正太郎、怒る
被疑者は、高橋悠真。東応大学大学院の情報系研究科に在籍している大学院生です。
東応大学といえば、ネムが准教授をしている大学だよな。
かなりレベルの高い大学だ。そんな大学の院生が、こんなリスクの高いことをするだろうか?しかも情報系なら、コンピューターやセキュリティにも詳しいはずだ。うかつに証拠が残るような画像を送るとは考えにくい。
どうにも腑に落ちない……
『少し高橋についてしらべてみました。優秀で、いたって真面目な生徒のようです。問題行動もないようです。』
やはり、どう考えても誘拐のような犯罪を指示する人物には思えない。
「……直接会って話を聞いてみるか」
※※※
翌日、学校が終わり、千穂を家まで送り届けた後のことだった。
俺は地下鉄に乗り、東応大学へ向かった。高橋が所属している研究室の近くで、彼が出てくるのを待つことにする。
『オリガミ端末を帽子にセットしてください。広域探索を開始します。お兄様はスマホでもいじりながら、リラックスして待っていてください。』
指示通り、俺は持参したキャップの前面にオリガミ端末を装着した。このキャップは、端末を簡単に取り付けられるようにベルクロで細工してある。
大学構内の階段に腰掛け、スマホをいじったり、うたた寝をしたりして時間を潰す。しばらくすると、骨伝導イヤホン越しにオリガミの声が響いた。
『高橋が出てきました。追跡を開始します。BLEのアドバタイジングパケットから高橋の携帯のUUIDを取得しました。これで、たとえ見失っても近距離なら追跡が可能です。』
※※※
大学構内で直接声をかけるのは避けたい。できれば高橋の自宅を突き止めたいところだ。俺は地下鉄に乗る高橋を、距離を保ちながら慎重に追跡した。
高橋は特に周囲を気にする様子もなく、淡々と歩いている。どこか疲れたような足取りで、警戒心は感じられない。
『ほぼシロですね。高橋は誘拐事件には関与していない可能性が高いです。もし犯罪に関わっていれば、もっと周囲を気にしたり挙動不審になるはずです。』
二十分ほど追いかけただろうか。高橋はあるアパートの一室の前で立ち止まり、鍵を開けて中へ入っていった。
俺も静かにその部屋の前まで移動する。
「オリガミ、中の様子は?」
『音響センシングで室内の人数を推定します……一人です。高橋だけですね。今が接触のチャンスです。』
俺は深呼吸して、意を決し、高橋の部屋のインターホンを押した。
※※※
『はい?どちらさまですか?』
インターホン越しに高橋の声が聞こえる。
「高橋悠真さんでしょうか?私、東応大学准教授・星ヶ谷ネム先生の研究室の者です。少しお話を伺いたいのですが、お時間いただけませんか?」
「えっ、ネム先生の?研究室ってあったんだ……わかりました。今、出ます。」
しばらくしてドアが開く。その瞬間、俺はドアの隙間にさりげなく足を挟んだ。これでドアは閉められない。
「なっ……!」
高橋は驚いてドアを閉めようとしたが、もう遅い。
「この写真、覚えていますよね?紙面反射の解析で、あなたが撮影者だと分かっています。でも、私はあなたの敵ではありません。少しだけ事情を聞かせてもらえませんか?もしかしたら力になれるかもしれません。」
高橋は顔面蒼白になり、しばらく沈黙した後、観念したように口を開いた。
「……どうぞ、中へ。」
高橋は俺を部屋の中へ招き入れた。
※※※
その時、骨伝導イヤホン越しにオリガミの声が静かに響いた。
『お兄様、少々お待ちください。室内に盗聴器が仕掛けられています。二つほど確認できました。ここでの会話は危険です。場所を移しましょう』
俺は小さく頷き、すぐに高橋へ向き直る。
「すみません、高橋さん。よければ外でお話ししませんか?その方が落ち着いて話せると思います」
「……あ、はい」
高橋は、すっかり気力を失ったような表情で、素直に俺の後についてきた。
※※※
近くのカフェに入り、コーヒーを注文して、店の隅のソファ席に腰掛ける。
世間話で場を和ませる余裕もなく、俺はすぐに本題に切り込んだ。
「まず最初に伝えておきます。高橋さん、僕はあなたの敵ではありません。むしろ、力になりたいと思っています」
「……はあ」
「高橋さん、何か脅されていませんか?先ほど、あなたの部屋に盗聴器が仕掛けられているのを確認しました」
「……!!」
高橋は驚愕の表情でこちらを見つめ、しばらく言葉を失っていた。
重い沈黙が数分続いた後、ついに高橋は意を決したように口を開いた。
※※※
ひどい話だった。
高橋には、長く付き合っている彼女がいた。中学生のころからの仲で、とても仲が良かったという。
あるとき、You◯ubeでVTuberという存在を知った。高橋は3Dモデリングの経験があり、彼女も配信に興味があった。二人は協力して、一人のVTuberを作り上げ、配信を始めた。
VTuberの黎明期だったこともあり、チャンネル登録者数は瞬く間に増えていった。無事に収益化も果たし、二人の未来は幸せでいっぱいだと思っていた。
そんなとき、とある広告代理店を名乗る男からメッセージが届いた。
「企業からの案件を受けてみないか?」
高橋たちは喜んだ。近所のカフェで打ち合わせをし、その話はまとまった。
だが、その気が緩んだ瞬間を狙っていたのだろう。男が「配信環境を見せてほしい」と言い出した。
もちろん抵抗はあった。だが、せっかくの企業案件がなくなってしまうかもしれないという気持ちもあり、自宅へ連れていってしまった。
そして、ドアを開けた瞬間だった。高橋は不意を突かれて殴られ、気を失ってしまった。
目覚めたとき、彼女はしくしくと泣いていた。……裸で。
※※※
その後の話は、予想通りの内容だった。
「俺たちの言うことを聞かなければ、撮影した行為映像が流出しちゃうかもな。それに、俺の仲間も彼女に興味があるみたいだったぞ?止めてやろうか?言ってること分かるよな?」
そう脅された。広告代理店を名乗るアイツは、半グレグループの一員だったのだ。
今では、彼女はやつらの運営するVTuber事務所に無理やり所属させられ、タダ同然で働かされている。そして高橋も、小間使いのように扱われている。
少し前、「通帳記入してきて、そこで写真を撮ってこい」と命令された。あの画像は、その時のものだろうとのことだった。
部屋に仕掛けられていた盗聴器は、高橋が裏切りや余計なことをしないか、常に監視するためのものだったのだろう。
高橋は両手で顔を覆い、声を震わせる。
「もう、俺……どうしたらいいかわからなくて!」
※※※
随分と手慣れた感じだ。こんな目に遭っているのは、高橋とその彼女だけじゃなさそうだ。
半グレどもは、どれだけ多くの人の人生を踏みにじってきたのか。人の弱みにつけ込み、平然と非道なことを繰り返す。いったい何様のつもりなんだ。
……胸糞わるい。絶対に潰す。
オリガミ。お前はこういう連中をのさばらせないために、神になるんだ。
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