千穂とネム②
「はっ!しょうちゃん!」
千穂が我に返って、俺の顔を見上げた。その目には、まだ少し混乱の色が残っている。
俺は、千穂が落ち着くのを待ってから、ネムを紹介することにした。
※※※
「この人は、星ヶ谷ネム。中学生に見えるかもしれないけど、ちゃんと成人してる。東応大学の准教授で、あと……たぶん天才」
「中学生に見えるは余計だぞ、正太郎」
ネムがむっとした顔をする。俺は慌てて付け加えた。
「あ、ああ、スマン。外見をどうこう言うのは失礼だったな。ネムは、普通に……いや、かなり可愛いから、つい気にしてないと思ってた」
「か、かわいい!?」
ネムからではなく、千穂が横から反応した。顔がピクッと引きつっている。当の本人のネムは涼しい顔をしている。
「しょ、しょうちゃん、ネムさんのこと可愛いって思ってるの!?」
「そりゃ思うよ?見たまんまだし。千穂もそう思うだろ?」
「た、たしかに可愛いけど……」
千穂がネムの方をちらりと見て、小さく唇をかんだ。
※※※
千穂はネムの正面にぴたりと立ち、少し震える声で言った。
「しょ……しょうちゃんのこと、好きなんですか……?」
突然の直球に、俺は一瞬言葉を失う。
「いや、別にそういうわけでは……ないけど?第一、昨日会ったばっかりだしな。すごく気は合うし、いいヤツだとは思うけど」
「昨日会ったばかり……?」
千穂が目を見開く。
「どういうこと?」
「あー、昨日、うちに来たんだよ。父さんの研究を引き継ぎたいって言ってさ」
「うん。そのとおりだ」
ネムが平然と頷いた。淡々とした口調だけど、かえって真実味があった。
「俺もさ、親父の研究をちょっといじってたんだけど、やっぱり知識とか技術がなくて、どうにも行き詰まっててな。そこにネムが現れて、すごく助けられたって感じだ」
「うむ。おおむね、その通りだ」
ネムはさらりと肯定する。千穂は俺とネムを交互に見ながら、混乱を抑えきれない様子だった。
※※※
千穂が顔を赤らめ、ネムのほうを睨むように見つめた。
「じゃ、じゃあ……ネムさんは、なんでしょうちゃんに“抱いて”なんて言うんですかっ!?」
ネムが一瞬、言葉を失い、視線をさまよわせる。
「そ、それはだな……」
……駄目だ。これはネムには対応できない。俺は即座に口八丁モードに切り替えた。
「いや、その、俺の親父の研究ってのが、まあけっこうすごくてさ。ネムいわく、タダで受け継ぐのは忍びないって。それで、せめて何か代価を……って流れで、つい勢いで出た言葉だったんじゃないかと思う。たぶん。すごい興奮してたから」
「そ、そうなの?」
「そ、そうだ!そのとおりだ!」
ネムが突然勢いよく頷いた。
「正太郎のお父上の研究は、ほんとうに素晴らしくて!いま想像しただけで……」
ネムの肩がプルプル震えはじめ、顔が急速に紅潮していく。
あーあ。……来る。来ちゃうよ。
順調に、いつもの「おほステップ」を踏んでいく。そして――
「おほっ♡おほおおおおおおっっっ♡きこ、聞こえてくるぅ……!涼やかなる人類最高の叡智の声ぇ……!」
※※※
過去の記憶からでも発作が起きるのか。新発見だな。これ、相当重症だよな。今までの知人からはどう思われてたんかなぁ。
千穂がビクッと肩を震わせた。信じられないものを見たような目で、ネムを凝視している。
そりゃそうだよな。俺もちょっと引いたし。
「おーい、千穂がおどろいてるぞー。戻ってこーい」
俺は、ネムの頬をペチペチ叩く。
しかし、ネムはなかなか帰ってこない。今回は長くなりそうだ。仕方なく、俺は肩をすくめて千穂に向き直った。
「まあ、そんなわけでさ。ネムとは、そういう色っぽい関係とか、まったくないから」
※※※
「……しょうちゃんのやりたいことって、お父さんの研究を引き継ぐことだったんだね」
千穂の声には、どこか寂しさのような響きがあった。
「そう。守秘義務でさ、どんな研究かは……まだ話せないんだけど。ごめん」
「……ううん、いいよ。しょうちゃんが本気でやりたいことなら、私、応援したい」
「ありがとう。すごく助かる」
「ネムさん、ちょっと変わってるけど……でも、いい人そうだね」
「……ああ、そうだな。頼りになるよ。いろいろ、な」
※※※
なんとか切り抜けた……そう思って、俺はひと息ついた。
しかし、その安堵は早すぎた。千穂のターンは、まだ終わっていなかった。
「それで……千穂シリーズってなに?」
くそっ!忘れてなかったか!どうする……いや、もう仕方ない。覚悟を決めよう。それに……千穂にこれ以上の隠し事をしたくない。
「い、いや…もう白状するわ。千穂にプロトタイプを没収されたときからも、ずっと千穂を折り紙で折ってたんだ。最新版はこっちにある。」
俺は無言で立ち上がり、千穂を作品庫へと案内した。
「ここに来るのも久しぶりだよ。作品、増えてるね」
千穂が部屋を見渡しながら、ぽつりとつぶやく。
「ああ。そして、これが千穂(Ver.5.3)だ」
「……すごい。さらにリアルになってる……」
千穂が顔を引きつらせる。その目には、ほんの少しの喜びが混じっていた。
「ちなみに……今まで、何個くらい作ったの?」
「に、二十三個……」
「に、にじゅうさんこ!? そ、そんなに!?」
「で、でも!これは、俺の大切な作品なんだ! 俺の心を揺さぶるものを折った、魂の結晶なんだよ!」
「心を……揺さぶるもの。へ、へえ……そうなんだ」
千穂が、頬を染めてうつむく。悪い気はしてなさそうだ。よし、この路線で押すしかない!
「ああ。俺の大切な人の形を、俺が心を込めて折る……そんな対象、千穂しかいない。今、俺の心を揺さぶる人物モデルは、千穂だけなんだ!」
「え……えへへ。わ、私だけ?……えへへへっ」
千穂はうれしそうに両頬に手をあてて、体をクネクネしていた。
「ああ。だから……だから頼むから……千穂シリーズを封印しないでくれぇっ!」
心の底から、必死にお願いした。千穂はしばらく黙り込んだまま、じっと俺の顔を見つめていた。
そして、何かを思いついたように、ぽつりと口を開く。
「……わかったよ。千穂シリーズだっけ?持っていかないから。でも、一つだけ条件があるんだけど、いいかな?」
「お、おう!ありがとう!恩に着るよ!勝手に作ってたのは、本当に悪かった!」
「それはもういいよ。それでね、その条件っていうのは……しょうちゃんの家の全部の部屋に、千穂シリーズ、飾ってくれない?」
「……え?」
「もちろん、トイレとかお風呂はいいよ? でも、それ以外の部屋には全部ね」
「いや、別にいいけど……なんでまた?」
「だって、ネムさんばかりずっと一緒にいてズルい。私はしょうちゃんの隣に、ずっとはいられない。でも、折り紙の私なら、ずっと一緒にいられるよね」
千穂は、そう言って小さく笑った。その笑顔には、少しだけ寂しさが混じっていた。
「……千穂。わかった。全部の部屋に置くよ。ケースに入れて、大事に飾る」
「うん。……大切にしてあげてね。じゃあ、学校、行こうか?」
「おう!」
俺たちはカバンを手に取り、玄関を出て、学校へと歩き出した。
※※※
正太郎と千穂が家を出てから、数分後のことだった。
「はっ……あれ?ワタシ、なにしてたんだっけ……正太郎は?千穂ちゃんも……いたような……」
『ネムさん。二人とも、もう登校されましたよ。』
「オリガミ……ワタシ……ま、またやってしまったのか……?」
『それはもう盛大に。記録上、今までで一番長い発作でした。きっと徹夜の疲労が引き金になったのでしょう。仕方のないことです。』
「……うう。ほんとに、情けない……」
『いえ、ネムさんは素晴らしいです。全力で感動を表現する姿勢、私はとても好きですよ。』
「そ、そうか……ありがと……でも……もうダメ。ねむい……」
ネムはリビングのソファに倒れ込んだ。もういいや。ここで寝てしまおう。
『おやすみなさい、ネムさん。いい夢を。』
「……おやすみ、オリガミ……」
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