秘密を守るために
こちらの心の底を覗き込むような、柚希さんの瞳。
……おれは、彼女のことを、なにも分かっていなかったのかもしれない。オリガミとともに神山を心理的に追い詰めたからこそ、分かる。
柚希さんは、ただ優しいだけの人間じゃない。この目は、そんな人間にはできない。
俺は、反射的に警戒心を高めた。
柚希さんは、俺の反応に驚いたように、目を見開いた。
骨伝導スピーカーから、オリガミが言った
『プレーヤーとしての場数が違います。できるだけ、早めに話を切り上げた方がいいかもしれません。』
別に、敵対するために来たわけじゃないから大丈夫。オリガミの存在さえ漏れなければ……
俺たちが持っているのは、VTuberの作成・運用を補助するAIということで押し通す。すべてAIがやっているわけじゃない。配信は人間がやっている。ただ、それがものすごく楽になる。それだけのAIだ。
叔父さんたちの前だ。俺の考えは、口にはできない。だが、まるで心の中を読んだかのように、オリガミが言った。
『お兄様。お気をつけて。』
※※※
叔父さんと向かい合って、ガラスのテーブル越しにソファに座る。
「えっと、叔父さんもご存知の通り、最近『ドールハウス』という会社を立ち上げました。VTuberのプロダクションを行う会社です。」
「ああ」
「最初は、会社を作るつもりなんてなかったんです。ただ、ネムと一緒にVTuberでもやろうって話になって、それ用のサポートAIを開発してたら、気づいたらすごいAIができちゃって」
「これがあればVTuber活動がめっちゃ楽になるんじゃ?って思って。試しに何人かに使ってもらったんです。そしたら思った以上に役に立ったみたいで、人気が出てきたんですよ」
「ふんふん」
「チャンネル登録者もどんどん増えて……でも、AIの運用だってタダじゃない。それで、法人化しようと思ったんです」
「それと、実は……昔から、叔父さんみたいにビジネスやってみたいなって、ぼんやり思ってて。うちに所属すれば、アバターやAIを使えるっていう条件で、VTuberを囲い込んでいった感じです」
「最近、掲示板を見たら“藤崎グループが関わってるんじゃない?”って書かれてて。それで、もし叔父さんたちに迷惑がかかったらまずいなと思って。今回、その説明に来たわけです」
「なるほど……」
叔父さんは黙ったまま、なにやら考えているようだった。斜め後ろでは、柚希さんが無言で立ち、じっとこちらを見つめている。
こええ…この人…なんか存在感がオリガミっぽい…。控えめで優しくて、美人な柚希さんはどこいった…。
そんなことを思っていたその瞬間、またオリガミが“エスパー”してきた。
『お兄様?集中してくださいね?』
※※※
思考を終えたのか、叔父さんが口を開いた。
「事情はよく分かった。すごいじゃないか。VTuber業界には、ウチも注目してたんだが……先を越されたな。どうだ?会社、売らないか?人生三回くらい遊んで暮らせる金が手に入るぞ」
人生三回くらい遊んで暮らせるお金?そんなセリフ、いつか俺も言ってみたい。
でも……オリガミは、俺の妹だ。売り物じゃない。答えは決まってる。
「……すみません。できるだけ、自分でやってみたいと思います」
「いいな。それでこそ男だ」
叔父さんは、満足そうに笑った。
※※※
叔父さんは話を続けた。
「それでだ。藤崎グループと関係があるって、勘違いされてる件……どうする?」
そのとき、骨伝導スピーカーからオリガミの声が入った。
『お兄様。できれば今の“勘違い状態”が理想です』
ピクリと、柚希さんの体がわずかに動いた。やばい、今の反応で何か気づかれたか?柚希さんが、ポケットからスマホを取り出し、どこかに連絡を入れていた。
『お兄様、可能な限り自然な会話を続けてください。たった今、マイク妨害のためのハイパスフィルターがオンにされました。私との会話を疑われています。音声解析によって、お兄様の声は聞き取れます。ただ、他の方の声までは無理でした。私からは聞こえません。』
ぐっ…さすが柚希さん。やっぱりプロはすごい…
「えっと、その件ですが……できれば、勘違いされている状態のままでいてもらえると、助かります」
「それはなぜだ?」
「いや、叔父さんの『操り人形』って思われてたほうが楽なんですよ。『ドールハウス』なだけに」
「………」
しまった。すべった。
『お兄様!最高におもしろいですよ!』
くっ、お世辞はいらない!
……その反応を見て、柚希さんがまたわずかに動いた。視線だけがこちらに鋭く向けられている。
そんな空気のなかで、叔父さんが静かに笑った。
「ふふふ。まあ、いいだろう。何か困ったことがあったら言えよ?お前は俺の大事な甥っ子なんだから」
「はい。ありがとうございます」
「ただし、変なことはやるなよ。万が一そうなったら、うちは即座に無関係って声明出す。俺も社員と家族を守らなきゃならんからな」
「もちろんです。当然のことだと思ってます」
※※※
「正太郎、今度お前の家に行ってもいいか?兄貴の仏壇にお線香をあげたいんだが」
「それに、星ヶ谷ネムさんと住んでるんだろ?同棲じゃないか。一度、話してみたいと思ってな」
「いや、あいつはただの共同研究者ですよ。研究室にこもってるので、会わない日もあるくらいです。」
そのタイミングで、唐突に骨伝導マイクからオリガミの指示が飛んだ。
『幼馴染の千穂さんのご飯目当てであると言って下さい。』
俺は素直にそれに従った。オリガミの意図は分かっている。
「それに……ネムは幼馴染の千穂のご飯目当てな所もありますし」
その瞬間、柚希さんがわずかに身じろぎした。
「へえ。ご飯を作りに来てくれる幼馴染がいるのか。柚希みたいだな。その子と、付き合ってるのか?」
「まあ、付き合ってたんですけど……いろいろあって。今は、幼馴染に戻ってます」
「そ、そうか……言いづらいことを聞いたか?」
珍しく、叔父さんが慌てた様子を見せる。視線を、俺と柚希さんの間で行ったり来たりさせている。
柚希さんの顔色も、どこか悪い。静かに感情を抑えているようで、逆に怖い。
そんな空気の中、骨伝導イヤホン越しに、オリガミが囁く。
『派手に落ち込んだフリをしてください』
「はあ……人生って、思い通りにいかないですね……人間って、なんなんですかね……」
少しだけ声に湿り気を混ぜて、うつむく。
「……あ、ぜひ遊びに来てください。ネムも……ちょっと変わってますけど、いい奴なので……柚希さんも、ご一緒に」
「あ、ああ……」
「これ以上、長居してもご迷惑かと思いますので。今日は、失礼します」
そう言って、俺は社長室を後にした。
※※※
そうして、外で待機していた笹木さんに見送られ、俺は叔父さんの会社を出た。
エレベーターの中では、質問攻めにあった。
「社長と、何の話してたんですか?なんか、雰囲気暗かったですけど……柚希があんな顔になるの、久しぶりに見ましたよ?あれ?正太郎様も元気ないですね?どうされたんですか?」
そう畳みかける笹木さんに、俺は曖昧に笑って、ごまかした。
……正直、何て答えればいいのか、自分でもわからなかった。
※※※
叔父さんの会社の社屋から出て、一息ついた。
ふう……なんとかなったな。
『お兄様、お疲れ様でした。』
「あああ……なんか罪悪感が湧いてきた……」
『藤崎柚希の、唯一と言ってもいい弱点です。彼女は過去に一度、幼馴染である叔父様を裏切っています。』
「……柚希さん、顔色悪くなってたなあ」
『お兄様、ネムさんにも言われましたよね?オリガミAIの存在がバレることは、世界大戦につながるレベルのリスクがあると。たとえ叔父様たちであっても、この秘密は漏洩させられません。むしろ、彼らを守るためにも。』
「わかっちゃいるんだけど……」
『大丈夫ですよ。藤崎柚希は、そんなに弱くありません。弱い人間が、あそこまで登りつめられるわけがありませんから。』
※※※
『おそらくですが……彼女は、叔父様とお兄様を重ねて、お兄様に甘くなってくれると思います。』
『よかったですね?あこがれの人から優しくしてもらえるんですよ?』
「……素直に喜べない」
『お兄様は、実際にお兄様の身に起こったことを伝えただけです。』
『どうか、気に病まないでください。たとえ責められるとしても、それは作戦を立てた私です。お兄様は悪くありません。責めるなら、私をお責めください。お兄様にはその権利があります。』
「いや、選択したのは俺だ。大丈夫だよ」
俺は静かに、しかし力強く言った。
※※※
その夜、叔父さんから電話があった。
『さっきは変なこと聞いて、すまなかったな』
「いえ、俺こそ変な空気にさせてしまって、すみません。」
『あれから柚希がうるさくてなあ。「正太郎くんに、なにかできることはないか?」「正太郎くんところでも弁護士やる!」とかさ。笹木も驚いてて笑えたぞ。』
オリガミの想定どおりか……
「えっ、ほんとですか?どうして急に……?」
『まあ、いろいろ思うところがあったんだろ。柚希なりに』
「そう、ですか……」
『会社の件も、何か手伝えることがあったら言ってくれ。できることは何でも協力するよ。柚希もうるさいしな』
「ありがとうございます。……助かります」
『あとさ、正太郎。何を隠してるのかは知らんけど、本当にやばくなったら、ちゃんと頼れ。……じゃあな』
電話は、それだけ言って切れた。
「……お見通しかあ」
※※※
通話が終わったあと、なんとも言えない気持ちで天井を見つめていた。
オリガミが静かに言ってきた。
『お兄様。やはり人の弱みにつけ込むのは、おつらいですか?』
「……まあな。つらい記憶を、ほじくり返しちまったからな」
『何度でも申し上げます。お兄様は、悪くありません。秘密を守るというのは、それほどに難しいことです。』
『あのまま藤崎柚希を放置していたら、どこまで情報を引き出されていたか分かりません。藤崎柚希は……叔父様のように、甘くはありませんから。それだけ、シビアな視点から、身内を守ろうとしているのでしょう。』
『それでも、もし罪悪感がおありなら……いずれ彼らが大きな困難に直面したとき、私たちの側から助けて差し上げられるくらい、強くなってください。それは、お兄様と私となら、きっと可能です。』
「……ああ。オリガミの言うとおりだ」
オリガミの存在が明るみに出るということは、この世界を混沌に突き落とすことと同義だ。
それが現実になれば、叔父さんの会社だって、どうなるか分からない。
でも、オリガミを破壊するという選択肢は……ない。彼女は、俺の唯一の家族で大切な妹なんだから。
じゃあ、どうするか?秘密裏に、誰にも触れられない存在にまでオリガミを育てる。それしか、選択肢はない。
※※※
……とはいえ、今は心が追いつかない。
「でも、今日はこのまま寝るわ……」
しんどいときは、寝るに限る。俺は着替えもせず、風呂にも入らず、ベッドに倒れ込んだ。
「オリガミ、おやすみ……」
『おやすみなさい、お兄様。いい夢を……』
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