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ざまぁ① 見つめるだけで伝わるね(間男視点)

その日、昼時、視線を感じた。見られている。


あれは……千穂の彼氏の藤崎だ。


はん!俺に文句つけに来たのか?俺は睨み返した。スッと目をそらして、藤崎は消えていった。


「チッ、やっぱりビビりかよ」


※※※


下校時も、校門で藤崎に会った。あいつはまた、じっとこっちを見ていた。目を逸らすでもなく、笑うでもなく、ただ、無表情のまま。


女とホテルから出てきたときにも遭遇した。明らかにおかしい。タイミングがおかしい。場所も、時間も、狙ってるとしか思えない。


それでも藤崎は、ただ見ていた。声も出さず、一歩も動かず、あの目でじっと俺を見ていた。


いい加減に堪忍袋の緒が切れた。頭に血が上った。


俺はヤツの胸ぐらを掴み、無理やり暗がりに引きずり込んだ。人気のない建物の裏。誰の目にも触れない場所で、壁に押しつけて叫んだ。


「お前一体何なんだよ!ストーカーしてんじゃねえよ!」


藤崎は一瞬まばたきしただけで、すぐに口を開いた。


「え?なんなんですか?やめてください!暴力振るわないで!」


叫び声だけが反響した。けど、その顔には怯えも驚きもなかった。台詞だけが「それっぽい」のに、目が、表情が、ぜんぜん合っていなかった。


まるで感情が抜け落ちた人形みたいに、機械的に返してきた。


「……ふざけんなよ……」


俺は拳を握ったが、そこに人の気配がするのに気づいて、手を放した。


警察でも来られたら面倒すぎる。俺はヤツの胸ぐらを乱暴に放し、その場を足早に離れた。


背後からは何も聞こえなかった。ただ、静かすぎて、それが逆に怖かった。


※※※


次の日の朝。登校時にもやつはいた。マンションの上から、じっとこちらを無表情に見つめてきた。


俺は気味が悪くなってきた。


やつは何も言わない。ただ見てくる。何もせずに、ただ、見てくるだけなのだ。


昼時。サッカー部の練習中。女と遊んでるとき。ショッピングモールで服を見に行ったとき――どこにでも現れた。


※※※


さすがにおかしい。もう限界だった。毎日のように現れて、何も言わず、ただこちらを見てくる。あいつの存在そのものが、皮膚の下に入り込むような不快感をもたらしていた。


だから俺は、ついに決断した。人目のない場所に引きずり込み、直接問いただすことにした。


廊下の奥、誰も来ない非常階段の陰。あいつの腕を乱暴に引っ張って、壁に叩きつけるように押しつける。


「お前一体何なんだ? 千穂を抱いたことの復讐か? ストーカーか?」


怒鳴りつけると、藤崎はほんのわずかに眉をひそめた。動揺した様子はなかった。むしろ、困惑しているように、ゆっくりと口を開いた。


「……あなた、誰ですか?」


は?俺の思考が一瞬止まった。


「なんで千穂の名前知ってるんですか?」


何を言ってるんだ、こいつ。とぼけるつもりか?俺はさらに一歩詰め寄る。


「うるせえよ! 正直に答えろ! 昨日も今日も付け回しやがって、いい加減にしろ!」


だが藤崎は一切の動揺を見せない。むしろ心底“気の毒な人”を見るような目で俺を見て、静かに返した。


「あなたとは初対面ですよ。何言ってるんですか? 昨日は俺、東京にいませんでしたし。……勘違いじゃないですか?」


そう言いながら、スマホを取り出す。


「泊まりで、姫路城を見に行ってたんですよ。写真ありますから。ほら?行き帰りの新幹線での写真もあります。」


スクリーンに表示された画像。城の前で笑っている藤崎と、昨日の昼過ぎのタイムスタンプ。まさに、俺が藤崎を見た時間帯だ。


……なにかの偽装か?


いや、あいつこっちのことじっと見てただけだぞ?別に、殴ってきたわけじゃない。「じっと見てなかった」ことを証明するため、タイムスタンプ偽装なんてする訳が無い。


心臓が冷えた。汗が背中を伝う。


「い、一体どういうことなんだ……?」


藤崎は静かに、少しだけ心配そうな顔をした。


「……大丈夫ですか?病院、行きます?」


その顔が気に障った。心配してるような表情が、逆に嘲笑に見えた。


「黙れって言ってんだよ!」


怒鳴った。喉が焼けるように熱かった。


それでも表情を変えない藤崎の顔を最後に、俺はその場を蹴るように走り去った。


逃げた。何からかもわからないまま、ただ、逃げた。


※※※


訳がわからなくなってきた。幽霊か?幻覚か……?いや、でも、確かに見えてる。ハッキリと。見間違いなんかじゃない。


その次の日も、そのまた次の日も、あいつは俺の前に現れた。変わらず、何も言わない。ただ俺を、じっと見てくる。いつもと同じ目。何も映っていないような、冷えた視線。


偶然とは思えなかった。俺がどこへ行っても、あいつはいた。


気まぐれで寄ったコンビニ、ふと思い立って入ったファミレス、人気のない河川敷、深夜のカラオケボックス、商業ビルのトイレ、何も考えずに向かった場所――すべてに、あいつがいた。


そして必ず、俺より先に、そこにいた。


すれ違うことはない。背後に立つことも、話しかけてくることもない。

ただ、そこにいる。静かに、こちらを向いて。


じっと見てくる。


※※※


GPSか?でも、俺が行った先に、先回りして待ってるなんて芸当、できるのか?そんなこと、できるか?じゃあ、俺の行動パターンを全部読んでるってことか?そんなことあるか?


……じゃあ、幻覚なのか?


ヤリすぎて、脳が焼けたか?幻視?でも、どうして藤崎なんだ?他にも女はいた。他にも関わった奴は山ほどいる。なのに、なんで藤崎だけが、こうして現れる?


……さっぱり、わからない……


幻覚だとしたら……俺の中に、こいつに対する負い目があるってことか?認めたくもないが、痴漢冤罪をしかけたことか?それとも、藤崎の彼女だった千穂に手を出したことか?


いや、でも似たようなこと、今までも何回もやってきた。泣かせた女なんて何人もいるし、彼氏持ちに手を出したことも、一度や二度じゃない。


なんで今回だけ、こんなにことになるんだ?


ありえねえだろ……くそっ!


※※※


そんな日々が、続いた。


気づけば、藤崎は、家の中にも現れるようになっていた。


最初は玄関の外。ドアを閉めて鍵をかけたあとも、ポストの向こうに、じっと立っていた。次はマンションの通路。俺の部屋の前で、何時間も動かずに立っていた。


そしてある夜、風呂場の扉を開けると、曇った鏡の中に映っていた。


俺の背後で、あいつが――いつもと同じように、何も言わずに、ただ見ていた。


「……うそ、だろ……?」


振り返る。誰もいない。鏡を見る。いない。だが、胸の奥に焼きついたようなあの視線の感触だけが、消えなかった。


それからは、どこにいても気配を感じるようになった。


ベッドの下。クローゼットの隙間。テレビの画面の中。電子レンジのガラス越し。目を閉じているときさえ、気配だけが背後にまとわりついてくる。


息が詰まる。心臓がバクバクと鳴って、音がうるさい。


もう、外にも中にも、逃げ場はなかった。

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