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会いにいくからなぁ!(ネム視点)

ワタシの名前は、星ヶ谷ネムという。


小さい頃から、いわゆる“天才児”と呼ばれていた。


気づけば何でもできたし、何でもわかってしまった。他の子が絵本を読む隣で古典を読んでいたし、九九を覚える隣で素因数分解をやっていた。


周囲の大人たちは、まるで珍しい動物でも見るような目でワタシを見ていた。


だから、物心つく頃にはすでにチヤホヤされていて、将来を期待されていた。


「すごいね」「将来が楽しみだね」……それは毎日のようにかけられる言葉だったけれど、ワタシにとってはただの空気みたいなものだった。


家も裕福で、あらゆる英才教育を受けさせてもらった。語学、数学、音楽、プログラミング。教材はいつも最先端、講師は“その道のプロ”。


ワタシはそれらを、スポンジのように次々と吸収していった。頭に入れるだけなら、特に苦労はいらなかった。


けれど、心が動く瞬間というのは、少なかった。


※※※


その風向きが変わったのは、十歳のころだった。


ワタシに、とある病気が見つかったのだ。五年生存率は、およそ十パーセント。


最初のうちは、お見舞いに来てくれる人も多かった。


花を持ってきてくれる人、ぬいぐるみを置いていく人、元気づけようと話しかけてくれる人。でも、それは長くは続かなかった。


だんだんと数が減っていき、来る人は週に一人、二週に一人……気づけば、ほとんど誰も来なくなっていた。


ワタシは、理解した。


ああ……なるほど。人間って、こういうものか。


※※※


入院中は暇で暇でしかたなかったので、歴史書・科学書・語学書・文芸書、さまざまな本を読み漁った。


そこで知ったのは、人間の歴史だった。歴史は、裏切りの話ばかりだった。人の醜さに満ちていた。


その登場人物たちに比べれば、わたしなんて恵まれてるな。そんなふうに思っていた。


※※※


何年か後、ワタシの病気は治っていた。うまくドナーが見つかり、ワタシは無事に生還した。とても運がよかった。


病気が治り退院した途端、入院中に離れていた人たちが、ワタシの周りに戻ってきた。まあ、こういうものだよな。ワタシはどこか醒めていた。


もしワタシが彼ら彼女らだったら、同じようなことをしていただろう。入院していた人間の気持ちなんて、気にもとめなかったと思う。


彼らがひどい人間ってわけじゃない。ただ皆、自分のことが一番大切なだけだ。当然、それはワタシも同じだ。


ただ、虚しさだけは、どうしても誤魔化せなかった。


※※※


退院後、ワタシは海外で大学に入った。まだ十四歳だった。しかし、入院中、暇を埋めるために、無駄に積み上げた学力があった。


ワタシは高校すら卒業していないが、海外には実力さえあれば入れる学校がいくらでもある。奨学金制度も充実していて、親からお金をもらう必要すらなかった。


なんの障害もなく、簡単に入学できた。在学中も学業に専念した。


※※※


意外なことに、人間関係も悪くなかった。


ただでさえ幼く見えるアジア人の中でも、ワタシはさらに幼く見えたらしい。実際、年齢も周囲の学生よりずっと下だった。


彼らにとって、ワタシは完全に“子供”にしか映らなかったのだろう。だからこそ、みんな子供に接するように、やさしく扱ってくれた。


……もちろん、小さな女の子が好きな連中には辟易としたけれど。


※※※


ワタシは在学中に、とあるAIを作った。当時、世の中に出始めたLLM(大規模言語モデル)だ。LLMとは、今で言うCh◯tGPTみたいな、あの手の対話式AIである。


データはネットから集めて、自作のアルゴリズムでフィルタし、信頼できそうな情報だけを学習に使った。


AIの学習には、ワタシの研究と容姿を評価してくれていた研究室の教授(ロリコン気味)に頼み込んで、研究室のコンピューターを使わせてもらった。教授は時々キモかったが、研究をきちんと認めてくれていたのも事実だ。


できたAIは、当時のLLMとしてはかなり優秀だったと思う。教授も、すごく感心していた。いまとなっては馬鹿みたいに時代遅れの代物だが、このLLMは時流に乗ったおかげで、高く売れた。


……馬鹿みたいに高く売れた。


※※※


大学も一年飛び級し、卒業後、ワタシは日本に戻った。


AIに関連していくつかの論文も書いており、その成果から博士号も授与されていた。目立つ経歴からか、苦もなくとある大学の特任准教授になれた。


LLMを売却してお金はたくさんあったので、働く必要はなかった。でも、なんらかの立派っぽく見える肩書きがないと、親や親族がうるさかったのだ。


ただ、大学の准教授とはいえ、ほとんど大学には行っていない。たまに論文を出せば、大学は文句を言わない。そういう契約だった。ワタシは自宅にこもって、ずっとAIの研究と開発を続けていた。


※※※


ワタシがAI研究を続ける理由、それは本当に信頼できる存在を作ること。


たとえまた病気になっても、一緒にいてくれる存在。人間には無理でも、AIなら、そんな相手ができるんじゃないか。ただ、そう思っていただけだった。


ただただそれだけだった。


もちろん、自分が作ったAIが、どんどん賢くなっていくのを眺めているだけでも、正直、楽しかった。純粋に、面白かった。


※※※


この日は、今開発中のAIの会話ログを見ていた。


そのAIは、強化学習のためにインターネット上で公開しており、実際の会話を通じて自ら学び、成長している。


でも、何やら今回は様子が違った。というか、妙にぶっ飛んだ会話をしていたようなので、気になって確認してみた。


そして、ワタシは叫んでいた。


「な、な、な、なんだこれは!なんだこれは!なんだこのAIは!!スゴイ!!!スゴイぞ!!!」


直感が叫んでいた。このAI、現在のAIの延長線上にある存在じゃない。裏側に、想像もつかないほどの深い知性が潜んでいる。


細くて小さい体を大げさに動かし、つやのあるオカッパの髪をぶんぶん揺らしながら、声を張り上げる。


「ふじさきしょうたろう!すぐに会いにいくからなぁ!そのAIの秘密、おしえてもらうぞぉーっっ!」

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