叔父さんへの報告
善は急げだ。俺は悠斗叔父さんに電話をかけた。
プルルル……プルルル……ガチャッ。
※※※
「もしもし?」
「あ、俺、正太郎です。叔父さん、お久しぶりです」
「おう、そろそろ電話かけてくる頃だと思ってたよ。ドールハウス株式会社の件だな?」
「そ、そうです。さすがですね、もう情報が入ってたんですか」
「柚希がな……どこからか全部拾ってくるんだよ。一昨日くらいだったか、正太郎の動きについて話してたな」
「そうですか……あ、その前に」
言いたかったことを、ちゃんと伝えなきゃ。
「父が亡くなったときは、本当に助かりました。叔父さんがいなかったら、ちゃんと葬儀もできなかったと思います。ありがとうございました」
「どういたしまして。まあ俺の兄貴でもあったしな。正太郎のためでもある。……そういえば、紬が会いたがってたぞ?」
「紬ちゃんですか。たしかに最近、会えてないですね」
「正太郎お兄ちゃんの折り紙が見たいってさ」
「それは嬉しいですね。いつでも見せてあげるって、伝えておいてください」
※※※
「それで……一度、俺が起こした会社についてお話したいなと思って。一度、お会いできませんか?」
「ああ、いいぞ。俺も興味あるしな。楽しみにしてるよ」
そんなふうにして、俺は無事に悠斗叔父さんとのアポイントメントを取ることができた。
※※※
『やはり、ドールハウスの存在。すでに把握されてましたね。』
「柚希さんすごいなあ。どうやって気づいたんだろう」
『お兄様?相手に、気を許してはいけませんよ?』
「わ、わかってるよ……」
※※※
悠斗叔父さんとの話は、叔父さんの会社で行うことになった。
けれど、問題は服だった。どんな格好で行けばいいのかわからなくて、俺はネムに泣きついた。
「なあ、ネム……服、どうすれば……?」
「そんなもん、Tシャツとジーンズでいいだろ」
あっさり、そう返された。オリガミに聞いても、まさかの同意だった。
清潔な白いスニーカーに、シンプルな白Tシャツ。無理にスーツなんか着るより、そっちの方がよっぽど印象がいいらしい。
『別に契約に行くわけじゃないですし。舐められないように、堂々としていて下さい。いつものお兄様で、だいじょうぶですよ?』
『それこそ着慣れないスーツなんか着ていったら、舐められてしまいますよ?』
……たしかに、そうかもしれない。
※※※
叔父さんの会社のビルに入る。
エントランスに足を踏み入れた瞬間、視線が一斉に集まった。白Tシャツにジーンズ姿の男が、堂々と入ってきたのだから当然だ。
でも、俺はひるまなかった。背筋を伸ばし、歩幅を乱さず、ゆっくりと受付に向かう。
少し怪訝そうな顔をされたが、構わず口を開く。
「藤崎正太郎です。叔父の藤崎悠斗さんにお会いする約束で来ました。……おそらく、お話は通ってると思います」
受付の女性が一瞬目を見開き、それからすぐに態度が変わった。
「少々、そちらのソファでお待ちください」
穏やかな声でそう言われ、俺は案内されたソファに腰を下ろした。
※※※
少し待っていると、スーツをきっちりと着こなした女性がこちらへ向かってきた。
髪はセンター分けのストレート。整った身のこなしと、隙のない表情が印象的だった。
「藤崎正太郎様でいらっしゃいますか?」
俺は腹に力を込めて、はっきりと答える。
「はい。そうです。叔父の藤崎悠斗に会いに来ました」
「私、社長である藤崎悠斗の秘書をしております、笹木玲奈と申します」
そう言って、名刺を差し出してきた。俺もすぐに胸ポケットから自分の名刺を取り出し、彼女に渡す。
「これはご丁寧に」
「では、こちらへ。社長がお待ちしております」
玲奈さんの案内で、俺は応接室へと向かった。
※※※
笹木さんのあとに続いてエレベーターに乗り込むと、彼女はぱっとこちらを見て、楽しそうに話しかけてきた。
「正太郎様って、社長の甥っ子さんですよね?」
「はい、そうですが……」
「今日はお一人で来られたんですか?」
「ええ。もう一人の社員は、こういうのに慣れていないもので」
「現役男子高校生なんですよね?すごいですね?若いですね?今日は社長に何のお話をしに来られたんですか?」
おお、なんだこの人、めっちゃ喋る……!
「そ、それは叔父さんの前で話しますね?」
「すごいですね?しっかりしてますね?社長といい正太郎様といい、起業家の血統なんですかね?」
……まるでマシンガンだ。
※※※
そのときだった。エレベーターが開く音がして、目的の階に到着したことを知らせた。
そして、開いたドアの前に仁王立ちしていたのは、悠斗叔父さんだった。
「笹木。俺の客だぞ?馴れ馴れしいぞ。……お前、男子高校生好きなのか?」
「あら、社長?そんなことないですよ?ちゃんとお連れしたじゃないですか」
「もういい。あとは俺が案内する。お前は自分の仕事に戻ってろ」
「そんなこと言わないでくださいよ!私も社長の甥っ子さんのお話、興味あるんですけど?」
「はいはい、戻った戻った」
叔父さんは、手をひらひらと払いながら、しっしっという感じのジェスチャーをする。
「そうですか……残念です。はあ。では正太郎様、失礼いたしますね? お見苦しいところをお見せして申し訳ありません」
そう言って、笹木さんはトボトボと廊下の奥へと去っていった。
※※※
「すまんな、正太郎。秘書がうるさくて」
「叔父さん、ご無沙汰してます。正直、驚きました。……彼女、叔父さんの秘書なんですよね?」
「ああ。あんなんでも優秀なんだよ。柚希の親友だしな」
「そ、そうなんですね……」
「ま、笹木のことはいい。こっちの部屋だ」
歩き出す叔父さんのあとに続く。
そのとき、骨伝導イヤホンからオリガミの声が静かに響いた。
『さきほどの女性は、笹木玲奈。笹木家は由緒ある名家で、政財界に複数の繋がりを持ちます。一族の中には大手企業のCEOも多数。彼女自身、いわゆる“お嬢様”ですね』
……うお。雲の上の人だった。
そんな人を普通に秘書にしてるなんて、やっぱり叔父さん、ただ者じゃない。
※※※
静かに叔父さんのあとをついていくと、やがて一枚のドアの前で足を止めた。扉には「社長室」と書かれている。
叔父さんは無言でドアを開け、そのまま中へ入っていく。
「入ってきていいぞ」
「し、失礼します……」
おそるおそる足を踏み入れた室内は、整然と整えられていた。
余計なものは一切ない。だが、その分、ひとつひとつの家具やソファが放つ存在感が際立っていた。無駄のない美しさ。明らかに高級品ばかりだ。
「はー……いい部屋ですね」
「社長室だ。俺はだいたいここで仕事してる」
※※※
はー、ほー、へー……と室内をキョロキョロと見回していると、突然、背後から声をかけられた。まったく気配を感じなかった。
「お久しぶり。正太郎くん」
「うわっ……!」
思わず肩が跳ねた。慌てて振り返ると、そこには柚希さんが立っていた。
「ゆ、柚希さんかあ。お、驚かせないでくださいよ……」
「ふふふ。ごめんなさいね」
そんな様子を見ていた叔父さんが、呆れたように言う。
「お前、その気配を消して後ろから近づくの、やめろって。怖いんだよ」
「ごめんね、悠斗。なんかこれ、ついやっちゃうんだよね」
……なんだろう、この感じ。どこかで覚えがある。
そのとき、骨伝導イヤホンからオリガミの声が静かに流れた。
『心理的制圧術かもしれません。ご注意を』
それだ。俺が神山に仕掛けたアレに、よく似ている。
俺は思わず、柚希さんの目をじっと見つめた。
今まで気づかなかった。けれどその瞳の奥には、こちらの心の底を覗き込んでくるような、静かな深淵が確かにあった。
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