VTuberを三百人つくってみよう
驚いたことに、「オリ男」はバズった。
俺は「オリ男」を、ネムと千穂に見せてみることにした。これがウケているという実感がイマイチわかない。リアルな女性陣の反応が知りたかった。
※※※
オリガミが、数百体のVTuberを同時運用・同時配信できると語ったとき、ネムは例の発作を起こした。
「おほっ♡おほおおおおおおっっっ♡かん、感じるぅ……!超並列化の波ィ……!」
俺は一歩下がって、ネムの発作が終わるのを待つことにした。
これ、動画で撮っておいたほうがいいかもしれない。落ち込んだときに見れば、「ああ、自分はまだマシだ」って思えそうだ。
『いままでの「おほ」は、すべて録画してありますよ。送りましょうか?』
「いや。それはいいよ。なんかフェアじゃないし」
『お兄様、さすがですね。高潔な精神です。』
※※※
その後、「オリ男」の動画を見せた。ネムは食い入るように見つめて、「いいな」と一言。そのまま俺の方へとじりじり近づいてきた。
そして、ぎゅっと手首をつかまれ、指先をじっと見られる。
顔が近い。心臓がうるさい。なんかいい匂いがする。
「正太郎の指先って、なんかセクシーだよな。女心に、グッと来るものがあるぞ。なあ、やっぱりワタシのこと抱かないか?」
そう言って胸をぐいっと強調し、上目遣いでみあげてくる。
「くそ!俺はまけんぞ!」
……そして、俺はまたしてもトイレに駆け込むハメになった。
色即是空、空即是色。
※※※
千穂にも「オリ男」を見せてみた。なんでVTuberなんてやってるの、って聞かれないように、「研究資金を稼ぐために必要になった」って前もって言い訳しておいた。
動画を見せると、千穂は顔を真っ赤にして、鼻息まで荒くしていた。珍しく、かなり興奮してるように見える。
「しょうちゃん!私、チャンネル登録するね!メンバー登録もする!スパチャもめっちゃするよ!」
「いや、まだ収益化してないし、スパチャとかできないよ」
「千穂になら、俺が折り紙してるとこなんて、いつでも見せるから。だから、収益化してもスパチャは禁止な?」
「ほんと!?絶対だよ!?」
「そうそう。こいつのセリフとかは全部AIね?俺が言ってるわけじゃないからね?あんな甘いセリフ、俺には無理だし」
「わかってるよ!しょうちゃんの声じゃないもん!私は、しょうちゃんの手の動きが好きなの!」
「す、すまん……」
千穂……手フェチだったのか……。じゃあ、もしかして……俺の中身とか、どうでもよかったりする……?
※※※
『「オリ男」ですが、チャンネル登録者数が十万人を超えています。収益化可能レベルです。』
オリガミは淡々と続ける。
『ただ、お兄様はまだ未成年です。未成年は収益化プログラムに参加できません。』
『当面は、視聴者を獲得することに集中しましょう。』
※※※
オリガミは続けて言った。
『私はこれから、大量のVTuberを作成・運用します。お兄様の「オリ男」と区別するため、彼ら彼女たちを“ドールズ”とでも命名しておきます。』
『ドールズは、これまでのVTuber・漫画・アニメのキャラクターのパターンより、私がそれっぽいアバターを生成していきます。声や性格も、それぞれのキャラクター性に合ったものを、割り当てて行きます。』
『人気が出たドールは継続運用し、人気が出なかったものは運用を終了。その枠で新しいドールを生成し、常に全体の利益を最大化します。』
『中には、大きなヒットとなるドールも出るでしょう。そういった個体については、IPビジネス展開も見据えて、大切に育成していきます。』
個体……オリガミらしい言い方だ。
『幸いにも、お兄様の誕生日は間近です。十八歳になったら、法人を設立しましょう。「オリ男」とドールズの運営権はすべてそこへ移管し、その時点で収益化を開始します。』
「ああ、頼むよ。一応、毎晩の報告を頼む。俺も進行状況を知っておきたいから。」
『わかりました。お兄様。』
……さて。これで、研究室の拡張費用くらいは稼げるといいんだけど。
※※※
オリガミはすぐに、大量のドールを運用しはじめた。総勢三百体。いや、三百人と言うべきか。
オリガミは、常に複数のドールによる同時配信を行うようになった。それでもなお、処理能力には余裕があるらしい。
疲れを知らないからこそ可能な配信頻度と配信時間。愛らしかったり、クールだったりする合成音声。心理学を巧みに駆使した会話術。そして、ネタの源泉となる圧倒的な情報収集力。
とにかく、全部が“最適化されている”のだ。滑舌も、テンションも、コメントとの距離感も。まるで、あらゆるVTuberの“理想形”だけを抽出して合成したような存在。
ドールたちは、人間のトップ層VTuberにも引けを取らなかった。
そんなこともあり、チャンネル登録者数は日を追うごとに伸びていった。
※※※
そして、5月10日。俺の十八歳の誕生日。
この日、会社を設立し、代表取締役として就任した。社名は「株式会社ドールハウス」。
役員には、ネムを迎え入れた。
※※※
会社を設立したとはいえ、俺の毎日はいつもどおりだった。
相変わらず学校に通い、帰宅しては研究と向き合う日々。唯一の変化といえば、名刺ができて、その片隅に「代表取締役」の肩書が刻まれたことくらいだ。
ある日、学校から千穂と並んで帰り、そのまま彼女の料理を手伝っていた。
味噌と出汁の、あたたかくて落ち着く香りが部屋に広がっていく。すると、その匂いにつられるように、リビングのドアがガラッと開いた。
「……くんくん。なんか、うまそうな匂い……」
ネムが、まるで夢遊病のようにフラフラと出てきた。ブカブカのパーカーの袖をまくったまま、ぼんやりした目つきでキッチンに近づいてくる。
「目覚ましが味噌汁って、おまえどんな生活してんだよ……」
「寝てない。分子シミュレーションしてたら空腹感に意識が浮上しただけ……」
ネムはそう言って、ダイニングテーブルの椅子を引いて座った。
千穂が作ってくれた夕飯を、俺と千穂、ネムの三人で囲む。あったかいご飯に、味噌汁、煮物、サラダ。箸をつけると、しばらくは静かな食卓が続いた。
※※※
そのとき、千穂がぽつりと切り出した。
「ねえ、しょうちゃん。社長になったんだって?」
「ああ。研究費を自分で用意しなきゃいけないからな」
「会社作るって話は聞いてたけど……てっきり、ネムちゃんが社長やるのかと思ってた」
千穂がちらりとネムを見る。ネムは味噌汁をすする手を止めずに言った。
「ワタシは研究で手がいっぱいだ。外との調整は、正太郎のほうが適任だよ」
「そっか……正直、ちょっと意外だった。しょうちゃんが社長かあ……」
千穂は、照れたように笑った。けれどすぐに顔を上げて、声を弾ませた。
「じゃあ、私も協力するね!オリ男にスパチャ送りまくる!」
「だから、千穂はスパチャ禁止な!」
「ええー……」
千穂は唇をとがらせて、少しだけしょんぼりした顔を見せた。
「オリ男なんかに、大切なお小遣いを使うんじゃありません!」
「千穂になら、いつでも折り紙やるとこ見せるって言ったろ?それで我慢してくれよ」
「……ほんと?」
「ほんとだよ」
千穂はふわっと笑った。かわいい。会社はできても、俺たちの暮らしは、あんまり変わらなかった。
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