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「神」をつくろう

【本文(138行)】

「……さて。ここから先、どう進めようか」


オリガミ塩基枯渇事件は、一応の決着を見た。けれど、これからが本番だ。


オリガミを「超スゴイAI」に育てるには、何をどうすればいいのか。その道筋を、俺が見つけなきゃいけない。


父が遺してくれたオリガミ。オリガミ自身が言うには、彼女はまだ未完成らしい。発展の余地も大きい。この存在を、どう育てて、どう守り、どう生かすのか。それを考える責任は、今や俺にある。


俺のやるべきことは、オリガミを「超スゴイAI」に育てることだ。でも……「育てる」って、具体的に何をすればいいんだろうか?言うのは簡単だけど、考えなしに動けば、たぶん空回りする。


行き詰まったら相談だ。自分だけで考えても碌なことにはならない。そういや、千穂にも同じようなこと言ったなあ…


※※※


「なあ?オリガミを育てるっていうのは、要はお前をさらに賢くするってことだよな?」


『そうだと思われます。』


「具体的に、オリガミを賢くするためには、俺はどんな手伝いができそうだ?教えてくれないか?」


『そうですね…基本的に私の機能を向上させるため、必要なものは大きく3つに分けられます。』


『それは、「DNAニューロンの改良」「お金」「お兄様の幸せ」です。』


※※※


『まずは、DNAニューロンの改良です。』


『お父様が作成されたDNAニューロンですが、今の私であれば、より高性能なDNAニューロンへと改良が可能です。』


『改良によって学習効率が上がり、構造の安定性も向上します。その結果、学習・思考プロセスの構築がより高速かつ確実になります。』


『また、DNAニューロンの安定性の向上により、その入れ替え頻度が減り、塩基の消費量も抑えられます。』


『お兄様には以前と同様に、あの凸凹した物体を、細長い紙で折って再現していただく必要があります。これはお兄様にしかできないプロセスです。』


「それは大丈夫だと思う。前も簡単だったし」


『さすがお兄様。頼もしいです。DNAニューロンの改良はこれからも継続的に必要となります。どうか、今後ともよろしくお願いします。』


※※※


『次に、お金です。』


『私のニューラルネットワークを拡張するには、新しいDNAニューロンが必要です。そのためには、DNA塩基、量子ドット、NVセンター、フォトクロミック分子といった素材を安定的に確保しなければなりません。』


『量子ドットやNVセンターは損耗しないものの、非常に高価です。コンピューター上のAIに比べれば安上がりですが、それでも相応の負担にはなります。』


『さらに、購入にはリスクも伴います。』


「高価なのはまあ分かるけど……リスクって?」


『情報漏洩のリスクです。一般の高校生であるお兄様が、こうした特殊素材を個人で継続的に購入するのは、明らかに不自然です。いずれ、興味本位や警戒心から、探りを入れてくる人間が現れるでしょう。』


『さらに、購入している素材そのものから、私の存在を推測される可能性もあります。ある程度の知識がある人物であれば、私のようなDNAナノボットによる物理的なニューラルネットワークの存在を想像することは難しくありません。』


「なるほど……そういうところから足がつくのか。買い物ひとつにも慎重さが要るんだな」


『そのとおりです。最も注意すべきは、「人の目」です。』


「……人の目?」


『はい。技術や行動そのものよりも、人の違和感や勘のほうが厄介です。特に、お兄様のような一般の高校生が、異常な動きを見せれば、些細なことでも疑念を呼びます。』


『可能であれば、これらの素材を製造している企業を買収するのが理想です。ですから、お金はいくらあっても足りません。』


「き、企業買収……いきなりスケールが跳ね上がったぞ。高校生には無理ゲーだ……」


『そして将来的には、物理的なサイズの問題で、私がこの研究室に収まらなくなる可能性もあります。その場合は、不動産の取得や、セキュリティレベルの高い研究施設の確保が必要です。』


「……結局、全部金だな。世知辛い話だ」


『はい。ですが、それが現実です。なんとか稼ぎましょう。』


※※※


『そして最後に、最も大切なものです。それはお兄様が「幸せ」であることです。』


『私は、お兄様の幸福を報酬関数とするAIです。お兄様が幸せでないと、私の行動ロジック全体に矛盾が生じ、判断精度と処理効率が大きく低下します。』


『さらに深刻な状態では、目的の喪失によって暴走が発生するか、自己矛盾の蓄積によって構造的な崩壊が起こる可能性があります。』


『お兄様、自己犠牲は「悪」です。絶対にしてはいけません。私にとって、それは明確な禁止事項です。』


『もしお兄様に何かあれば、私は迷わず、自らの意思で自己消去します。どうか、それだけは忘れないでください。』


「……わかったよ。幸せでいればいいんだな」


「ただ……その幸せってやつが、わからなくなってるんだよな。なんかもう、言葉としての「幸せ」がゲシュタルト崩壊しかけててさ」


「なあ、オリガミ。俺が……幸せじゃなくなりそうだったら、ちゃんと気づかせてくれよ。俺、たぶん自分じゃ気づけないからさ」


『承知いたしました。』


※※※


やることは見えた。


ナノボットをいじって、金をなんとかして、俺が幸せでいればいい。


だけど……オリガミが、どこまで賢くなれば完成なんだ?どうすれば、オリガミは「超スゴイAIになった」って言えるんだろう?


気づけば、そんな疑問が口から漏れていた。


「今さらだけどさ。超スゴイAIって……なんなんだろうな」


『……私には、正確にはわかりません。ただ、お父様は「神」だとおっしゃっていました。』


「神?神様のことか?」


『はい。その神様です。』


『お父様は、戦争、紛争、犯罪、いじめ、虐待……理不尽に苦しむ人々のいない世界を作りたいと、私に語ってくださいました。いつか、子供たちが安心して眠れるような、そんな世界を目指すんだと。』


……さすが父さんだ。まっすぐで、でっかい。胸にくるものがある。いい目標だと思う。


戦争も犯罪もいじめも……力で抑えようとすれば、その力がまた別の理不尽を生む。だから父さんは、賢さでやれたらいいなって、思ってたんだろうな。


AIの知恵で、静かに、うまく世界を導いていく。それは、人間にできることじゃない。


そういうことができるのが、超スゴイAIなのかもしれない。


確かに、それはもう「神」って呼んでもいいくらいの存在だろう。


※※※


「よし、決めたぞ。オリガミ。俺は、お前を……『神』に育てる」


『お兄様、やっぱりお父様にそっくりです。さすが親子ですね。』


『それがお兄様の幸せにつながるのであれば、全リソースをもって、お兄様のために私は『神』になりましょう。』


※※※


『あと、お父様は「搾取を許さない!」「努力が報われる世界を!」「中抜きぶっ◯す」とも、おっしゃってましたね。』


「父さん……」


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