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VTuberって稼げるの?

一ヶ月ほど経ったころには、研究室の主要な機能はだいたい把握できていた。


たとえば、塩基リザーバーへの塩基の補給方法をはじめ、量子ドット、NVセンター、フォトクロミック分子といった光学学習用の素材をDNAに修飾する手順。


さらに、DNAポリメラーゼなどの各種生体由来酵素の補充に、DNAプリンタの運用方法。


さらに、DNAニューラルネットワークへの光入力を行う高精度レーザーや、応答を検出する超高感度カメラの操作についても、基本的な理解はできたと思う。


オリガミやネムと相談しながら、それらをうまくコントロールし、オリガミを成長させていく日々は、とても充実していた。


もちろん、お金はぜんぶ、ネムが出してくれている。俺たち兄妹はヒモなのだ!


※※※


そんな日々を過ごしているうちに、俺と千穂は高校三年生になった。


あれだけ迷惑をかけた神山も、無事に卒業していった。どうやら、痴漢冤罪女とはそれなりにうまくやっているらしい。まあ、千穂に関わらず、他人に迷惑をかけずに生きてくれるなら、それでいい。


卒業式の日、神山が校門を出るときに、ふと目が合った。彼は静かに深く頭を下げて、そのまま何も言わずに去っていった。


結局、あいつのことを手駒として使うことは一度もなかった。必要がないなら、無理に動かすこともない。


俺へのいじめに加担していたクラスメイトたちも、同じだ。


……まあ、卒業しようがクラスが変わろうが、俺たちの手駒であることからは、逃げられないけどな。


※※※


そのころには、俺とネムのひどい食生活に見かねたのか、千穂がご飯を作りに来てくれるようになっていた。


材料費やちょっとした手間賃を渡しているとはいえ、相当な負担になっているはずだ。


最初は申し訳なく思っていたが、「好きでやってることだから」とあっさり返されてしまった。


正直なところ、デリバリーや宅配弁当にはすっかり飽きていたので、ありがたく甘えることにした。


※※※


そして今、俺たちはすっかり引き返せないラインを越えてしまっていた。


完全に、千穂に餌付けされてしまっていたのだ。


今、もし千穂がご飯を作ってくれなくなったら……考えたくもない。俺たちのQOL(生活の質)は、間違いなく地の底まで落ちる。


千穂のご飯なしでは、生きていけない体になってしまっていた。


※※※


あれから、千穂とネムは、すっかり仲良くなっていた。正確には、ネムが千穂に完全になついてしまった、というほうが正しいかもしれない。


ネムはご飯を食べているとき、「これもうまい」「それも最高」なんて千穂に話しかけて、千穂はそれを嬉しそうにニコニコと見守っている。


そんな光景を、俺は何度も見かけるようになった。これが、母性というやつなのかもしれない。千穂はネムのママになってしまった。


「千穂ちゃん!これおいしいな!千穂ちゃんは、すごいな!」


ネムが興奮気味に叫ぶ。


「そうかな?ネムさん、ありがとう!」


「ネムさんとか水くさいぞ!ネムって呼び捨てにしてくれ!」


「じゃあ……ネムちゃん?」


「ああ!それでいいよ!最近なんか体の調子もいいんだ!たぶん、ご飯のおかげだと思う!ほんとにありがとう!正太郎の家に引っ越してきてよかった!」


ネムは終始テンションが高かった。


そんなふたりを、ぼんやり眺めていた俺に、骨伝導イヤホン越しにオリガミが話しかけてくる。


『お兄様、これが“胃袋をつかむ”ということなのですね。とても参考になります。千穂さん、素晴らしい方です。』


ホント、その通りだなと思っていたところで、今度は千穂が声をかけてきた。


「しょうちゃん……おいしい?」


「あ、ああ。めちゃくちゃ美味しいよ。千穂は、やっぱり料理が上手だなあ」


「えへへへ……うれしいな」


そんな俺の言葉を聞いて、千穂は満面の笑みを浮かべていた。


※※※


ご飯を食べ終えたあと、食器をざっと食洗機に放り込み、俺は千穂を家まで送ることにした。


とはいえ、千穂の家は目と鼻の先だ。玄関を出て、歩いて十秒もかからない距離だった。


「じゃあ、千穂。また明日な。今日も本当にありがとう。すごく美味しかったよ」


「いいって。好きでやってることだし。それに、しょうちゃんが喜んでくれるなら、それだけで嬉しいから」


「……そっか。ありがとな。おやすみ」


「うん、おやすみ、しょうちゃん」


※※※


自宅に戻ったあと、俺はそのままリビングへと向かった。


ソファに寝転んでいたネムが、顔も上げずに声をかけてきた。


「うおーい、正太郎。ちょっと話したいことがある」


「だらしないなあ。なんだよ?」


「今、オリガミを、できる限りの速度で成長させてるわけだが……その先について、いろいろ試算してみた。情報共有するぞ」


「わかった。よろしく頼む」


「まず、今のワタシの資産は、だいたい十億。このままのペースでオリガミを育てていくと、たぶん一年くらいで使い切る。そのペースを維持して成長させたいなら、追加で資金が必要になる」


十億も持ってたのか……すごいな。というか、それ以上の金が要るのか。


「一番の問題は、スペースだな。オリガミAIは基本的にコンパクトだけど、DNAネットワークが拡張されるたびに、オリガミタンクが占める面積も大きくなってる」


「現状では、地下の研究室に十分に収まっているけど……このままだと、限界が来る。これも、あと一年ってところだな」


「つまり……新しい研究所が必要になる、ということだ」


ネムは、淡々と続けた。


「将来を見据えると、次の研究所にはクリーンルームがほしい。電源も、今よりもっと安定したものじゃないとダメだ。」


「でも、最大の問題は引っ越しなんだよな。正直、どうすればいいか分からない。」


少し、声に迷いが混じる。


「オリガミタンクの中に固着されたDNAニューラルネットワークが、どれくらいの振動に耐えられるのか……それが分からない。もし、運搬中に剥がれたら……その時点で、オリガミは消滅する」


一瞬の沈黙のあと、ネムはあっけらかんと言い切った。


「だから、一番確実で手っ取り早いのは、近所の家をいくつか買い取って、地下をつなぐことだ。今の研究室をベースに、そのまま拡張する。オリガミは一歩も動かさなくていい」


そして、にやりともせずに現実を突きつけてきた。


「まあ、そうするには、金がいる。土地代・建築代・立ち退き代・研究室の各種設備代。正直、三十億くらいはほしいかな。この先、オリガミの成長を継続させることを考えると、百億あっても、困らないな。」


※※※


「研究室がミチミチになるのは、おそらく一年後。もちろん、一年後以降、オリガミを成長させないのなら問題ない。多少の維持費だけで済む」


「でも、オリガミの存在がバレるリスクを考えると、オリガミをできるだけ早く成長させなければならない。そのために、動くなら早いに越したことはないと思う」


なるほど。ヒモ以外の金策を、本気で考えなきゃいけないってことだな。


技術的なことは、ネムのほうがずっと強い。俺も当然手伝うつもりだが、ネムが主導となるだろう。


だったら、金策は俺とオリガミの担当だ……なにか考えないと。


※※※


その日、千穂と一緒に学校から帰ったあと、なんとなくぼんやりしたまま、リビングのソファに沈み込んだ。


テーブルの上には開けかけのコンビニ弁当と、飲みかけのペットボトル。家族の用事で、今日は千穂は来られないらしい。貧相な夕食だった。


どうしたもんかなーと思い、金策について考えていた。


指が勝手にリモコンを動かして、壁のディスプレイにYuuTubeが映る。


再生履歴から適当に選ばれたのは、なぜかVTuberの配信切り抜きだった。


「……こんなの、いつ見たっけ」


画面の中では、ケモ耳の女の子が「うわーん、やらかしたー!」と叫んでる。コメント欄には「かわいい」「神回」「尊い」なんて文字が流れていく。


「この子は、コレで稼いでるんだよな……たぶん」


正太郎は独りごとのように呟いた。


※※※


「でも、これって儲かるのか?やってるやつ多いし……たかが知れてんじゃないの?」


独り言のつもりだったが、オリガミが反応してきた。


『そうですね。成長している業界の一つです。収益モデルについてのご質問でしょうか、お兄様。』


「ああ頼む」


『VTuberの市場規模は現在、国内で既に一千億円を超えています。今年度は一千二百億円は超えるでしょう。ただ、VTuber自体の数も多くなっており、競争が激しくなっております。上位2%に入れば、年収一千万を超えるでしょうが、そのほとんどは月に一万円も稼げないような状態のようです。』


「完全にレッドオーシャンだな。上澄みでも一千万かあ……全然たりんなあ……」


『人間なら、無理ですね。』


その不自然な物言いに、俺は問い返した。


「人間なら?じゃあ、オリガミなら、可能だっていうのか?」


少しの沈黙。


『可能です。しかも、お兄様たちのお陰で、ニューラルネットワークがかなり大きくなりましたので、処理能力もかなり向上しています。今時点で、三百体ぐらいのVTuberを私一人で演じられると思います。』


『今後、さらにニューラルネットワークが拡大できれば、千体くらいのVTuberを容易に演じられるようになると思われます。』


「……まじで?」

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