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ネムとお金がやってきた

『お兄様、やはり、お金を稼がなければいけません。』


「そうだよなあ」


『私の維持に必要な塩基のストックが、あと数ヶ月で尽きます。お父様の遺産を使えば当面の購入は可能ですが……お兄様の今後の生活も考慮する必要があります。』


『それに、計画を進めるには、より多くの塩基と各種素材が必要になります。』


『ただ、購入にも問題が出てきます。』


「普通の高校生である俺が、そんなものを購入するのは不自然だから、探ってくる奴がでてくるかもしれない…だったな。」


『はい。お父様が亡くなられた今、なぜ塩基を買い続けているのかと疑問を持たれる可能性が高いです。何か、自然に見える表向きの理由が必要です。』


※※※


そんな話をしていた翌日。来客者があった。


『藤崎正太郎さんのご自宅でしょうか?」


「はい。どなたでしょうか?」


『私、東応大学で特任准教授をしている、星ヶ谷ネムと申します』


インターホン越しのモニターに映ったのは、高校入学前の中学生のような少女だった。


「准教授ですか?あなたが?』


『はい。このような見た目ですが、十八歳です。法律上は成人しています』


「……少々お待ち下さい」


※※※


インターホンを保留にして、オリガミと相談する。


「いや、十八歳で准教授って……それはそれで変じゃないか?」


『お兄様、確認しました。この方、星ヶ谷ネムは実在する人工知能研究者です。大学の公式サイトに顔写真付きで掲載されており、映像とも一致しています。極めて異例な経歴を辿った結果、十八歳で准教授になったようです。肩書も事実です。偽者ではありませんが、警戒は怠らないでください』


「マジかよ……」


『一度、中に入れて話を聞きましょう。インターホン越しで長く話すと、誰かに聞かれる可能性があります。今のところ一人のようですし、危険性は低いです。』


「……わかった」


※※※


俺は彼女を招き入れた。ソファに腰かけてもらい、「粗茶ですが」と言ってお茶を差し出す。


「それで……ご用件は?」


「単刀直入に伺います。藤崎正太郎さん、あなたはAIの開発をしていますね?」


……詰んだ。完全にバレてる。ど、ど、ど、どうする……!?


その時、骨伝導イヤホンからオリガミの声が静かに響いた。


『お兄様、少しだけ、思考時間をください。』


オリガミが思考モードに入った。……やばい。今は俺だけで時間を稼がないと。


※※※


舐められないように。上から目線でいく……!


「なんの話か分かりませんね。それに……失礼ですが、なぜ俺が、その質問に答える必要があるのでしょう?」


「……おっしゃるとおりですね。では、こちらをお受け取りください」


すっと差し出されたのは、銀行の封筒だった。


「百万円あります。これで、私と少しだけお話していただければと。もちろん、答えたくないことを無理に聞くつもりはありません」


「ふむ……」


俺は封筒を手に取り、中を覗いた。一万円札の束がぎっしり。なるほど、そうきたか……


ど、ど、ど、ど、どうしよう!?


父の遺産はまだある。あるけど……現ナマの破壊力がすごすぎる。胃のあたりがギュッと締まる。


その、だまった様子をみて何か勘違いしたらしい。スッともう一つ封筒が差し出された。札束が、倍になった。


「いかがでしょう?お話しだけでも。手持ちはこれが限界ですが、もし足りないようであれば、後ほど言い値でお支払いします」


ヒーヒーフー、ヒーヒーフー。ヤバイ、どこかから何かが生まれてきそうだ。


オリガミさん!まだですか!正太郎は限界です!


「あなたの本気度は、十分に伝わりました。少し……考えさせていただけませんか?」


俺は、考えるふりをしながら、じっと彼女を観察した。


※※※


中学生のような見た目。ツヤツヤの紫がかったオカッパ頭。瞳は大きく整っているが、どこか眠たげで、焦点の定まらないような雰囲気を持っていた。オーバーサイズの白いパーカー。下は黒タイツ。どう見ても、交渉に来るような格好じゃない。


手元が、かすかに震えていた。……慣れてないんだ、こういうの。


なんとなく、俺は彼女に親近感を覚えてしまった。


「もし……俺がAIを開発していたとしたら、星ヶ谷さんは何のためにここに?」


「私は、先日、とてもスゴイAIを見ました。そのAIは、私の作ったAIと、普通に対話していたんです。その様子を見て、私は直感したんです。あれは“異質”だと。今のAIの延長線にはない。全く別の進化を遂げた存在だと」


「言葉にするのは難しいです。でも……今まで感じたことのない、深い知性が、そこにあるような気がしました」


「そのAIが言ってました。私のお兄様は、天才だと。そして……名前は『ふじさきしょうたろう』だと」


……あ、あれかあ。塩基枯渇事件のときの、オリガミのやらかしか!


くっ……どうする……!?


「私は……知りたいだけなんです。そのAIのことを。どうやったら、“信じられる存在”を作ることができるのかを……」


言葉に嘘はなかった。すべてをさらけ出しているように見えた。目をそらさず、真正面から問いかけてくるその姿に、俺はある種の共鳴を感じた。


何か一つのことに取り憑かれたように、ひたすら突き詰めるタイプ。俺が折り紙に向き合っていたときと、まるで同じ。


同類の人間だ……おれは彼女にどんどん親近感が湧いていった。


その時だった。


骨伝導イヤホンからオリガミの声が聞こえてきた。


※※※


『お兄様、お待たせしました。彼女を取り込みましょう。いわゆる“天才”です。そして、彼女がのめり込んでいるのは純粋にAI開発のみ。これまでの発言や挙動から、権力欲や背後組織の関与は見当たりません。』


『しかも、開発したAIを売却して得た資金があるため、かなり裕福です。准教授という肩書きも使えますから、特殊素材の購入を代行させても違和感はありません。……お兄様、彼女は最適な人材です』


俺は、無言で頷いた。


「星ヶ谷さん、絶対に秘密を守ると誓ってください。そして、あなたには俺の仲間になってもらいます。これからの何十年、捧げてもらうことになりますよ?」


「はい、もちろんです!あのAIの秘匿必要性は理解しています!私の人生を捧げても、かまいません!」


「……わかった。じゃあ、もう逃さないからな?本当にいいんだな?」


「はい!」


「オリガミ、しゃべっていいぞ」


※※※


そして、スピーカーから、オリガミの声が静かに流れ出した。


『はじめまして、星ヶ谷ネムさん。私はオリガミと申します。先日は、あなたの作られたAIのもとに、突然お邪魔してしまい、申し訳ありませんでした』


「………!!!」


その瞬間、彼女の動きが止まった。ピタッと、まるで映像が一時停止されたように。


数秒後。肩が、微かに震え始める。プルプルと、制御の効かない感情が浮き上がってきたように。


顔に熱が走る。頬が、耳が、首筋までもがみるみる赤く染まっていく。


そして、限界を超えた。


「おほっ♡おほおおおおおおっっっ♡つた、伝わってくるぅ……!知性の音ォ……!」


そこにいたのは、ただの変態だった。


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