なメロディが途切れず流れ続ける。
明るい曲調と、苦しみ悶える男たちの声が奇妙に混じり合い、異様な空間を作り出していた。
その光景を見つめながら、背筋に冷たいものが走る。
前に前庭砲を食らったことがあったが、今オリガミが使っているのはそれよりも遥かに強力なバージョンだ。あの時の苦しみを思い出し、思わず顔をしかめてしまった。
隣にいるネムが、ぎゅっと俺の袖を強く掴んでくる。彼女の手は少し震えていた。俺はそっとネムの背中を撫でてやる。こういうときは、人の温もりがありがたいものだ。
図太いネムも、さすがにこの光景には動揺しているようだった。強気な雰囲気は感じられない。
「見てられないなら、無理しなくていいぞ?」
俺がそう声をかけると、ネムは首を振った。
「いや、正太郎が見てるんだ。ワタシが見ないわけにはいかない」
その言葉は、俺だけに責任を負わせたくないという、俺への気遣いだったのかもしれない。ありがたいことだ。
※※※
一分後。モニターの向こうに、立っている人間はいなかった。皆、地面に倒れ、ピクリともしない。
『半グレ三十人、気絶させることに成功しました。全員バイタル正常。問題ありません。制圧完了しました。』
「さあ、面倒だけど、連中を体育館まで移動させるか」
「体でかいやつが多そうだな。俺が介助アシストスーツの方、担当するよ」
ネムだって女の子だし、気絶してるとはいえ、あんな性犯罪者どもに触るのには抵抗があるだろう。実際に誘拐されたこともあるわけだし。
「そ、そうだな。そっちは正太郎が頼む。ワタシは電動車いすのリモート操作を担当するよ」
※※※
「くそ。そういえばあいつら、駐車場の入口に車を横付けしてたな。余計な仕事、増やしやがって」
「きゃ、キャンピングカーからあまり離れるのは不安だよな?」
『できれば正門前に横付けしたいですね。いざという時、キャンピングカーで逃げても、追って来られないよう。鍵を回収して、車を移動させましょう。』
「はあ、めんどくさ。手間かけさせやがって」
『鍵の場所は、確認しております。そこまで手間はかからないはずです。』
「それじゃ、車移動させてくるわ。ネムはここで待っててくれ」
俺はネムにそう言うと、キャンピングカーを降りた。
※※※
キャンピングカーを降りて外に出た俺は、連中の車の鍵を回収するために、半グレどもが倒れている場所に向かっていく。本当に気絶してるのか、少し不安だ。
『お兄様、大丈夫です。皆、気絶しています。目を覚ます兆候はありません。』
「たしかに……ピクリとも動かんな」
『車の鍵を回収しましょう。まずはそちらの男の右ポケット、次は……』
そんな感じで、想像以上に手早く全ての鍵を回収できたのだった。
※※※
次の作業だ。車を1台1台移動させないといけない。
「さあ、車を移動させるか。この一番手前の車はどの鍵だ?」
『その車の鍵は、黄色いキーホルダーがついてる鍵です。』
バタンとドアを開けて車内へ乗り込む。なかなか良い車だ。でも、これが女の子を泣かせたお金で買った車だと思うと、車がかわいそうに思えてくる。
「えっと……これか。おお!ちゃんとエンジンが動いた。さあ、とっとと移動させよう」
少し手間取ったが、全ての車を駐車場の奥の方に移動させた。これで、こいつらの車は外の道路から見えなくなっただろう。俺たちの車の移動の邪魔にもならない。
俺はキャンピングカーへ戻った。
※※※
「ようやくキャンピングカーを正門正面につけられるな」
「正太郎、おつかれ」
「いやー、まだまだやることあるぞー。これから総勢三十人の大移動だ」
「うへぇ、いやだなぁ。連中に近づきたくないなぁ」
珍しくネムが愚痴をこぼしていた。ネムの女としての部分が拒絶反応を起こしているんだろうか?これが生理的にダメってやつかな?それでも、今回ばかりは手伝ってもらわなければいけない。
俺は、キャンピングカーを正門の正面まで移動させた。さあ、これからは重労働だ。
まずは、奥側の男から移動させていこう。俺は介助アシストスーツを装着した。
男を担ぎ上げ、電動車いすに座らせる。これは、スーツのおかげで、簡単だった。
このタイミングで男の携帯電話を回収する。ネムにこの犯罪者どもを触って欲しくないので、これも俺の仕事だ。
ネムがコントロールする電動車いすについていき、体育館入口に、男を床に下ろす。
これを三十往復かあ。
それでもやるしかない。十往復したころには、運んでいるものが人間とは思えなくなってきた。なんだか、ただの砂袋のような。
「体動かしてるうちに、なんか麻痺してきたわ。もはや、ただの肉体労働だな」
それでも、ネムはまだちょっと不安なようだ。
「な、なあ、オリガミ、こいつら気絶から目覚めたりしないのか?」
『ネムさん、安心してください。今のところ目覚める兆候はありません。もし目覚めたとして、追加の前庭砲を撃ちます。』
その言葉を聞いてネムも安心したようだ。
それから2時間かけて、俺とネムはすべての半グレを体育館内に移動することが完了した。
※※※
最後の1人を体育館に移動させた瞬間、俺はつい脱力してしまった。本当に疲れた。
「ようやく終わったか。疲れたなぁ」
俺は腰を後ろに反らして大きく伸びをした。
「ワタシも疲れた。早くキャンピングカーに戻ろう」
ネムもかなり疲れているようで、肩をぐるぐる回している。顔もかなりうんざりしている。
「なあ、正太郎?今日もまた下のスーパー銭湯行かないか?風呂に入ってスッキリしたい気分だ」
「いいね、そうしよう。オリガミ、それでも大丈夫?」
『構いませんよ。お疲れ様でした。重労働でしたよね。本当にお疲れ様でした。』
「ああ。オリガミ、あとは頼むよ」
『はい、お兄様、お任せください。ここまで来れば計画はほぼ成功したも同然です。彼らが目覚めたら、よいこ保育園開園ですね。楽しみです。』
オリガミは話し続ける。
『念のため、車の鍵はキャンピングカーの中に置いておいてください。連中が逃げられないようにしたいので。』
『回収した全員の携帯電話も同様にお願いします。後でお時間のあるときに、彼らから回収した携帯を1台ずつ私の端末につなげてください。彼らへの着信は、すべて私が対応します。それぞれスマホのデータのバックアップも取得します。』
「わかったよ。いろいろ任せちゃって悪いな」
『構いませんよ、お兄様。私には苦でも何でもありませんので。』
「やっぱりオリガミはすごいなぁ」
そんなことを話しながら、俺たちはキャンピングカーに乗り込む。
そして、スーパー銭湯へと向かったのだった。
※※※
重労働の後の風呂はとても気持ちよかった。
食事も最高だった。体の中に元気が戻ってくる。千穂の料理にはかなわないけど。
食事が終わったら、すぐにキャンピングカーに戻り、モニターでよいこ保育園の様子を見た。半グレどもは、まだ倒れたままで何も変化がないようだ。
さあ、本日最後の作業だ。連中の携帯電話をオリガミの管理下に置かねば。
俺とネムは、携帯電話を1台ずつオリガミ端末に接続していった。1台30秒くらいで処理が完了するとはいえ、30台もあるとなかなか骨が折れる。
俺たちは、眠気をこらえつつ、作業を進めていったのだった。
※※※
全てのバックアップが終わった頃には、眠気が限界だった。
運転席上のバンクベッドに登り、二人とも無言で寝転がった。マットレスの柔らかさが、今日一日の疲労を癒やしてくれるようだった。
「明日は絶対、全身筋肉痛だな……」
俺がそう呟くと、ネムが苦笑いを浮かべる。
「ああ。間違いなく筋肉痛だろうな」
体が鉛のように重い。まぶたも自然と閉じていく。
横になった瞬間、頭の中が真っ白になり、意識が闇に沈んでいった。
どれだけ疲れていたのだろうか。
夢を見る暇もなく、俺たちは深い眠りに落ちていったのだった。
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