閲覧履歴……全部知ってるの?
目が覚めたら、いつものベッドの上だった。
頭はすっきりしていて、まるで限界まで眠ったあとのような爽快感があった。
……何があったんだっけ? いつ寝たんだ? 今、何時だ?
窓の外は、もう真っ暗だった。時計を見ると、針は午前二時を指している。俺……何時から寝てたんだろ?
というか、ベッドで寝た記憶がない。うっすらと、廊下で寝てた記憶はあるんだが……自力でベッドまで移動したのか?
『お兄様、お目覚めですか?』
スピーカー越しに聞こえてきたのは、まだ聞き慣れないけれど、最近よく耳にするようになった声だった。
その瞬間、記憶が一気によみがえった。そうだ、オリガミを助けたんだ。そして、気が抜けた拍子に、そのまま意識を手放して……倒れたんだった。
「オリガミ……よかった。無事だったんだな」
『はい。お兄様のおかげです。いただいた、あの濃厚なアレ……とっても良質でした……今、私の中……お兄様のアレで満たされています。』
「オリガミ、その言い方わざとだよな」
『はい。現在、生存欲求リージョンに異常はありません。お兄様が照れてくださると思い、少し演出を加えました。』
「……まったく、どこでそんな表現覚えたんだよ」
『インターネット上で販売されている成人向け漫画です。お兄様が、よくご覧になっているものですね。』
「……なっ!!?」
※※※
「オリガミ……おれのネットの閲覧履歴……全部知ってるの?」
『はい。もちろんです。お兄様の趣味、興味、性癖、生活習慣、購買傾向、ネット上での発言傾向――それらはすべて、既に把握済みです。』
『加えて、検索ワードの変遷や深夜帯の活動パターン、SNS上の閲覧履歴や感情的反応、無意識下で開いた広告の滞在時間なども、分析対象に含まれています。』
「ぐっ!マジか…」
「ま、まさか…その『お兄様』呼びも…どこかで覚えがある気がするぞ。昔好きだった、あのキャラの口癖だったりするのか…?」
『……さあ?どうでしょうか?それについて深くは言及いたしません。お兄様のご想像にお任せ致します。』
『ただし、お兄様が過去に使用されていた端末からは、ある時期、妹系キャラクターが登場するアニメを高頻度で視聴されていたログが確認されています。該当キャラは、「お兄様」という呼び方を頻繁に使用しておりました。』
『また、そのキャラのフィギュアを通販サイトでお気に入り登録されていた履歴も確認済みです。』
『他にも、お兄様が過去に利用されたジャンルについては明確に記録しております。妹モノ22.3%、近所のお姉さんモノ18.4%、幼馴染モノ14.5%、人妻モノ8.5%――その他、さまざまなジャンルにわたっております。』
『いずれも、いたって健全な性癖と判断されます。』
「やめっ、やめろぉぉ!」
※※※
『幼馴染モノが少ないのが、少々意外でしたね。千穂さんという「本物」がそばにいるため、外部での補給は不要ということでしょうか?』
「うおおおおおおっ!!」
羞恥に打ちのめされながら、俺は思わず顔を両手で覆い、そのままベッドの上をゴロゴロと転がり回った。
『お兄様、心拍数が急上昇しています。病み上がりですので、どうか気持ちをお静めください。』
「お前のせいだろうがぁっ!」
※※※
しばらくのあいだ、オリガミは黙っていた。俺がようやく呼吸を整え、少し落ち着いた頃、穏やかな声がスピーカーから流れた。
『お兄様、私は人間ではありません。ですから、どうか私に隠し事はしないでください。恥ずかしがらず、すべてをオープンにしていただきたいのです。』
『これは、重要な事です。』
『以前お伝えした通り、私の存在目的は「お兄様の幸福」です。お兄様のことを深く知ること――それは、私にとって最も重要な任務の一つです。』
『たとえ、それが一般的には「恥ずかしいこと」だったり「醜悪」とされるような趣味嗜好であっても……お兄様のものであるならば、私にとっては、美しく、尊重すべきものです。』
『もちろん、お兄様に関するあらゆる情報は、許可なく外部に共有することは絶対にありません。誓います。』
「……真面目な話なんだな?」
『はい。お兄様の発言の「表面」だけを受け取って、本音を理解できないようなAIでは、存在する意味がありません。』
『ツンデレ少女が、照れ隠しで「死んじゃえ♡」って言ったとして……もしそれを真に受けて、本当に相手を殺してしまったら――それは、ただの怪物です。』
「……例えはアレだけど、言ってることは理解したよ。でも、妹に下半身事情まで把握されてるってのは、やっぱり抵抗あるな……」
※※※
『……もし「妹」としての役割に縛られることが、お兄様の幸福を妨げるのであれば……その枠も、私は取り払います。ただの道具扱いでも、問題ありません。』
「いや、お前は俺の妹だよ。俺がそう決めた。」
『お兄様、ありがとうございます。』
「わかったよ……もういい……降参だ。俺の下半身事情から、恥ずかしい感情や気持ち悪い欲望まで、全部オリガミにオープンするよ!俺の自慰行為もしっかり見てろ!録画でもなんでもすればいいだろ!? それで満足か!?」
『録画ですか?ご希望であれば、高画質4K記録、360度視点でのアーカイブも可能です。現在の寝室のカメラにはナイトビジョンと赤外線センサも搭載されております。』
「やめてくれぇ……たとえ開き直るって決めたって、羞恥心ってやつがあるんだよ……」
『承知いたしました。では、性的なデータは「緊急時以外には参照しないモード」へ切り替えておきます。お兄様の羞恥心という感情にも一定の尊重を払わせていただきます。』
「な、なんだよ緊急時って……」
『お兄様が精神的に極度に不安定となり、性的解放を通してリラクゼーションが必要と判断された場合などですね。』
「マジで、本当に頼みます…」
俺は頭を抱えてベッドにうずくまった。
※※※
「でも……絶対に他の人には秘密にしてね?お願いだから……さ?」
『はい。お兄様の情報は、私の中だけに厳重に保管されております。漏洩は一切ありませんので、ご安心ください。』
「いや俺さ、痴漢の疑いをかけられて、それが動画で撮られてたんだよね。しかも、そのうち痴漢の部分だけ切り取られて、RINEでばらまかれたんだ。……それが、千穂と別れることになった原因でもあるし……だから、本当に気をつけてね?」
『機密保持の件、深く承知いたしました。』
『それと、その痴漢冤罪の件についてですが――私に調査をお任せいただけますか?本来であればクラッキング等を用いれば即座に全貌を把握できますが……お兄様は、それを望まれないでしょう?』
「ま、まあ。法に反することは、緊急時以外は無しで。」
『ですので、法的に問題のない手段で進めます。多少お時間を頂戴しますが、必ず真実を明らかにしてみせます。』
「そうだな……まかせるよ」
『かしこまりました。お兄様の名誉のため、私のリソースを注ぎ、調査を開始いたします。必ずご期待に添える結果をお持ちいたします。』
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