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ネム誘拐される

ある夜のことだった。


その日も俺は、翌日の学校に備えて午前0時にはベッドに入り、ぐっすりと眠っていた。


※※※


深夜、静まり返った家の中に、突然けたたましいアラーム音が鳴り響いた。


「……っ!?な、なんだ……?」


夢の中をふわふわと漂っていた意識が、無理やり現実に引き戻される。耳をつんざくような警報音に、心臓がビクッと跳ね上がった。


そのとき、部屋の天井に設置されたスピーカーから、オリガミの声が響き渡った。


『お兄様、緊急事態です。ネムさんが誘拐されました。』


一瞬、何を言われているのか理解できなかった。誘拐?ネムが?頭が混乱して、思考が空回りする。


「は?誘拐?ネムが……!?」


言葉が口から漏れると同時に、全身の血の気が一気に引いていく。さっきまでの眠気は、跡形もなく吹き飛んだ。


「ま、まさか……家に侵入されたのか?どうやって!?」


俺は慌てて部屋のドアに目をやる。廊下の向こうからは、アラームの音が反響しているだけで、誰かが侵入した気配は感じられない。


そんな俺の動揺を察したのか、再びスピーカーからオリガミの声が流れる。


『いえ、ネムさんは一人でコンビニにアイスを買いに出かけたようです。』


「……は?こんな時間に?アイス?バカか、あいつは……!」


思わず声を荒げてしまう。


最近は俺が有名人になったせいで、近所にも変なやつがウロウロしている。そんな現状を知ってるはずなのに、午前二時に、女の子が一人で外に出るなんて、普通はありえない。


だが、ネムならやりかねない。あいつの自由奔放さを思い出し、怒りと呆れが同時にこみ上げてくる。


「くそっ!本当に……ネムらしい……!そんなにアイスが食べたかったのか!?」


怒鳴りながら、俺はベッドから勢いよく飛び起きた。心臓の鼓動はまだ収まらない。頭の中は、ネムの身に何が起きているのか、最悪の事態ばかりがぐるぐると駆け巡っていた。


とにかく、今は一刻も早く状況を把握しなければならない。


※※※


「この場合、警察に連絡すべきか……?」


俺は頭を抱えながら、必死に状況を整理しようとした。警察に通報すれば、迅速な対応が期待できるかもしれない。


『警察の介入は推奨できません。家宅捜索や事情聴取など、こちらにもリスクが及ぶ可能性があります。私の存在が露見する恐れがあります。』


オリガミの冷静な声が、スピーカーから響く。その言葉に、俺は歯噛みした。確かに、警察沙汰になれば、表沙汰にしたくないことまで明るみに出てしまうかもしれない。下手をすれば、これまで積み上げてきたものが一瞬で崩壊しかねない。


「……ちくしょう!」


拳を握りしめ、ベッドの上で悔しさを噛みしめる。だが、今は感情に流されている場合じゃない。ネムを救うために、できることを最優先しなければ。


警察は最終手段だ。


『ですが、ネムさんは私の端末を所持しています。GPSで現在地を把握できます。現在、新宿方面へ移動中です。端末のセンサーによると、ネムさんの心拍数は通常より高く、明らかに緊張状態です。移動速度から見て、徒歩ではなく車両で連れ去られている可能性が高いです。』


オリガミの詳細な報告に、少しだけほっとした。


場所が分からなければ手の打ちようがなかった。本当にセキュリティレベルを上げといて良かった!ギリギリだった!


「叔父さんに連絡する!」


俺は震える手でスマホを掴み、連絡先一覧から叔父さんの番号を探し出す。指がもつれそうになりながらも、なんとか発信ボタンを押した。コール音が鳴る間、心臓の鼓動がどんどん速くなっていく。


数秒後、電話がつながった。


『どうした、正太郎?こんな時間に?』


叔父さんの声は、いつもより少し低かった。こんな時間にかかってくる電話だ。異常事態と認識しているのだろう。緊張がにじんでいた。


「叔父さん、ネムが……ネムが誘拐されました!」


声が震えてしまう。だが、今は取り繕っている場合じゃない。事態の深刻さを、できるだけ正確に伝えなければ。


「な、なんだって!?ネムさんが、さらわれたのか?まずは落ち着け、正太郎。すぐに専門家を呼ぶ。柚希!柚希!」


電話越しに、叔父さんが動揺しながらも必死に冷静さを保とうとし、自分の妻の名前を大声で呼ぶのがはっきりと聞こえた。


※※※


すぐに柚希さんが電話に出た。


彼女は落ち着いた声で、状況を尋ねてくる。


『星ヶ谷ネムさんが誘拐されたの?正太郎くん、どうしてそう判断したの?』


そのとき、部屋のPCが自動的にスリープ解除され、オリガミからのメッセージが画面に表示された。


『GPSと心拍数モニタを持たせていたこと、それがアラートを発したことを伝えてください。』


「最近物騒なので、ネムにGPSと心拍数モニタを持たせていたんです。それがアラートを出してたんで、確認したらネムがものすごい速さで移動していて……誘拐じゃないかと思って!」


『分かった。ネムさんの現在地、GPSで分かるなら送ってもらえる?』


「はい!すぐに送ります!」


オリガミが送ってきたURLを、叔父さんのスマホに転送する。


『確認した。確かに車で移動してるね。今は麹町付近か。こちらで救出に向かうけど、正太郎くんも現場に来られる?』


「はい、行きます!」


『警察には連絡した?』


「できれば、警察には介入してほしくありません!」


『分かった。すぐに動くから、電話には常に出られるようにしておいて』


そう言って、通話が切れた。柚希さんの頼もしさに、心から感謝した。


※※※


俺はTシャツ短パン姿で、家から飛び出し、自転車に乗ってタクシーを探し、捕まえた車両に乗り込んだ。


「運転手さん、超特急でお願いします!えっと麹町で!仲間がピンチなんです!」


「お、おう!まかせてくれ!」


※※※


タクシーの中で、心臓がバクバクしていた。


スマホの画面には、オリガミが示すネムの現在地がリアルタイムで更新されていく。四谷のあたりで停車している。


建物の中に連れ込まれてしまったのでは!と心配していると、柚希さんから電話がかかってきた。


『ネムさん、保護したよ。無事だった。四谷三丁目付近。後何分ぐらいでつく?』


「よ、よかったあ……!あと5分ぐらいです!」


『犯人も確保してあるから安心してね。じゃあ、待ってるよ』


通話が切れた。


※※※


安堵で全身の力が抜けそうになる。


骨伝導イヤホンからオリガミの声が聞こえてくる


『よかったですね。お兄様。ネムさんの心拍数も落ち着いてきています。無事に保護されているようです。』


『藤崎柚希の子飼いの警備会社を動かしたようですね。この警備会社には警察からの天下りも多いようです。警察は介入しづらいでしょう。』


タクシーが目的地に到着した。運転手にお礼をいい、俺は転がるように車を降りた。


そこで周りをキョロキョロと見渡した。


叔父さんが手を振っていた。隣に柚希さんもいる。そして、顔を青ざめさせた、ネムがいた。


※※※


「ネム!」


「正太郎!」


ネムは涙ぐんだ目で俺を見つめると、次の瞬間、勢いよく俺の胸に飛び込んできた。小さな体が俺の胸元にしがみつき、細い腕がぎゅっと俺の腰に回される。


その体は小刻みに震えていて、ネムの不安と恐怖が痛いほど伝わってくる。俺はそっとネムの背中を撫で、できるだけ優しく、安心させるように声をかけた。


「大丈夫か?何かひどいことされなかった?」


ネムは俺の胸に顔を埋めたまま、小さく首を振る。


「だ、大丈夫だ。ちょっと胸を触られたくらいで済んだ」


ネムは俺の服をぎゅっと掴みながら、顔を上げて俺を見つめる。


「し、正太郎が助けてくれたのか?」


「ああ、叔父さんたちに頼んで、すぐに動いてもらったんだ。叔父さんの奥さんも一緒に、全力で探してくれたんだよ」


俺はネムの背中を軽く叩いてから、腰にだきついているネムをそのままに、近くに立っている叔父さんと柚希さんの方へと近づいた。


「ネム、こちらが俺の叔父さんとその奥さんの柚希さん。今回、二人がいなかったら、きっと間に合わなかった」


叔父さんは優しい笑みを浮かべて、ネムに声をかける。


「ネムさん、正太郎から君のことはよく聞いているよ。今回は本当に大変だったな。怖かっただろうけど、もう大丈夫だからな」


柚希さんも、少し心配そうな表情でネムを見つめている。


「は、はい……ありがとうございます……」


ネムはまだ俺の腰にしがみついたまま、なかなか離れようとしない。怯えた小動物のようで、普段のふてぶてしい様子はすっかり影を潜めていた。


そんな中、柚希さんが静かに俺の方を見て、問いかけてきた。


「正太郎くん、誘拐犯はどうしたい?」


※※※


そのとき、骨伝導イヤホンからオリガミの声が聞こえてきた。


『お兄様、少し尋問しましょう。』

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