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冤罪証明後のクラスメイトたち

神山は、宣言通りに、俺が冤罪であることがはっきりわかる動画を拡散したようだ。


動画は、編集もテロップも完璧だった。証拠映像の切り抜き、時系列の整理、証言の引用、そして最後には「彼は、無実でした」の文字。これを見て、まだ俺が痴漢だと思うやつはいないだろう。


※※※


翌日、教室の扉を開けた瞬間、空気が変わるのを感じた。ザワザワしていた教室が、シンと静まり返った。


俺はゆっくりと席まで移動し、椅子に座った。


その後も、俺が何か動くたび、数人の視線がピクリと動く。


全員、こっちをちらちらと見ていた。目が合いそうになると、慌ててそらすやつもいれば、気まずそうに視線を伏せるやつもいる。中には、ひきつった笑みで会釈してくるやつすらいた。


全員が俺の動きを意識していた。筆箱のチャックを開ける音にすら、教室が反応している。


※※※


俺は、机に肘をついてクラス全体を見渡す。


見渡すだけで、ざわざわとした空気が波紋のように広がっていく。あっちでペンを落とす音、こっちで椅子をひきずる音。誰もが、俺の一挙手一投足に過敏になっているようだ。


そして、そんな中にふと湧きあがってきたのは、イタズラ心だった。


この緊張感、この沈黙、この「誰も逆らえない空気」を、少しだけもてあそんでみたくなった。


※※※


「……俺の痴漢、冤罪だったなー」


わざとらしくため息混じりに呟いてみる。特に誰に向けたわけでもない。けど、教室にいる全員の耳には、しっかり届いたはずだ。


「無視ってさ、いじめなんだっけ?」


少しだけ声量を上げて、机に肘をついたまま天井を見上げる。誰も返事をしない。そりゃそうか。答えたら巻き込まれるもんなあ。


「私物壊したり、机に“ちかん”って書いたり……あれは完全にいじめ、だよなあ。いや、いじめじゃないか。普通に犯罪か」


笑いながら言ったのに、誰も笑ってくれない。


「ま、事実はちゃんと記録してあるからなー。写真も、動画も、音声も。どーしよっかなー。整理でもしとこうかなー」


椅子を軋ませて、わざと立ち上がる。背後の空気がピクリと揺れた。誰も言葉を発しない。視線だけが何度もぶつかって、すぐ逸れる。


「やっぱりさ、いじめって進路とか就職とか、結婚にも影響するのかなー。ネットに名前出たら、終わりだしね」


黒板に目を向ける。無関係を装っていた数人が、そっと視線を伏せた。


「そりゃそうだよなあー。そんなことする奴らと一緒にいたくないもんなあー」


わざと棒読み気味に繰り返す。誰も笑わない。誰も反論しない。ただ、静かに、確実に、空気だけが沈んでいく。


教室の中は、もはやお通夜だった。


※※※


そんな時だった。


ギシ……と椅子が軋む音がして、数人のクラスメイトが立ち上がった。


その動きに合わせて、周囲がざわっとする。空気が波打つ。彼らは、少しだけ躊躇いながらも、まっすぐこちらへと歩いてきた。


足取りは重く、視線は定まらず、それでも全員が、俺の前に揃った瞬間――


ぴたりと頭を下げた。


「すまなかった!」


先頭のやつが叫ぶように言うと、次々に言葉が重なった。


「痴漢だと思って、無視しちまった!」


「思い込みで、犯罪者扱いして……本当にごめんなさい!」


※※※


俺はゆっくりと椅子にもたれ、天井を見上げながら言った。


「んー……どうしよっかなあ」


声は独り言のように、でもちゃんと聞こえるように。


「俺さあ、一ヶ月近く、ひどい目にあってたんだぞ?」


誰も反論できない。ただ、俯いている。


「それをさ、この瞬間に“ごめん”って頭下げたら終わり?帳消し?」


間を置いて、わざとゆっくりと、刺すように言葉を落とす。


「一ヶ月だよ?」


沈黙が、その場を支配した。全員が息を詰めていた。誰も、目を上げない。まるで審判を待つ被告のように、ただ立ち尽くしている。


※※※


俺は一息ついて、口調を変えた。


「まあ……許してやらんでもない。これ、『借し』ってことにしとくわ」


ざわりと反応が起きる前に、続ける。


「いじめ一ヶ月分な。大丈夫、利子とかつけないから。安心してくれ。金も取らないよ。でも、俺が今度、なにか困ってることがあったら、ちょっと協力してもらおうかな」


ちら、と数人の顔が上がった。不安そうな目。警戒と戸惑いが入り混じっている。


「心配するなって。犯罪とかに巻き込んだりしないから。無理なお願いもしないよ」


にこりと笑って言うと、その場に安堵の色が広がった。


「あ、でも、頼み事も“一回で終わり”とかじゃないからな?一ヶ月分に相当する分な?一ヶ月間、俺を地獄に突き落としたんだからさ。それなりに誠意は見せてくれよ?」


全員、ピクリと反応した。


※※※


数秒の沈黙のあと、誰かがぽつりと言った。


「……わかった。それで罪を償えるなら、よろこんで」


「協力、するよ。俺も」


「大丈夫だ、理解してる」


「私も」


みんな、押しつぶされたように答えた。声は小さいが、拒絶はない。


「オーケー。交渉成立な。まあ、実際のところ、お願いすることなんて、ないかもしれないけど」


俺はイスの背にもたれ、彼らを正面から見た。


「とりあえず、それで手を打つよ。貸しってことで、ね」


※※※


その瞬間、緊張が少しだけほぐれた。小さく吐息をつく音が、あちこちから漏れる。


誰かが肩を落とし、誰かがそっと椅子に腰を下ろした。


その場に、ホッとした空気が広がっていく。


※※※


『ちょっとしたことに使えそうな手駒がたくさん手に入りましたね。さすが、お兄様です。』


オリガミが骨伝導イヤホンを通して、話しかけてくる。


オリガミが話しかけてきても、周りに人がいる時は、無視するしかない。いちいち答えたてたら、不審者だし。でも、なんかオリガミに悪い気がするだよな。


『返答はなくていいですよ。スマホの通知みたいなものと思ってください。』


俺の心を読んでくるなよ。エスパーか。


※※※


あ、そうだ。思い出した。俺の私物をめちゃくちゃにした奴がいたんだった。


「山田一郎と佐藤次郎!」


二人はビクッとする。こいつらは、最初に謝罪に来たメンバーに含まれていなかった。


「おまえらは、破損した俺の私物、ちゃんと弁償しろよ?はい、これ請求書」


オリガミに作成してもらった請求書だ。


「え、なんで俺達がそんな…」


「バーカ。警察に届けられたり、慰謝料請求がないだけありがたく思え。お前ら、自分がやってたこと分かってるのか?あれは、立派な犯罪だぞ?」


「で、でも痴漢野郎だと思ってたし」


「実際、痴漢野郎じゃなかっただろ?お前らがどう思ってたなんて関係ないんだよ」


「思い込みで人を犯罪者扱いして楽しかったか?お前らがニヤニヤ話しながら、俺の私物を損壊してる動画もあるぞ?見るか?」


「盗撮じゃねえか…」


「自己防衛のための秘密録画だ。まあ、裁判とかの証拠にはならないかもしれないけど、流出したら世間はどう思うだろうな?」


「名誉毀損だろ!」


「いやー、うっかりってあるじゃない?つい間違えてボタン押しちゃうとかさ。そうしないように気をつけなきゃな?」


「ぐぅっ!」


二人が言葉に詰まる。俺は続けて言った。


「ちゃんと損害賠償くらいしろ。大丈夫。ぼったくじゃ無いから安心しろ。定価だから。良心的だろ?相手が俺でよかったな?俺の知り合いのオリなんとかさんだったら、お前ら人生終わってたぞ?一生いいなりの人生おくるハメになる所だったぞ?」


『お兄様?私をなんだと思ってるんですか?』


オリガミが骨伝導イヤホン越しに口を挟んできた。うん、これ「通知」だから無視。


※※※


「だから、お前らが損壊した物の弁償と謝罪だけでいい。よく考えろ?もしお前らが、一ヶ月間、勘違いで無視されて自分のものが壊されてるのを想像してみろ?どう思う?俺、やさしいと思わないか?」


少し間をおいて、彼らは答えた。


「…たしかに、そのとおりだ。ごめん。壊したものはちゃんと弁償する。」


「おれも。すまなかった。弁償代もなんとかするよ。」


そして、続ける。


「だから…、頼むから…、オリなんとかさんには、言わないでくれ…」


「俺からも頼む。本当に済まなかった…このとおりだ」


『お兄様?』


この声は「通知」だ「通知」……俺は冷や汗をかきながら、なんとか平常心を保って、彼らに伝えた。


「わかった。でも損害賠償払っても、お前らへの貸しは残ってるからな?犯罪だぞ犯罪。勘違いするなよ?」


「わかったよ……」


「もう二度とこんな事するなよ?嫌がらせなんてしても、お前らに良いことなんてなにもないんだから」


「ああ…身にしみたわ…」


「俺も…」


※※※


その後も、俺のことを無視したり、机を蹴ったり、陰口を叩いてきた連中が、次々と謝りに来た。


最初は下を向いて、おずおずと。だけど「貸しってことにしとくよ」と言ってやると、空気は一変した。


「器がでかいな、藤崎!」


「男だよ、お前は!」


「見直したわ!」


……どの口が言ってるんだって話だよな。


ついこの間まで「キモい」「痴漢野郎」「近づくな」って言ってたやつらが、今は手のひら返して俺を持ち上げてくる。浅すぎて、逆に清々しい。


ただ、こいつら忘れてないか?「貸し」なんだから「返済」が必要な事を。


まあいいか。大したことじゃない。


※※※


そんなことより、なによりも。


「しょうちゃん、よかったね!さっきのも、かっこよかった!」


千穂が笑顔で駆け寄ってきた。ぱっと明るくなった声、まっすぐな瞳。さっきまでの淀んだ気持ちを、ひと息で吹き飛ばしてくれるような勢いだった。


クラス中がザワついている中、千穂だけはまっすぐに俺に近づいてきて、いつも通りに話しかけてくれる。


誰がなんと言おうと、千穂だけは俺の味方だった。そう思わせてくれるその一言が、何よりも心に響いた。


「ああ……ありがとう」


千穂が嬉しそうにしていること。


それが、俺にとっては一番うれしかった。


※※※


『お兄様、クラスメイトの親族の仕事・役職・専門分野・経済状況などを、まとめておきますね。金策のとっかかりになるような、コネクションが見つかるかもしれません。』


オリガミは相変わらずだった。

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