裏側07 前庭砲(ぜんていほう)
「ご、ごめん……」
ネムはさすがにバツが悪そうにうつむいてみた。
「オリガミが逆位相波を出してくれたみたいで、声は全然聞こえなかったよ。だからもう大丈夫。好きなだけオホ声出していいぞ?」
「お、オホ声?」
しまった、余計なことを言ってしまった。俺がネムの「オホ声」を楽しみにしているなんてバレたら、今後聞けなくなるかもしれない。ここはうまくごまかさないと。
「いや、気にしなくていいよ。そうそう、何にせよ、オリガミが初めて『楽しい』って感じたなら、それはオリガミが成長した証拠だろ?めでたいことじゃないか」
「だから細かいことは気にするなって?な?」
「あ、ああ。正太郎がそう言うなら……」
そんなやりとりをしているうちに、俺たちは「よいこ保育園」の前に到着した。
※※※
キャンピングカーを駐車場に停め、運転席から降りて大きく伸びをする。
「うーん、空気がうまい!なかなかいい場所だな!」
周囲は緑に囲まれ、遠くに民家がぽつぽつと見えるだけ。見晴らしも良い。
ネムも深呼吸しながら、きょろきょろと周囲を見回す。
「そうだな!なんだか避暑地みたいだ。ここらへんに別荘でも建てるのもいいな。そうすれば千穂ちゃんも連れてこれるし!」
千穂を連れてこれるのはいいな。まあ、ネムの狙いは千穂の手料理だろうけど。
でも、いいアイデアだ。真剣に検討してもいいかもしれない。
※※※
「さて、あまり時間もないし、やることを進めよう。」
まずは持参した介護アシストスーツと電動車いすの動作確認だ。
「なんだこれ、面白そうだ。ワタシからな!」
こういうのが大好きなネムが、さっそく介護アシストスーツを身につける。
「うおお、すごいぞこれ!正太郎が持ち上げられる!」
「すごい。俺、ネムにお姫様だっこされてる……信じられん!」
次は俺が電動車いすに乗る。
「おおお!意外と速い!これ、楽しいな!」
「街を爆走してる車いすおじいちゃん、たまに見るもんな!正太郎、ワタシも乗りたいぞ!早く交代してくれ!」
そんな感じで道具のテストは順調に終わった。すべて正常に動作したし、使い方もバッチリだ。
世の中いろいろ便利なものがあるもんだ。これで気絶した半グレ共を「よいこ保育園」まで運べる。
最後に、しっかり充電ケーブルを接続しておく。いざという時に電池切れなんてなったらたまらない。電池残量も予備の電池も念入りに確認しとかなきゃな。
「さて、次は実際に『よいこ保育園』を見に行こう」
※※※
「よいこ保育園」は、見た目はただの体育館の廃墟だ。雨風はしのげそうだが、正直あまり居心地は良くなさそうだ。かなり汚れている。
ネムと一緒に中へ入り、ぐるりと見渡す。奥にはステージ、ステージの左右には舞台袖。手前右側には運動用具が収納されていたであろう倉庫。天井は高く、窓から自然光が差し込む。体育館の脇にはトイレと蛇口もある。
倉庫には大きな冷凍庫があり、三十人分が一週間過ごせるほどの食料が詰まっているらしい。その隣には電子レンジが三台。水道やトイレも完備。最低限の生活はできそうだ。
舞台袖には階段があり、上には放送室と貴賓室のような部屋。貴賓室にはソファも置かれていた。
※※※
俺は貴賓室のソファに腰を下ろしてみた。意外とフカフカだ。
『この部屋は「ごほうび部屋」として使用する予定です。このように使われます。』
ウィーンという音とともに、スクリーンが降りてきた。そしてそこに「アユ美」が映し出された。
『こんにちは!お兄様!アユ美だよ!ここは、「がんばったで賞」を取った「よいこ」にごほうびをあげる部屋なんだ。ご褒美といってもポテチとコーラとアイスだけなんだけどね!あと、私の愛情たっぷりのカウンセリングも……ふふっ!』
なるほど、これがアメか。そしてムチは前庭砲てワケだな。「よいこ保育園」恐るべし。
その後、冷凍庫からアイスをつまみ食いしていたネムを連れて、俺は体育館の中央に立った。
「さて、マジで嫌だけど、最後に身を持って確認しておかないとな」
※※※
「オリガミ、俺に前庭砲を撃ってみて。気絶しないレベルで。そうだな……半グレの行動制限に使うくらいのやつを頼む」
「お、おい。本気か?」
ネムが心配そうに声をかけてくる。
「やっぱり、オリガミの管理者として一度は受けておかないといけないと思うんだ。濫用しないためにもさ」
『お兄様……本当によろしいのですか?』
「ああ。でも意外だ。絶対に、オリガミは拒否してくると思ってたよ」
『私もお兄様にはお兄様でいてほしいので。お兄様は、安易にこのような暴力に頼る人間ではありませんから。』
「そうだよな。ありがとう。じゃあ、頼む」
俺は足を踏ん張って立ち、前庭砲に備える。
『お兄様、倒れて頭を打つと危ないので座っていただけますか?ネムさんは、お兄様が後ろに倒れそうになったら支えてあげてください。』
「あ、ああ」
俺は言われたとおりに、腰を下ろし、床の上にあぐらをかいた。ネムが心配そうにこちらを見ている。
※※※
『始めます。』
その瞬間、脳が震えた。耳の奥がビリビリして、それが強烈な不快感とともに脳に広がる。
「ぐうううっっ!こっ、これは……きついなっ!うぐぐぐぅ!!!がああああぁあ!!!」
体は動かせない。姿勢を維持するのが精一杯だった。脳から全身に不快感が押し寄せる。胃がひっくり返るような感覚に襲われ、喉の奥がヒクつく。視界がグラグラと揺れて、耳鳴りがキーンと響く。天井が遠くなっていくような感覚に襲われる。
『終わります。お兄様、深呼吸を。』
脳の震えが収まる。だが、気持ち悪さはすぐには消えない。自分が呼吸していなかったことに気づき、俺は荒い息で呼吸を再開した。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁっ!」
「だ、大丈夫か?」
ネムが心配そうに、俺の背中をさすってくれる。
お頭がフラフラし、胃のあたりもまだムカムカしていた。あと数秒続けば、間違いなく吐くことになっただろう。
「そ、想像以上につらい……これなら行動制限なんて簡単だな。安心したよ」
俺はオリガミに尋ねる。
「……なあ、今のって、どれくらいの強さだった?」
『だいたい、中の下くらいでしょうか。中の上くらいで気絶します。それ以上はちょっと危険ですね。後遺症が残る可能性もあります。』
「そうか……ありがとな。さあ、キャンピングカーに戻ろう。ちょっと横になりたい」
「あ、ああ。肩を貸すぞ」
「ありがとう……。なかなか衝撃的な体験だった……」
半グレどもは、これをこれからたくさん食らうことになるのか。哀れだ。まあ、女の子たちはもっと辛かっただろうし、自業自得か。
※※※
俺はネムの肩を借りて、なんとかキャンピングカーまで移動する。
そしてバンクベッドに這い上がり、そこで寝転がった。バンクベッドに登るときも、ネムが下から押してくれた。なんだかんだで、こいつ優しいよな。
『お兄様、ゆっくりお休みください。』
初めてのキャンピングカー長距離運転のプレッシャーと前庭砲の直撃で限界だったのだろう。俺の意識は遠のいていった。
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